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side by side world(スバイス)  作者: 風見緑哉
プロローグ
3/32

【今世】sbis図書館

「おおお! ここが噂に聞いていたsbis図書館! 街の図書館くらいを想像してたんだけど予想よりもずっと大きい……!」

 ドローンから眺めた時も大きいと思ったが、二ジーは正面玄関の大きさに圧倒される。

エレガントなバーガンディーの外壁に、真っ白な柱と装飾が施された玄関はどこか外国の建物ように感じられる。


 平日にもかかわらず、図書館の入り口には行列ができていた。

世界中から人が集まるようで、日本語だけではなく様々な言語が飛び交っている。

1人で来ている人もいれば、仲間と来ている人、家族らしきグループで来ている人々もいる。


 1人でいるのは心細いので、申し訳ないと思いつつもカッコにお願いをした。


「あの、もう少しだけ予習のために話を聞きたいんだけど一緒にいてもいいかな?」

「うんっ、この後予定があるからあまり長居はできないけど大丈夫っ。書庫までは案内するよっ。予習といっても内容は人によって様々だからあまり参考にならないかも……」

「人によって様々かあ。ゲームプレイ動画とかスクリーンショットとかネットに全然情報がないから右も左もわからないの。今時そんなゲームってあるのね」

「……それがスバイスだからっ」


 エントランスに入るとカッコは両手を広げて息を大きく吸う。

「ああ、懐かしいなっ。半年ぶりに帰って来た気分」

「懐かしい? ここが?」

「うんっ! このsbis図書館はスバイスのゲーム内にも全く同じ形の建物が存在するのっ」

カッコはどこか嬉しそうだ。


「はじまりの街にある大図書館オルパイア……始めたばかりのころは情報収集のためによく通ってたなあっ。あ、ここじゃなくてゲーム内の図書館にねっ。二ジーさんも必ず寄ることになると思う」

「だからこんな異世界風の建物なのね……ってわあ! キャラクターの石像がいっぱい!」


 広い吹き抜けになったエントランスから書庫へと続く通路には様々なキャラクターの石像がずらりと置かれている。像の下の台座には名前と簡単な説明が書かれていた。

「石像じゃなくて3Dプリンタで作られたフィギュアなんだけどねっ」


 二ジーは近くで目を凝らしてみるが質感が石像にしか見えない。


「これはスバイス内で大きな功績を挙げた先人プレイヤーのアバターを展示しているのっ。ほら、この像とか初めてスバイス山に登頂したAmikeさん」

 オオカミのような動物を連れ雪山の重装備をまとったアバターが石像になっている。リアルにもいそうだ。

「山に登頂……! そこは初ダンジョン攻略とかじゃなくて!?」

 目を丸くする二ジー。

「ダンジョンは日々更新や追加されているし、初めて攻略したくらいでは大きな功績とは言えないのっ」

 苦労して初攻略する人がかわいそうだ。

「あー、でも今有名なダンジョン攻略特化ギルドのマスター・翠さんとかなら攻略数で像が建てられるくらいの功績がありそうかなあっ。まだ現役プレイヤーだろうからわからないけどっ」


(スバイス内で大きな功績を挙げた人たちかあ……ここに像が建てられるくらいになれば賞とかもらえたりするのかな……)


 ニジーは像を見渡す。人間のようなアバターもいれば動物のようなアバター、この世のものとは思えない不思議な形状のアバターもある。

 今立っているところの横には、大きなマントをはためかせ財宝の山に囲まれた威風堂々とした女性の像が立っている。

(このアバターかっこいいな……女大盗賊……って盗賊っていう選択肢もあるのね!?)

カッコはじっと興味深そうに像を眺めるニジーを見てそっと笑った。


「アバターは自由に作れるの?」

「うん、スバイスのアバター作成の自由度は高い方だと思うっ。今、他のところで使っているアバターがあれば事前申請すればそのまま使うこともできるけど、せっかくならスバイス専用のアバターを作ると良いんじゃないかなっ。」

「夢中になっちゃうとそれだけで数日かかったりするんだけどねっ……!」

「ああ、分かる……」

「でも初回のアバターの作成時間はプレイ時間に含まれないから安心してっ」


 この時代、多くの人が並世用の独自アバターを持っていた。

 アバターとは自身の分身となる、並世用の身体である。場所によってアバターを使い分けることも多い。


「1つだけ、スバイスのアバターはあまり今世の自分に似せすぎないほうがいいっ。現実がどちらかわからなくなっちゃう」

「アドバイスありがとう!そうすることにするよ」

「あとアバターの性別は 男性・女性・両性・無性から選べるよっ」

「……え?両生……カエル的な?」

「どちらかというと神様に近いんじゃないかなっ??」

 大混乱した。


 話しながら歩いているうちに白いゲートを潜ると大きな円形の広間に出た。

 書庫は中心にある読書スペースから大きな本棚が波紋状に広がり、奥まで続いている。案内板によると奥に行くほど古い伝記が収蔵されているようだ。

 小さな鳥型のドローンが空間を飛び回り、高いところにある伝記をとって来ては受付で待っている人に届けている。


 本棚に数え切れないほどの本が並んでいることにニジーは驚いた。

「って、電子書籍じゃなくて紙の本!?」

「そうなのっ!素敵でしょう?」

 電子書籍が主流となった時代、紙の本は一時代前に比べて高級品となっていた。


「でもここに所蔵されているのは本の形をした電子ペーパー書籍だよっ。色々な国の人が読みに来るから多言語翻訳できないといけないみたい。個人に送られてくるのはその人の希望言語に合わせた紙の本なんだけどねっ」


 書庫入り口のところには本日のオススメの伝記がいくつか並んでいる。

 ニジーは近くにあった若竹色の表紙の伝記を一つ手にとってみると、カッコのいう通りページ1枚1枚が電子ペーパーとなっている。  

 中は全て英語で書かれているが、翻訳機能を押すと全て日本語に切り替わった。


「なんで全部本にしたんだろう……電子書籍にすれば一つの端末で全部読めるのに」

「伝記を本の形にして1冊ずつ丁寧に分けているのは、スバイス開発者の一人、ネームドクリエイター<本の背をなぞる者>papyrusさんのこだわりなんだってっ」

 カッコも本を手に取るとページをパラパラとめくる。

「伝記はその人の人生そのものだから、紙の本のように1冊ずつ手にとって人々が紡いだ物語の重みを感じて欲しいってpapyrusさんが書いた本で読んだよっ」


 それを聞いて二ジーは昔読んだ伝記に書かれていた言葉が頭をよぎった。


(『スバイスを達成する時、どのような人でも必ず1つの完成された作品をこの世に生み出せる』)


「カッコちゃんよく知ってるんだね」

「スバイスの大ファンだからねっ!」


(……私にも出来るのかな。『未完』の私にすらも)


 カッコは時計を見ると慌てたように言った。

「じゃあ、そろそろ私は行くねっ。二ジーさんと話せてよかった! SNSフォローするからまた聞きたいことがあったら声かけてねっ」

「うん! こちらこそカッコちゃんと会えてよかった。今後もご指導よろしくお願いします! 先輩!」


 大きく手を振るとカッコは笑顔で振り返し、奥の書庫へと向かっていった。


(色々教えてもらえてカッコちゃんに感謝だなー! さてと、あの伝記を探さないと)

 手に持っていた若竹色の伝記を戻そうとしたところで、表紙に『Amikeのスバイス山登頂記』と書かれている事に気付いた。

(あ……これさっき像になってた人。せっかくだからこれから読んでみようかな)


 ニジーは書庫の真ん中にある読書スペースに座ると、黙々と伝記を読み始めた。


 

ーー数時間後



(近場にあった伝記を何冊か読んだけど……どれも違う内容すぎて同じスバイス内の出来事とは思えない……)


 1000時間をかけてスバイス内の山だけに登る人や、伝説の宝石を探して海底に穴を掘り続けた人、鉱物だけをひたすら集めていた人、モンスターのアジトでボスの手先になった人など、共通点があまり見つからない。

 伝記にはそれぞれスクリーンショットが付いていて読みやすく、どの人の伝記も人間味にあふれ面白かった。

 カッコの言っていた、『人によって様々だから』という言葉が少し分かったような気がした。


(このゲームのゴールはなんなんだろう……?)


挿絵(By みてみん)


 予習しに来たつもりが逆に謎が深まった。

 予習して分かったのは、始まりの街があることや、昼夜のような概念があること、様々なことで経験値を稼ぐことができるという点だ。経験値を稼ぐことで、行くことのできるエリアの数が増えていくらしい。共通のストーリーがあるわけではないようだ。


 目的の伝記を探して読んだら帰ろうと立ち上がった時、図書館内のアナウンスがなった。


[お知らせします。只今所蔵されている伝記が1冊館外へ無断で持ち出されたのが確認されました。館外エリアの手荷物検査を行いますので、館内のお客様はそのままお待ちくださいますようお願い申し上げます。繰り返しますーーーー]


(伝記を持ち出そうって人なんているのね……間違えてバッグに入れたりしないように気をつけなきゃ)


「緊急クエストだ!」

 誰かがそう叫んだ瞬間、図書館内の人々が盛り上がり一部の人が外に向かっていく。

 静かな図書館内が急にざわついた。

 司書たちもどこか不安げな様子を浮かべている。


(え!なになに!?)

 ニジーは近くにいた人が司書に話しかけているのを盗み聞きした。


「何が起こってるんですか?」

「アナウンスにあった通り、伝記が1冊館外へ持ち出されたようです。現在館外エリアにいるお客様の手荷物検査中ですので、大変申し訳ありませんがこのまま館内でお待ちください」


 司書が何名か慌てて外に走って出ていくのが見える。


「普段から伝記が外に持ち出されるってことはあるんですか?」

「いいえ、今回が初めてです。間違えて持っていかれるお客様も中にはいるのですが、そもそもこの書庫エリアから持ち出そうとする時点でブザーが鳴りゲートが閉まりますし、セキュリティが何重にもなっているので、通常は館外まで持ち出される前に気付くはずなのです」

「誰かが緊急クエストだ!って言ってましたがあれは?」

「スバイス内と混同してしまっているのでしょう。イベントではありませんのでこのまましばらくお待ちください」


(なるほど……伝記を盗まれたかもしれないからこんなに慌ててるのね)

 ニジーはあたりを見渡すと、緊急事態にもかかわらず皆がどこか楽しそうだ。


((盗まれたのは黄金の海賊船長グラウプの伝記らしいってよ))


((船員たちの亡霊が伝記を奪いにきたのかも……おお怖っ))


((グラウプのお宝を狙うやつらの仕業か? いやあいつ貧乏船長じゃなかったか?))


((たしかグラウプ船長って……あの有名な女大盗賊クークーの恋人よね。大盗賊が今世にも盗みに来たのかもよ!))

((そりゃアニメの見過ぎだろ))


 館内はまだざわついている。

 ゲーム内の人物名が飛び交っているようだが、二ジーには全くわからなかった。

(カッコちゃん大丈夫かな? 用事があるって言ってたからもう帰ってるか)


 タイミングの悪い時に来てしまったなと、ニジーはため息をつく。


 そのままラウンジに行くと、図書館に併設されたレストランで昼食を食べて騒動が収まるのを待った。

 レストランで提供されているメニューも、スバイス内でプレイヤーが運営していた回復食屋のオリジナルレシピを再現しているというのだから驚きだ。


 昼食後、お目当ての伝記を頑張って探したが、いくら探しても見つけることはできなかった。


(『スバイスを達成する時、どのような人でも必ず1つの完成された作品をこの世に生み出せる』)

 この言葉が書かれた伝記を読んだのは10年以上前のため、伝記の内容も、作者も、どこで読んだかすらもすっかり忘れてしまった。

 だがどうしてもこのフレーズだけは心に引っかかり、忘れることができない。


(うーん、スバイスって本当に楽しいのかな? 人の伝記を読む分には面白いけど自分でプレイするとなると……)

 招待状が届いた時の興奮はどこへやら、現実的に考え始めると何をするゲームなのかあまり分からず、楽しいかどうかもよくわからない。


 結局館外に持ち出された伝記がこの日見つかることはなく、館内にいた全員も手荷物検査を受ける羽目になった。

 閉館間近までいたニジーもご多分に漏れず手荷物検査の列に並ぶことになる。


 今日の新聞記事にひっそりかかれた「sbis図書館伝記盗難事件」は未だ解決していない。


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