【並世】Day7 大図書館オルパイア
「ほぉ。そこのファフィアウル、俺に向かって挑発するとはいい度胸だな。だが売られたケンカは全部買うぜ。それが最強プレイヤーだろうが初心者だろうがな!」
自分が何をしてしまったのか理解ができず、慌てて両手を上げながらブンブンと手を振る。
「え……私が挑発!? い、いや、挑発なんてしてません! 誤解です!! 間違いですうううう!!!」
なぜかニジーは今日も焦っていた。
ーーー
7日目。
「ほわー、本当に『sbis図書館』そのままだわ……」
ニジーは目の前の建物を見上げ、呟いた。
ニジーは今、クルッティコラの街にあるスバイス最大の図書館『大図書館オルパイア』の正面玄関前に立っていた。大図書館オルパイアはクルッティコラの町の西側奥の大部分を占めている。
今世で見た時にはどこか異国の建物のように感じた、エレガントなバーガンディの外壁に真っ白な柱と装飾が施された玄関は、この世界の建物だと言われると納得ができる。
玄関前で到着記念のスクリーンショットを撮ろうと、ニジーは昨日弟のキリに教えてもらった通りにジェスチャーでメニュー画面を出す練習をしていた。なかなかうまく行かず変なダンスを舞っているようになってしまう。
(んー、まだ操作が難しい……)
何回目かのチャレンジでなんとかメニュー画面を出し、ようやくスクリーンショットを撮れたと思ったら、自撮りが下手過ぎて図書館玄関に亡霊が映り込んだ心霊写真みたいになってしまった。
図書館に入ろうとする人々がチラチラとニジーを見ていることに気付き、焦って玄関をくぐった。
入り口からエントランスホールまでは『sbis図書館』とほぼ同じ見た目だった。
蔵書の持ち出しを防ぐゲートなどはないものの、内観や装飾などは一致していて、今世にいるのかスバイス内なのか一瞬分からなくなる。
(広い吹き抜けのエントランスまで忠実に再現されてる! カッコちゃんが懐かしいって言ってた理由が分かったなあー)
『sbis図書館』に向かう途中でたまたま旅客用ドローンに乗り合わせた、カッコこと陸原 木香と一緒に歩いた日のことをニジーは思い出していた。
プレイヤーの石像が飾られていた廊下には、ホログラムで現在のランキング上位のプレイヤーのアバターがずらりと表示されているようだ。
ニジーはランカーたちのアバターをゆっくり眺めながら書庫まで続く長い廊下を歩く。
色々なアバターが代わるがわる表示され、見ているだけで面白い。
(あ、リャホリィさんだ)
機工作士と書かれた台座には一昨日一緒に大機工人クァバルデに乗っていたリャホリィのアバターも表示されていた。ハンバーガーをちゃんと持っているところが細かい。
(あれ、アルエナさんもいる!まさかランカーだったとは……)
赤い玉をもらった両手杖の青年アルエナは、双剣士と書かれた台座に表示されていた。杖を双剣のように構えているところを見ると実は杖ではなく剣だったのだろうか。
見知った人がいると少し嬉しくなる。
(私も満了までに1回くらいはここに表示されるくらいになれるといいな〜)
そんなことを考えながらニジーは書庫につながる白いゲートをくぐる。
書庫に入った瞬間、ニジーは言葉を失った。
木漏れ日のようなやさしい光が満ちる円形の空間に、水の音と小鳥のさえずりが広がる。まるで新緑の森の木陰にいるかのようだ。
通路から繋がっている円形の広場の中心には、天井まで伸びる光の円柱がそびえ立ち、円柱の中を滝のように本がゆっくりと上から下に向かって流れ続けている。来館者が円柱の中に手を入れて流れてきた本を取っていた。
円形の広場から波紋のように並ぶ本棚は『sbis図書館』に近い配置だが、本棚が遥か上まで続いている。高い場所にある本棚には足場が設置され、長い階段で繋がれていた。
壁には鉛筆で描いたような少し雑味のある線が縦横無尽に描かれている。
(ここが書庫なの?これはさすがに今世では再現できないわね……)
書庫は今世のものよりもずっと大きく、奥にも書庫が続いていそうだ。
小さな鳥のようなドローンがせわしなく書庫を縦横無尽に飛び回り、本を取ってきては下で待っている人々に渡していた。
多くのプレイヤーたちが、読書や調べものに勤しんでいる。
(ほんと広い。1日じゃまわりきれなさそう)
ニジーはとりあえずぐるりと書庫内を探索することにする。
まず目に入った書庫の奥の壁に埋め込まれた巨大な錆色のレリーフには、金色の文字で物語が刻まれていた。
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side by side world神話 ー線ー
とある『存在』がいた。
仮に名前を『スー』としよう。
『スー』が自身の存在に気付いた時が『始まり』だった。
『スー』は自身に似せた『スーI』を創ろうとした。
『スー』はまず『スーI』に『始まり』を与えた。
『スーI』は始まった瞬間から線を描き出した。
『スーI』が存在する間、線は少しずつ長くなっていった。
しかし『スーI』は少しすると1本の線を残して消えてしまった。
『スーI』には『終わり』が存在したのだ。
『スー』はその後もII、Ⅲ、Ⅳと自身に似せた存在を創り『始まり』を与えた。
しかし『スーI』と同じように、しばらくすると1本の線を残して『終わり』を迎えてしまう。
『スー』は『始まり』と『終わり』の間に不可逆の流れがあることに気付く。
『スー』は不可逆の流れを『時』と呼び
『始まり』と『終わり』を持つ存在を『命』と呼ぶことにした。
『スー』は自身が『命』なのかどうか分からなかった。
何故なら自身にはまだ『終わり』が存在していないからだ。
『スー』はその後も『命』を創り続けた。
『スー』は命の『始まり』と『終わり』を結ぶ線を観察し続けると、あることに気づいた。
命によって線が全く違う。長さも・太さも・形も・色も。
『命』はいつの間にか自身の形に似せた新しい『命』を自身で創り、増えることができるようになった。
『スー』はいつしか『命』を創るのをやめ、今度は世界を創った。
それぞれの『命』がもっとユニークな線を描けるような場所を。世界を。
『始まり』と『終わり』
最初と最後を結ぶ一本の線は、それぞれの命によって全く違う線を描き出す。
まっすぐな線
カーブの線
ぐにゃぐにゃの線
うずまきの線
ギザギザの線
その線が『スー』にとってたまらなく愛おしかった。
なぜならそれらは『命』が『時』を食んで生み出した1つの完成されたものだからだ。
いつしか『スー』は自身も線を描いていることに気付く。
それは長い長い、どんな命よりも長い線。
どんな命よりもまっすぐで、太くて、細くて、荒くて、激しくて、穏やかな線。
そして命に比べてまだ自身が『未完成』であることに気付く。
なぜなら『スー』にはまだ『終わり』がないからだ。
『終わり』がないことで永遠に描き出される線。
命たちが生み出した線を囲むように、飾るように、讃えるように。
次の命たちが迷わぬように先へ先へと線を、世界を描いていく。
『スー』は今も線を描き続ける。
いつか『完成』する日を心待ちにしながら。
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(未完……私と同じ)
ニジーはその場でしばらく立ち止まりながらボーッとレリーフを眺めていた時だった。
「ふざけんじゃねえ! この裏切り者が!」
静かな書庫内に怒声が響いた。
ニジーは突然聞こえた声にビクッと身体を縮ませる。
声が聞こえた方を見ると、派手な青いマントと羽飾りのついた海賊帽を被った巨大な男性と、軍服のような上着を羽織った紫と白の長髪の女性が言い争いをしていた。
海賊帽の男性の側にはいかにも子分といった風に見えるバンダナをしたプレイヤーたちが控えており、女性を睨みながら囲んでいる。
女性は怯むことなく、むしろかかってこいと言わんばかりの挑発的な態度を取っていた。
「今日こそてめえのその涼しい顔に泥を塗ってやるよ! 表へ出ろ。決闘だモクレン!」
海賊帽の男性が女性を指差しながら叫ぶ。
「ああ、いいぜ。受けて立つ」
「お客様、ここは図書館です。お静かに願います」
司書が数名慌てて仲裁に入る。
(図書館内で騒ぐなって注意されるなんて子供じゃないんだから……)
ニジーは冷たい目で喧嘩をしている一団を眺める。自分には関係ないので、早く静かにならないかなと思いながらまたレリーフを眺めた。
司書ともしばらく揉めていたようだが、ようやく一団は司書たちに囲まれながら図書館の外へと出ていった。
一団が去った後も書庫内はざわついている。なぜか本を読むのを中断し、書庫の外に出て行く人も多い。
(なんでみんな一斉に外に行ったんだろ?)
ニジーは周りのざわめきに耳をすます。
((あの紫炎華のモクレンと、コルク海賊団の現団長が決闘だってよ))
((一昨日、大機工人クァバルデの緊急クエストがあったから上級プレイヤーが街に集まってきてるのさ))
((上級プレイヤー同士の決闘なんてクルッティコラの街じゃなかなか見れないから見に行きましょう))
((紫炎華の剣技がリアルタイムで見られるなんて楽しみだなあ))
先ほど騒いでいた一団は何やら有名人のようだ。
(決闘かあ。なんかすごそうだしちょっと見に行ってみようかな?まだ読むものも特に決まってないし)
ニジーは野次馬根性でぴょこぴょこと跳ねながら一団の後を追いかけ書庫を後にした。




