【並世】Day6 緊急クエスト
「ほわー! クァバルデが立ってる! 予想以上に大きい」
『大機工人クァバルデ』はクルッティコラの街の東広場の中心に自立していた。
ニジーとルーは今、クァバルデから少し離れた場所に囲むようにできている人だかりの最前列にいた。
先ほどクァバルデ工房の天井に吊るされていた時には大きさがいまいち分からなかったが、こうして立っている所を見ると20メートルほどはありそうだ。見上げているだけで首が痛くなる。
広場のアナウンスによるとこれから新型浮遊機工のお披露目会と飛行テストがあるようだ。
機工作士の人々だろうか、クァバルデの周りでは多くの人々が準備に勤しんでいる。
「逆にこの巨大ロボがその小さな浮遊機工だけで飛んでたと思うと怖い……」
ニジーは安定して浮いているルーのホバーボードを眺める。ボードの真ん中には青い透き通った浮遊機工が埋め込まれていた。
「ソコは何回も小さい試作機で失敗しナガラ、ようやくあの大きさのクァバルデを飛ばすことができたんデスヨ! 浮遊機工の強度が弱いと中で割れてしまいマスシ、逆に強くしすぎると重くなって飛べまセン。調整が大変デシタ〜」
ルーは笑って言うが、そんなことができるプレイヤーはどのくらいいるのだろう。意外とすごい人なのかもしれないとちょっと尊敬した。
「アッ!? スミスさんがイマス! 隠れなキャアアア」
そう言ってニジーの後ろに隠れようとする。
ちょっと尊敬したことを後悔した。
街の空にスクリーンのような形で東広場の様子が映像で映し出されている。遠く離れていても様子を見ることが出来るようだ。
「えー、お集まりの皆様大変お待たせしました。これより機工作士の工房『クァバルデ工房』のシンボル『大機工人クァバルデ』の飛行テストを開始します」
マイクをとって司会をするのは先ほど工房でルーを追いかけていたスミスだ。
巨大な身体に大金槌を背負い、よく響く声で堂々と挨拶する。最前列にいるルーを見つけるとギロリと睨んだ。
「まず初めに今回の飛行テストにあたり、クァバルデが飛行するために必須とされる『浮遊機工』を開発した、機工作士リャホリィより挨拶があります」
長い空色の髪を高い位置でポニーテールにした女の子が自信満々と言った様子でスミスからマイクを受け取った。
「あ、さっきの大食いの子だ」
「あの子が浮遊機工を開発したって本当だったんですネエ」
「えー、ご存知の通り機工作士ランキング今期1位の機工作士リャホリィです! 今回はあたしが造ってきた数々の機工の中で、最高傑作とも言える『浮遊機工』をお披露目しちゃいますよ!」
リャホリィはドローンからバスケットボール大のターコイズ色に輝く球を受け取ると天高く掲げた。球の中にはキラキラした破片と少しのモヤがあり、陽の光を反射してより強く輝いて見える。
おおおー! と観客たちから歓声が上がった。
「わー、あの浮遊機工もキレイですねー」
「フム、あれ大丈夫デショウカ」
周りが輝く浮遊機工に驚きと賞賛を投げている中で、なぜかルーだけが怪訝な顔をしている。
「どうして?」
「イヤア、ちょっと色が気になってしまいましてネ! もう10年も経ってるんだからクァバルデの方も進化してるでしょうし大丈夫ですヨネエ!」
ニジーはどこか不安そうなルーの様子を不思議そうに眺めた。
そうしている間に浮遊機工についての説明が終わり、大きめのドローンに乗ったリャホリィが大機工人クァバルデの胸元まで飛んでいった。クァバルデのコックピットが開き、中に入る。
「あれって中に人入れるんだ!?」
ニジーは驚きのあまり空いた口が塞がらない。
「モチロン! 動かすには操縦士が必要ですカラネ。ワタシも飛行テストの時は操縦しましたヨー。クァバルデの中からの眺めはスゴクいいんデスヨー!!」
興奮しながら熱く語るルーだが、モンスターのような見た目のイメージと操縦士のイメージがかけ離れすぎていて、ルーがクァバルデを操縦しているところを想像することが出来なかった。
街の空にコックピット内部の映像が大きく映し出され、操縦席に座ったリャホリィが笑顔で手を振っている。
「やっほー! みんな見えてる? いまクァバルデの中にいるよ」
観客からは歓声が上がった。特に男性陣の盛り上がりがすごい。
((天才リャホリィちゃあああん!! かわいいぞおおお))
((リャホリイーー! 頑張れええええ))
((リャホリイちゃああん浮遊機工だけじゃなく俺も開発してくれえええ))
リャホリィはどうやらアイドル的な存在のようだ。
「リャホリィさんって有名人だったんですね……全然知らなかった」
「あんな理不尽の嵐のような人のどこがイイんデショウネ……」
スクリーンにはコックピット内部にある浮遊機工の台座が映っている。
「それではお待ちかね! 浮遊機工を装填しまーす。ドキドキだね!」
リャホリィは台座に浮遊機工をはめ込む。
ファファファファファファファファファファファファ
台座のくぼみにピッタリとハマった浮遊機工は強い光を放った。
大機工人クァバルデの全身に血液が行き渡るかのように、細いターコイズ色の光がボディに沿って広がる。
スウウウウウウン
しばらくするとクァバルデは音もなく宙に浮かび上がった。地上から100メートルほどの高さでポーズを取る。
観客から更に大きな歓声が上がった。
「なんかちょっと予想と違ったけどクァバルデが飛んでる……! すごい!」
ロケットのように轟音と共に煙を上げながら飛び上がることを予想していたニジーにとって、音もなく飛び上がる様子は予想外だった。
「安定して飛べたみたいデスネ。ヨカッター!」
先ほどまで不安そうにしていたルーも安堵した様子だ。
クァバルデは徐々に高度を上げながら縦横無尽に飛び回った。ターコイズ色の光の尾を引きながら蒼穹を飛び回る様子はまるで白い鳥のようだ。
「みんなー! クァバルデの飛行に成功したよ! 天才機工作士リャホリィ様にかかればこのくらい余裕なんだからっ」
コックピット内からまた笑顔で手を振った。
クァバルデが10年ぶりに飛ぶ勇姿を見てか、リャホリィの活躍をみてかは分からないがスミスも男泣きしている。しかしメーターの方に目をやると真面目な表情で言った。
「あまり高度を上げすぎるな。リャホリィ、降りてきてくれ」
スミスは通信で呼びかける。通信の様子も映像とともに配信されている。
「了解!」
リャホリイは下降しようとハンドルを握る。
その瞬間、コックピット内を映している画面が大きく揺れた。
「っと! びっくりした。いまの揺れはなんだろ? あたしは大丈夫なので皆さん心配しないでくださいねー!」
その間にもクァバルデはどんどん高度を上げていた。
「あれ、なんかどんどん高くに行ってません? 飛行テストってどこまで高度を上げられるか試すものなんですか?」
「イエ、そろそろ降りてくる頃だとおもいマス。クァバルデの飛行限界高度もありマスシ」
ニジーとルーは地上からクァバルデを見上げるが、すでに鳥ほどの大きさに見える。
「あれえ? おかしいな。高度が下がらない……浮遊機工の座標制御に問題が起きた? ……ブツブツ」
スクリーンに映ったリャホリィは小声で何か呟きながら、手元のコンピューターを凄まじいスピードで操作する。
「何か問題があったかリャホリィ? 大丈夫か?」
スミスは心配そうに何度も問いかけるが返答がない。
「ちょっと集中するんで映像と通信切りますねー! すぐに解決するんでご心配なく!」
そういうと、通信を一方的に切ってしまった。
ブツンッ
スクリーンからはコックピット内の映像が消え、ただ真っ暗な画面が空に映し出された。
クァバルデの高度はさらに上がっているようで徐々に小さくなっていく。
観客がざわつく。
「あ、あれ。大丈夫ですかね?」
ニジーは少し不安になるがどうすることもできない。
「ウーン、大丈夫には見えませんけどネエ。リャホリィサンは天才機工作士と言われるくらいですカラ、何とかできるんでしょうケド」
ルーはやけに冷静だ。出会った時の怯えた雰囲気が嘘のようだ。
「仮にこのまま高度を下げられないとどうなるんです?」
「スバイスの空には実際の天球が存在するんデス。普段昼は天球の裂け目から光が漏れてるデショウ?天球にぶつかったら多分クァバルデが大破してシマウ!」
その時、スミスの叫びが広場に響いた。
「おおーい! 応答しろリャホリィ! チッ、だめだ……通信を完全に遮断してやがる!!」
周りの機工作士たちが慌て出したところを見ると、想定していなかった緊急事態のようだ。
「くっ、飛行限界高度に接近している。あの高度では用意していた緊急制御用ドローンも届かない! 緊急クエストを発動してクァバルデを外部から止められるヤツを探せ!」
「クルッティコラの街は初期村ですよ! そんな技術を持つ上級プレイヤーがいるかどうか……」スミスから命令された機工作士は焦ったように言う。
「いいからやるんだ、時間がない! リャホリィとクァバルデが危ない!!」
ビーインーッ ビーインーッ
スバイスの街のなかに警報のようなシステム音が鳴り響く。
警報と同時にスバイスの空に『緊急クエスト』という大きな文字が表示された。
大きな文字の下にはクエスト内容として『クルッティコラの街で制御不能になった大機工人クァバルデの機体回収』と書かれている
「わっ、何!?」
ニジーは驚いて後ずさった。
「アレはスバイス全土に出される緊急クエストデス! スバイスにログインしている人であれば誰でも挑戦できマス。ということはやっぱり緊急事態なんですネエ」
「全土に出されるクエストなら回収できそうなスキルを持ったプレイヤーがきてくれれば……」
「問題はここが『クルッティコラの街』という点デスネ。初心者が多く集まる初期の街のはずなので、熟練プレイヤーはあまり多くない可能性が高いデス」
「えっ、ワープとかで飛べるんじゃないの?」
「スバイスにワープ機能はありまセンヨ。自力移動か乗り物移動しかありマセン!」
何故そういう所は現実世界に近いのだろうか。
「と、ということは、この近くに今いる人でなんとかするしかないってこと……?」
「そうなりマスネ!」
空を見上げるとクァバルデはすでに豆粒のように小さくなっている。少しずつだが高度を上げていっているようだ。まだリャホリィは対応できていないのだろうか。
すると焦ったようにスミスがこちらに向かって走ってきた。
「ルー! そこにいたか!」
「ウワアアア! スミスサンが来る!! 逃げなキャアアア」
ニジーの後ろで逃げ場を探してあたふたするルー。
「待て、さっきは追い回して悪かった! 見ての通り緊急事態だ。クァバルデをどうにかして回収できんか?」
スミスが焦った様子でルーとニジーの前に来ると頭を下げた。AIとは思えないほど、状況に対応している。
「なななんでワタシなんですカア!? イヤイヤ無理デショ? だってあの高度デスヨ? 下手したら私まで天球にぶつかりますッテ!!」
「無理な頼みだということは分かっている! だが今すぐに空を飛べそうなのはお前くらいしかいない。ファフィアウルの嬢ちゃんは半分鳥だけど飛べないもんな」
その言葉を聞いてニジーはカチンと来た。鳥のアバターを使っているだけだが、飛べない鳥と言われるのはこんなに屈辱的なのかとニジーは思う。
「確かに半分鳥だけど飛べませんよーだ!」
翼のような手をバタバタさせるが飛べる様子はない。そもそもファフィアウル族は飛べる種族なのだろうか。
「リャホリィの他にクァバルデの飛行テスト経験があるのはルーお前だけだ。正直なところリャホリィの方が機工作士としてはうわてだが浮遊機工の扱いについてはお前の方が得意だろう。期待はしていないがここにいる誰よりもクァバルデを止められる可能性が高い」
「約10年ぶりに戻って来たばかりなのにスミスさんも無茶を言いマスネ……もう色々忘れてマスシ」
スミスは落胆したかのように頭を振った。
「腰抜け機工作士と飛べないファフィアウルか・・・残念だ」
そう言ってスミスは踵を返して2人のもとから走り去っていった。
その背中を見てニジーは地団駄を踏む。
「う〜〜、悔しい! ルーさん、なんとかして回収する方法ないですか!? 腰抜けなんて言われて悔しくないんですか!? やってやりましょうよ!」
「……ンンンン、思いつかなくはないデスガ危険を伴いマス……。最悪、今所持している全てのアイテムを失うかもしれマセン」
「ルーさんほとんど何も持ってなくないですか? 所持金5サイドだし」
「……グッ!!」
ルーはバッグのような物も持っておらず、所持品といえばホバーボードと大きな帽子くらいだ。
「デデデデモ、苦労してクァバルデを回収したところでワタシに何のメリットもありませんシ……」
「緊急クエストって報酬もらえるんですか?」
「通常クエストよりも多くもらえるデショウネ!」
「ハンバーガー代」
「……グッ!!」
ルーは迷ったようにその場をウロウロする。
バッと顔を上げて、ニジーを見た。
「ワカリマシタ! やれるだけやってみまショウ!」
ニジーはそんなルーに敬礼する。
「じゃ、ルーさん頑張って下さい! 下から応援してますんで!」
「エッ!? 今の流れだとニジーサンもいく感じでしたヨネ!?」
「私が行ったところで空中じゃ何もできないですけど」
「イヤイヤ! 2人必要ですので一緒にイキマスヨ!!」
「えええ!? 今日こそ図書館に行きたいのに!!?」
システム上に[プレイヤー【ルー】よりホバーボードの相乗り申請が来ています 了承しますか]という文字が表示される。
ニジーは動揺しすぎて、また[はい]を選択してしまった。
「ニジーサン、シッカリ掴まっていて下さいネ!!!」
「いやああああ誘拐いいいいいい」
「ユユユユ誘拐じゃありませんヨオオオオ!!!」
ルーはホバーボードで空気を切るように、大回りで広場をぐるりと一周すると、そのまま速度を上げて上昇していった。
スミスは飛びあがったホバーボードを見てニカっと笑うと、高度を上げていく影に向かって叫ぶ。
「もしリャホリィが反応しない場合は『ハンバーガーあるよ』と呼びかけろ!」
「は、はあ……? 了解デス!」
純粋な青い光を放つホバーボードは彗星のように尾をひきながら2人を乗せて昇る。
遥か上空に見える大機工人クァバルデを目指して。




