【並世】Day7 紫炎華のモクレン
大図書館オルパイアの前にある噴水広場には人だかりができていた。
ニジーは今、図書館内で口論して決闘することになったらしい一団を追いかけて広場に来ていた。アバターが小さいため野次馬の間を器用にすり抜け一番前に陣取る。
人だかりの真ん中には先ほど口論していた海賊帽の巨大な男性と、紫と白の長髪の女性が距離をあけて睨み合っていた。
「てめえと決闘するのは久しぶりだなあ。グラウプの引退以来か。てめえが惨敗する姿を見たらクークーも今世でさぞ悲しがるだろうよ。なあ、元・参謀モクレンさんよお」
海賊帽の男性は舌を出しながら挑発するようにいやらしい笑いを浮かべる。
「気安くあいつらの名前を口にするんじゃねえよ。特にお前はな、ベルデル」
(グラウプとクークー? なんかどこかで聞いたことのあるような気が……)
ニジーは必死で思い出そうとするが思い出せない。
モクレンと呼ばれた鷹のような鉛色の鋭い目を持つ女性は、羽織っていた上着を脱ぎ捨てた。
あらわになった二の腕はボディビルダー並の筋肉で美しさすら感じる。
そして何といっても巨乳だ。胸元が大きく開いたタートルネックのせいで、いやでも胸元に目がいってしまう。
左腕につけているバングルに右手で触れ、何かを引き抜くような動作をすると、次の瞬間には右手に紫色の大剣が握られていた。背の高いモクレン自身よりも長い大剣を木の棒を振るかのごとく軽々と一振りすると、ブォオンと空気が震えた。
一番前にいた観客たちが思わず数歩後ろに後ずさる。
ベルデルと呼ばれた海賊帽の男性も帽子についていた錨のバッジをはずして握ると、次の瞬間には錨型の大きな斧のような武器が握られていた。
モクレンに負けじと斧を一振りすると、衝撃波で武器の先にいた観客数名が後ろに転んだ。斧の柄頭を地面に突き立てただけで地面に亀裂が走る。
観客たちはさらに2人から距離を取った。
(ほわー! 武器ってアクセサリーから出せるのね! なんかヒーローアニメみたいでカッコイイ!)
ニジーは目を輝かせながら2人の決闘を眺める。スバイス内での戦闘は見たことがない。
睨み合いながら相手の出方を伺うベルデルとモクレン。
静まり返る広場。
噴水の水の音だけがやたら大きく聞こえる。
先に動いたのはベルデルだった。
斧を振りかぶりながらモクレンに向かって突進していく。巨大な武器を持っているとは思えないほど俊敏な動きだ。
ゴアッ
大剣の間合いに入る直前で、錨型の斧を鎌のように薙ぐ。
モクレンは間一髪のところで斧を避けたように見えた。
が、ベルデルは全身をひねって即座に斧が反対側から迫る。
その瞬間、斧が熱を帯びた鉄のように赤くなった。
ガッキイィィッン
斧と剣がぶつかりあい、強烈な金属音が広場に響き渡る。
一撃で大剣ごとモクレンが吹き飛ばされた。
観客の視線が宙を舞うアバターに注がれる。
モクレンは野次馬に突っ込む直前、空中で体勢を立て直すと、大剣を地面に突き立て衝撃を殺す。
乱れた髪をかきあげ舌なめずりするとニヤリと笑った。
「おーおー、しばらく会わない間にいい攻撃するようになったじゃねえかベルデル。まともに食らってたらさすがにちっとヤバかったかもな」
モクレンの頭上に表示されているヒットポイントを表す緑色のバーは、たった一撃で一気に半分ほど削られた。
「強がってられんのも今のうちだぜえ。前のオレと同じだと思うな?」
ベルデルは斧を構え直し、獲物に狙いを定める。
(ほー、決闘中は他の人からもヒットポイントが見えるようになってるのね)
ヒットポイント(HP)とはキャラクターの体力のようなものだとルーに教えてもらった。フィールド上でHPが0になると輝鏡花の聖域まで強制的に飛ばされるという。
HPがゼロになったら負けだということは、ゲームに慣れていないニジーでも分かった。
「まだまだあ!」
畳み掛けるようにベルデルの攻撃は続く。
錨の爪が空気を切り裂くような重く素早い攻撃が縦横無尽にモクレンを狙う。
斧と剣が交わるたび、武器同士がギィンギィンと鋭い音を立てながら火花を散らしている。
同時に観客たちからも歓声が上がった。
(わああ……何あの攻撃!? 早すぎて目で追えない!)
ニジーは手に汗握りながら攻防戦の様子を眺める。
決闘がここまで激しい戦闘だとは想像していなかったため、思わず息を飲んだ。
ニジーから見てもモクレンは明らかに防戦一方だった。
大剣の腹で斧を弾き、なんとか斧の攻撃をいなしているように見えるが、なかなか攻撃に転ずる隙は与えられない。
最初の一撃よりダメージは少ないようだが、モクレンのHPはジリジリと削られ、すでに3分の1ほどになった。逆にまだベルデルは一度もダメージを受けていない。
「おいおい、紫炎華はこんなもんじゃねだろ?ここ数ヶ月いなかった間に腕が鈍ったんじゃねえのか!?」
「はは、確かにブランクはあるかもな」
圧倒的に不利な状況にも関わらずモクレンに焦りは見えない。
むしろ戦闘を楽しんでいるかのような余裕すら感じられる。
その態度が気に入らないのか、ベルデルは怒りに顔を歪ませながら攻撃の手を早めていく。
ギィン ギィン ガキイィィィン
連続して金属音が響き渡った。
((紫炎華ってあんなに弱かったの?))
((半年前くらいまでランキングで常に1位の剣士じゃなかったか?最近名前見ないけど))
((めっちゃ強いのを期待してたのに期待はずれだなあ))
あまりに一方的な試合のため、観客がざわめき出した。
まだモクレンは一度も攻撃らしい攻撃をできていない。にも関わらずHPバーの色は危険域の赤になっている。
(これは勝負あったって感じね。あの紫と白の髪のお姉さんの方がぱっと見、強そうに見えたけど……って見た目で判断しちゃダメよね。アバターだし)
ニジーは腕を組みながらもうすぐ終わりそうな決闘を眺めた。
「そういやグラウプの伝記が『sbis図書館』から盗まれたんだってなあ! 犯人はまだ捕まってねえって話じゃねえか。女大盗賊のクークーが今世で盗んだって噂だぜえ?」
2人の名前が出た瞬間、モクレンの表情が変わった。
「おい、あいつらの名前をお前が気安く呼ぶんじゃねえって言っただろ」
ピリリと空気が張り詰める。
(あ! そうだ。グラウプって名前、sbis図書館に行った時に聞いたんだ)
ベルデルの言葉でニジーは思い出した。
今世にあるsbis図書館に行った日、盗まれた伝記の作者がグラウプだと噂で聞いた気がする。
モクレンが少し反応したことに気を良くしたのかベルデルはニタァと歯を出して笑う。
「グラウプとクークーの親友だったモクレンさんはどう思うぅ?」
場の空気が変わった。
「もうちっと遊んでやろうと思ったが今すぐ黙れ」
温度が数度下がったのではないかと錯覚するほど、その場の空気が凍りついた。
(あ、あのモクレンって人……怒ってる)
ニジーは離れていても鳥肌が立つほどの殺気をビリビリと感じた。
(怖い……)
他の観客も同じように感じているのだろう。ざわめいていた観客が一斉に押し黙る。
圧倒的にピンチなはずなのに、なぜか圧倒的強者の予感。
ニジーは紫と白の長髪を揺らす背中から目を離すことができなかった。
ベルデルも驚いた様子でその場で固まる。
モクレンは後ろに跳んでベルデルから少し距離をとると、大剣を一度空に向かってまっすぐ掲げ、前に振り下ろした。
ゴオオオウッ
その瞬間、ニジーには紫色の大剣が大輪の花を咲かせたかのように見えた。
(わ、綺麗……!)
よく見ると、花ではなく炎だ。
それも紫と白の炎が渦を巻くように剣の周りを囲んでいる。
大剣は紫と白の炎を纏って、それが本来の姿だと言わんばかりに燦々と輝いていた。
「俺がなんで『紫炎華のモクレン』って呼ばれてるか知らない訳じゃねえだろベルデル? 1撃で俺を仕留められなかった時点でお前はもう負けてるんだよ」
「ど、どういうことだ」
大剣の様子を見てベルデルは思わず1歩後ずさった。
「ああ、そういや前に決闘した時にはお前が弱すぎてスキルを使うまでもなかったか」
カツ カツ カツ
モクレンはヒールの音を響かせながら、一歩ずつゆっくりとベルデルに近づいていく。
身体から放たれる殺気と猛々しいオーラはまるでモクレン自身が炎になったかのようだ。
「この大剣『紫炎華』の固有スキルは『忍耐』。剣で受けたダメージの分だけ俺の攻撃にダメージが加算される。だからーーーー」
モクレンは目にも留まらぬ速さで間合いを詰めると、トッと静かに斧に剣を触れただけに見えた。
ドオォヴン
「ぐっ!? うおおおおお!!??」
ドンッ ドッ ドッ ズザザザザザザ
その瞬間、ベルデルは水切りの小石のように何回か地面に叩きつけられながら観客すれすれまで吹き飛ばされた。
手から離れた巨大な斧はブォンブォンと高速で回転しながら宙を舞い、観客の壁を越えて少し離れた道に突き刺さる。
斧が突き刺さった地面には小さなクレーターのような穴が開き、煙が上がった。
2人の間に[決闘終了]の文字が映し出され[勝者:モクレン]と書かれている。
ベルデルは信じられないと言った様子で自分のHPを確認しているが、無常にもHPの数字は0を表していた。
剣を触れただけの一撃でベルデルは吹き飛ばされた上、HPが尽きたようだ。
モクレンは紫と白の炎をまとって燃え盛る大剣を、なんとか起き上がろうとするベルデルとそこに駆け寄ってきたその子分たちに向けると、不敵な笑みを浮かべる。
「お前の攻撃が強ければ強いほど一撃で終わっちまう。こんなに観客が集まってるんだ。すぐに終わっちゃ面白くねーだろ?」
オオオオオオオオオオ!!!!
観客から一斉に歓声が上がった。
歓声はうねりのように空気を震わせモクレンコールが噴水広場を包み込む。
予想を裏切る結果にニジーも思わず拍手していた。
(ほわー! あのモクレンって人、超カッコよかった……! 剣に炎がブワーってなるのどうなってるんだろう??)
語彙力が崩壊するほどニジーは観客の中心にいる背の高い女性アバターに釘付けになっていた。見れば見るほど、自分と同じプレイヤーだとは思えないくらいの存在感がある。
(ジョブはなんだろう? やっぱり剣士?)
そういえば相手プレイヤーをターゲットすると詳細が見れるとキリから聞いた気がする。
ベルデルは子分たちに介助されながら立ち上がる。
決闘ではHPがゼロになっても輝鏡花の聖域まで戻されないようだ。
「……くっ、てめえだけは絶対に許さねえからな。覚悟しとけよモクレン!」
「口だけの奴が言ったところで脅しにすらならねーよ。失せな」
ベルデルは苦虫を噛んだような表情をし、乱暴に観客をかき分け街の中央通りへと消えていった。
モクレンはふうと一息つく。
大剣を一振りすると、剣を包んでいた炎が溶けるように消え去り、また元の紫色の剣に戻った。
「はー。ベルデルじゃウォーミングアップにもならなかったな。俺と決闘したい奴がいたら今なら受けて立つぜ」
髪をかきあげ長い四肢を伸ばしながら観客に向かって呼びかける。そのしなやかさはさながら美しい肉食獣のようだ。
(ええっと、プレイヤーの詳細を見るには確かこのジェスチャー……)
ニジーは奇妙な舞を踊るように、手で円を書いてモクレンを指差す。
その時 ビイン! と謎の不協和音が鳴った。
ニジーは自分からその音がしたような気がして焦って辺りを見渡す。
周りの観客が唖然としながらニジーを見つめると、信じられないと言った様子で皆が少し距離を取った。
少し驚いた様子でモクレンもニジーの方を振り向くと、不敵な笑みを浮かべながら、カツカツとヒールの音を響かせ近づいてきた。圧倒的存在感が壁のように迫ってくる。
「ほぉ。そこのファフィアウル、俺に向かって挑発するとはいい度胸だな。だが売られたケンカは全部買うぜ。それが最強プレイヤーだろうが初心者だろうがな!」
蛇に睨まれた蛙のようにその場で固まるニジー。
自分が何をしてしまったのか理解ができず、慌てて両手を上げながらブンブンと手を振る。
「え……私が挑発!? い、いや、挑発なんてしてません! 誤解です!! 間違いですうううう!!!」
システム上に[プレイヤー【モクレン】より決闘の申請が来ています 了承しますか]という文字が表示される。
ニジーは動揺しすぎて[はい]を選択してしまった。
そして決闘開始のカウントダウンが始まる。
四方を観客に囲まれていて逃げようにも逃げることができない。
(ほわー! なんでこんなことに!?)
ニジーは頭が真っ白になった。
(とりあえず逃げなきゃ!!)
ニジーはモクレンから少しでも離れられるように一目散に走り出した。
「追いかけっこか? 俺は足には自信があるぜ。逃げ切れるかな?」
一瞬で距離を詰められた。ニジーはギャーという叫びを上げながら広場をぐるぐる走り回る。
その様子が面白いのか、モクレンは攻撃することなく、ニジーが少し距離を取ったところで全速力で追いかけてくる。
女性が楽しそうに鳥を追いかけるというほのぼのとした様子に周りの観客もなぜかニコニコと眺めている。
実際には大剣を担いだ最強の女が、恐怖の叫びを上げながら逃げ惑う鳥を追い回すというただの修羅場だが。
(ゼエゼエ……いつまで経ってもこれ決闘終わらないやつ。どうしたら逃げ切れるかな……)
ニジーは少し距離を取ったところで息を整えながら振り向く。またモクレンがこちらに向かってきた。
(いや? 逆に1回攻撃されたらきっと決闘は終わるから、覚悟して1撃くらえばいいんだ! 輝鏡花の聖域に戻されるわけじゃないし)
ニジーは咄嗟にアイデアを思いつくと、今度は逆にモクレンに向かって走っていく。
「おお!? さっきまで逃げてばかりだったのに突然どうした? いいね、そうこなくちゃ!」
モクレンは楽しそうに笑うと、からかうかのようにゆっくり剣を振った。
ニジーは剣がアバターに当たる瞬間、恐怖で目をつぶった。
カッ
ニジーが恐る恐る目を開けると、なぜか少し高い位置にいた。
(ん? あれ。今、剣に当たりに行ったはずだけどまだ決闘終わってない……?)
ニジーは頭上に表示されている自分のHPバーを確認するが減っている様子はない。
自分の足元を見ると、紫と白の髪のつむじが見えた。
理解が追いつく暇もなく、どうなったのか確認しようと下を向いた。
すると、つむじの主が上を向いたので目があってしまった。
「!!!」
ニジーは数秒思考停止したのち、ぴょんと地面に降りた。
今起こったことを言葉にするのも怖すぎる。
この後の展開も怖すぎる。
モクレンが呆気に取られた様子でニジーを見つめる。
「お前……俺の攻撃をかわした上で俺の頭の上に乗ったな……?」
「えっ、いや、乗ろうとして乗ったわけじゃないんですけど……綺麗なつむじですね」
「ふふ、はははっ……ははははは!! 決闘で頭を踏まれたのはこれが初めてだ!! お前すごいな!?」
モクレンは大爆笑すると、ニコニコと不自然な笑いを浮かべながらニジーにスッと剣を向ける。
目が笑っていない。
「舐めてんじゃねえぞおおおお!!!」
(わあああああ!! やっぱり怒ってるううう!!!)
バババと連続で先ほどより早い斬撃をニジーに浴びせる。
カカカッ
それをなぜかニジーは全て紙一重で避けていた。正確には避けた後に避けていたことに気付くだけだ。
剣が速すぎて影すら目で追うことができない。
「チッ、お前あのムカつく双剣士みてーな動きするな……。ちょこまかと避けやがって。だが俺の剣を見切るとは大したもんだ。褒めてやるよ」
(全然見切ってません! むしろ見えてませんんんん!! なんで剣に当たらないの!? 実はこの人攻撃下手なの!? 絶対わざとやってるでしょ!!?)
そんな思いを言葉にする余裕はなく、ニジーはひたすら剣に当たることだけを考えながら剣を追いかけ回す。
磨き上げられた紫の剣は先ほどのように炎を放つことはなく、鏡のように静かにニジーの姿を映すだけだった。
モクレンも攻撃が当たらないことにムキになってきたのか、どんどん斬撃が早くなる。
観客からは「おおお……」という困惑やら畏怖にも似た微妙な声が上がった。
その時突然、観客の中から大声で呼びかける声が聞こえた。
2人は声のする方へ振り返る。
「モ、モクレンさん!!! 大変です!! さっき決闘に負けたベルデルって人たちが中央通りのイベント広場で暴れてて……モクレンさんを連れてこなければ今日のイベントごと潰すって……!」
その言葉にモクレンは攻撃を止め、頭をかくと面倒くさそうにため息をついた。
「……ったく、かまってちゃんかよ! 分かった、今行く」
何かを考えるように腕を組むと、モクレンはニジーの方を向く。
「この決闘はお預けだな。だが、またベルデル一味に決闘を申し込まれても面倒だ。決闘状態のまま俺についてこい。決闘中は他のやつが決闘申請できなくなるからな」
「ええ、なんで私まで!?」
「俺を挑発しただろ? 決着つくまでとことん付き合ってもらうからな! 俺はモクレン、お前は?」
「ニジーです! だから挑発してませんって!!」
モクレンはニヤリと笑う。
大剣を鞘に納めるかのように左手のバングルの下に向けて動かすと、剣は光の粒子になって消えていった。
「いくぞニジー! ついて来れるかな?」
「ついていけません!!」
ニジーは中央通りのイベント広場に向かうモクレンを仕方なく追いかけていったのだった。
side by side world【スバイス】をいつもお読みいただきありがとうございます。
ストックが減りましたので、毎日更新はここで一旦お休みします。
今後は1週間に1回〜隔週程度の更新を目標にしていければと思います。
文字を書く修行として本作品を執筆しておりますので、読みにくい部分もあるかと思いますが、ご評価・感想等お気軽にいただけると嬉しいです。
引き続きside by side worldの世界をお楽しみください。




