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side by side world(スバイス)  作者: 風見緑哉
プロローグ
2/32

【今世】ネームドクリエイター

挿絵(By みてみん)


[ ソラト様、あと約1時間で目的地に到着します。 行先は『sbis図書館』でよろしいでしょうか ]

 無人のコックピットから機械的なアナウンスが響く。


「オッケー、図書館の入り口近くにお願い」

[ ソラト様、かしこまりました ]


 上空から地上を見渡すと、風景は山々に囲まれた田舎から高層ビルの立ち並ぶ都会へと変わっていた。

 

 二ジーこと空登そらと こうは今、無人旅客用ドローンで移動していた。

2055年、無人旅客用ドローンが一般的に普及し、人々は空を使った移動が当たり前になった。


「うう……ドローンの中からだと鳥が観察できないよおおお……ちょっとドローンさん、鳥の横を飛んでくれない?」

[ ソラト様、そのご要望にお応えすることは出来かねます ]


 ドローンに無茶振りをしてみたら一瞬で拒否された。

装備されているAIには冗談を上手く返せるような精度はまだないようだ。


 仕方なく野鳥図鑑の写真と自分で撮りためた写真をもとに鳥の絵を描いていく。

スバイス休暇を取ると宣言してしまったため、絵を書きためておかねばならない。


 しばらくするとまた機械的なアナウンスが聞こえて来た。

[ ソラト様、付近に同じ方面行きの相乗り希望者が1名います。女性1名。相乗りを許可しますか? ]


( うーん、相乗りはあまり好きじゃないけど……その分運賃が安くなるからいっか。スバイス休暇でこれから金欠になるだろうし )


「オッケー。でも席は分けてね」

 ニジーはしぶしぶ了承すると、また黙々とスケッチブックに絵を描き始める。


 ドローンの天井から降りてきた折りたたみ式の半透明のパーテーションが席を左右に分けた。


 ドローンによる空の移動が整備されたと同時に、より高層階の建物が増え、屋上にドローンが発着するためのドローンポートがあるマンションも増えてきた。

個人端末から予約すると、近くにいる機体がピックアップしてくれる。


 旅客用ドローンは高度を少し下げて、近くのマンションのドローンポートに降りる。

 降下中に、丸いメガネをかけ細い三つ編みをした女性がポート前で待っているのが窓から見えた。


「sbis図書館までっ」

 メガネの女性はパーテーションで仕切られた反対側の席に座ると小さな声でコックピットに向かって呟く。

  [ クガハラ様、かしこまりました ]


 女性の行先が聞こえてしまったニジーは同乗者に少し興味を持った。

(この人もsbis図書館にいくのね! 私と同じこれからスバイスを始める予習プレイヤー? それとも現役? それとも先人? き、気になる。気になるけど……)


 生来の人見知りを発揮しまくる二ジー。

AIやロボットに対しては普通に話しかけられるが、生身の人間に対して自分から話しかけることなど不可能に近い。

 同乗者のことが気になるが、自分からは話しかけられないため無言の状態が続いた。


「ドローン、sbis図書館まであとどのくらい? 楽しみすぎてもう待ちきれない!」

[ ソラト様、あと約30分で目的地に到着します。スバイスだけにワクワク感を持って待つのも良い人生のスパイスかと ]

「面白くないよ?」


 すると、壁越しに座る女性がパーテーションをトントンと叩いてきた。

突然のことにニジーはビクッと体を縮ませる。半透明の素材のため相手の顔はよく見えない。


「あのっ、あなたもsbis図書館に行かれるんですかっ?」

 壁越しに話しかけてきた女性はどこかオドオドしたような話し方だ。


「あ、はい! 念願だったスバイスの権利を獲得したので予習をしに行こうかと! 図書館に行くのも今回が初めてなんです!」

声をかけられたことへの驚きと緊張から、聞かれていないのに余計なことまで答えてしまう。


「それは……おめでとうございますっ! 権利獲得した時の嬉しさ……わかりますっ」


 壁越しにも二ジーの興奮した様子が伝わったのか女性は笑う。


「えっと、現役のプレイヤーさんですか?」

 気になっていたことを思い切って尋ねてみた。


「……いえ、半年前ほどに満了した先人プレイヤーですっ。伝記が家にようやく届いたので、図書館に所蔵されている方も一応確認しに行こうと思いましてっ」


 side by side worldを1000時間満了したプレイヤーは『先人プレイヤー』と呼ばれ、先人プレイヤーの活動記録は1冊の伝記となり、今世に実際に建てられた『sbis図書館』へと所蔵される。伝記はsbis図書館に行けば誰でも読むことができ、伝記により今世において有名人になったプレイヤーも少なくない。

 伝記は図書館への所蔵だけではなく、プレイヤー個人にも届くようだ。


「ということは先輩! いろいろ教えてもらえると嬉しいです」

「先輩なんて……私に答えられることであればなんでもっ! 私は陸原くがはら 木香かつこといいますっ。……カッコちゃんなんて呼ばれることが多いかなっ」

「カッコちゃん初めまして、私は空登 虹。二ジーって呼んでください」

「ニジーさん、よろしくお願いしますっ」


挿絵(By みてみん)


 本来ニジーは知らない人と話すのは苦手だが、スバイスの話題ですぐに打ち解けることが出来た。

 どうやら2人とも同い年の25歳のようだ。


「カッコちゃん、話しにくいからこの壁開けてもいい?」

「大丈夫よっ」

「ドローン、やっぱりパーテーション上げてくれる?」


 その言葉にドローンが反応して、すぐにパーテーションが折り畳まれる。

しかし、『席を分けてね』と言った命令が残っているのか半分しか上がらない。


「全部上げて。そこは気を使おうよドローン」

[ ソラト様、かしこまりました ]


 カッコは太い黒縁の丸メガネをかけ、明るい茶色の髪を肩下で小さく三つ編みにしている小柄な女性だった。

垂れ目の瞳とおどおどした感じが優しそうな雰囲気を醸し出している。


 カッコは二ジーの席の横に置かれた鳥の図鑑や図鑑の辺りに散乱している鳥の写真や色鉛筆、鳥の絵が途中まで描かれたスケッチブックを見て目を丸くする。


「あれっ、二ジーさんってもしかしてっ……?」

「ほわー! 壁がなくなったら仕事道具の散乱状態を目隠しするものがなくなったー! ごめんごめん、今片付ける」


[ ソラト様、もう一度壁を閉めますか ]

「いやそこは気を使わなくていいよドローン」


「もしかしてっ、ネームドクリエイター<鳥の羽を生む筆先>の二ジーさん??」


 職業を言い当てられてニジーは固まる。




「な……カッコちゃんはネームドの中でもどマイナーな私をご存知で!?」

 片付けようとしていた鉛筆をバラバラと床に落とすくらい動揺してしまった。まさか自分のことを知っている人がいるとは思っていなかったためだ。


挿絵(By みてみん)


「もちろんっ! 鳥の絵って言ったら<鳥の羽を生む筆先>の二ジーさんの『半分の鳥の絵』を思い浮かべるもんっ。……こんなところで会えるなんて!」

「そ、それは嬉しいなあ。私なんかがネームドを持ってて申し訳ない……」

「そんなっ、もっと自信を持って!」


 ニジーは恥ずかしそうに頭をかきながら目を逸らす。

 ネームドを冠してからすでに3年目になるが、面と向かってネームドで名前を呼んでもらえたのは初めてだった。

 ニジーはネット上でしか作品を発表せず、ほとんど人前に出ることがないためだ。


 ネームドとはすなわち『二つ名』である。

 IT業界で一世代で財を築き、志半ばで亡くなった現代の英雄と評される<名を紡ぐ者>ラウ。

 彼の遺言として設立されたネームドクリエイター財団により、『ネームドクリエイター』に認定されたクリエイティブな人間の生活を保障する。


  旅客用ドローンを開発し普及させた<世界の渡り鳥>ウィッチャー・マクシフや、side by side worldを制作したネームドクリエイター集団<並世の砂時計>Odyssey など、全世界でネームドクリエイターは活躍している。

 

 二ジーのネームド<鳥の羽を生む筆先>は、学生時代から描きためた鳥の絵とその羽を描く繊細さが評価されて認定されたのだった。


「私はなにも自分で描いたり作ったりできないから、ネームドクリエイターさんたちに憧れてるのっ! スバイスだってネームドクリエイターさんたちが創ってくれたでしょっ? スバイスでの生活は私の人生を変えてくれたっ。だから私も自分のできることをやりたいと思うのっ」


 そう言うカッコの瞳の持つ力強さにニジーは少し圧倒された。


「わ、私にはそんなすごい力はないけどね……ただ好きな鳥たちを自由に描いているだけだし」

「好きなことをやり通せるってすごいことだと思うっ」

「あ、ありがとう」

 ニジーはあまり直接人から褒められ慣れていなく反応に困った。


「気になってたんだけど、二ジーさんはなんで鳥の絵を半分までしか描かないの?」

 直球な質問に返答に詰まる。

「んっと……そういう画風……かな?」

「なるほどっ!」


(……生まれてからこのかた絵を一度も完成させられたことがないなんて恥ずかしくて言えないなあ。だからみんなに『未完のニジー』なんてからかわれるんだけど)

 これ以上コンプレックスを探られないように慌てて話題を変える。


「ところで、カッコちゃんはスバイスではどんなプレイヤー名で活動してたの? 図書館でカッコちゃんの伝記も読んでみたいなあ」


「……」


 何気なく二ジーが放ったその言葉がカッコを凍りつかせた。

さきほどとはうってかわって突然黙ってしまった様子をみて、焦る。


「あっ、無理に教えてくれなくていいからね! 誰にだって秘密くらいあるし」


 カッコは俯きがちに申し訳なさそうにいう。

「……うん、ごめんねっ。身バレしたくないからプレイヤー名は今世の誰にも教えてないんだっ。……家族にすら秘密にしてるのっ」

「ううん! こちらこそ気軽に聞いちゃってごめん」

 スバイス内のプレイヤー名は今世でも馴染みのある二ジーとつけようと思っていただけに、内心ニジーは驚いた。


 そのとき、機械的なアナウンスが響いた。

[ 皆様、目的地の sbis図書館に到着しました。まもなくドローンポートに着陸します。完全に着陸が完了するまで着席してお待ちください ] 


「おっと、話しているうちに着いたみたい。って、sbis図書館ってこんなに広いの!?」

 ドローン眼下に広がる建物はまるで異世界からやって来た巨大な神殿のような外観だ。図書館のまわりは堀で囲まれ、その周りには森が広がっている。


「……ここは先人プレイヤーにとっては聖地みたいな場所になってるからっ。世界中からスバイスプレイヤーが集まるの。噂ではで30万点以上の伝記が所蔵されているみたいっ」

「うへえ、それだけ満了したプレイヤーがいるってことよね。規模が大きすぎて想像つかないやー」


シュウウウウウウウン


 ほとんど揺れることもなくドローンは静かに着陸した。

 着陸中にも多くのドローンが乗客を乗せてこのsbis図書館へやって来ている。


[ 皆様、ご利用いただきありがとうございました。お忘れ物のないようご注意ください ]

「ありがとう、ドローン! 帰りもよろしくね〜」

 ニジーはドローンに大きく手を振る。 


[ ソラト様 、帰りは多分別のドローンが来ます ]

「多分見分けつかないから大丈夫!」


 ドローンから降りると、2人は歩きながらsbis図書館の正面玄関へと向かっていく。

どんな伝記が待っているのだろうと、ニジーは高鳴る鼓動を胸に意気揚々と足を進めていった。

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