【並世】Day6 ランチタイム
「……スススススすいませんでしたあアアアアア!!!」
ルーは入り組んだ職人街を出た大通りのところでニジーをホバーボードから降ろすと、ボードに土下座する形で全力で謝罪していた。
ボードが壊れるのではないかというほど頭を打ち付けている。
あまりの迫力に通りがかりの人々の視線が痛い。
「い、いや。ルーさん私は大丈夫ですから! ちょっともう土下座やめてください……」
それでも勢いは止まらない。
「……恥ずかしいから……ちょっと……」
さらに勢いは早くなる。
「土下座やめろぉ!!!」
突然のニジーの叫びに一瞬フリーズするルー。
ボードの上で正座をするとシュンと縮こまった。
「あ、すいません。つい」
「オオオオお恥ずかしいトコロをお見せしてしまいマシタ……。スミスサンはクァバルデ工房を取り仕切るNPCなんデスガ、まさか突然追いかけてくるトハ……」
「NPCってなんですか?」
「ノンプレーヤーキャラクター、つまりAIデス。プレイヤーじゃないんデスヨ」
「スミスさんってプレイヤーじゃないんですね!?」
「スバイス内の工房スタッフやお店の店員などはみんなNPCデスヨ?」
ニジーには実際に人が操作しているプレイヤーと、AIが動かしているノンプレイヤーキャラクター(NPC)の区別がつかないでいた。誰に話しかけても自然な反応が返ってくるためだ。
「ところでなんで追いかけられてたんですか? 何かを返せと言われていたような……」
ルーはビクッと身体をさらに縮ませる。
「ワワワワワタシは何も悪くないデスウウウ!! 自分で開発した『浮遊機工』を改造してホバーボードにくっつけただけなんですカラ!! ウワアアアア」
また道路のど真ん中でホバーボードに伏して泣き出したので、ニジーは困った。
(なんか厄介なことに巻き込まれそうだから早めに退散しよう……)
ボォーンボォーン
その時、クルッティコラの街の中心にある巨大な時計の鐘の音が街の空気を震わせた。
白い鳥たちが大空へと飛び立つ。
夜の闇を吹き飛ばすかのように天球に無数に開いた裂け目から光が漏れ出し、スバイスに昼が訪れる。
「あっ、そういえば日本ではもうお昼の時間でした。私、今世で昼食とってきます」
朝から何も食べていなかったため空腹だ。お腹が待ちきれないという様子でぐううっと鳴った。
その言葉にルーはスッとは泣き止むと、ログアウトしようとするニジーに問いかける。
「ニジーサンは日本人なのデスカ!?ワタシはアメリカ人ですが日本大好きデスヨ!!もう何回も行ってマス」
「そうなんだ!?ルーさん日本語しゃべってるからてっきり日本人かと……」
「スバイス内では相手の設定言語にあわせて自動通訳されるんデス!こちらからは英語に聞こえてマスヨ」
いつの間にか国際交流していたようだ。
「ところでニジーサン、今いる場所の近くに『繋グ屋』はありますカ? 日本にも結構店舗があった気がしマスガ」
「『繋グ屋』ってあのファーストフードチェーンの? ここから3キロ圏内にはあるかも」
『繋グ屋』とは2030年代後半から2050年代にかけて現実世界に急拡大したファーストフードチェーン店だ。全世界の総店舗数は30,000店を超えるという。
「『繋グ屋』が近くにあれバ、スバイス内で食事が食べられマス! ドタバタに巻き込んでシマッタお詫びにランチ奢りますヨオオオ!コチラはディナーの時間ですしネ!」
「は、はあ」
(スバイス内でランチってどういうこと……?バーチャル上で飲食はできないハズじゃない?)
少し気になったのでルーについていくことにした。
「ほわあ、まさかスバイス内にも飲食店があったなんて!」
「ワタシも初めて来た時にはビックリしましたヨ!」
クルッティコラの街の西通りには飲食店の並ぶ広いエリアがあった。
カレー屋やラーメン屋、ハンバーガー屋や寿司屋まで目移りしてしまうほどバリエーションがある。
実際の飲食店街のように良い香りが漂い、ショーウィンドウから見える厨房で作られる料理はまるで本物のようだ。ただの映像だと頭の片隅では認識していても、思わずよだれが出てくる。
多くの人たちが飲食店エリアに集まっており、職人街よりもずっと賑わっていた。
「ニジーサン、ここにシヨウ!」
「スバイスバーガー?」
「やっぱりランチといえばバーガーダヨネエエ!」
ルーが指差したのは巨大なハンバーガーのモニュメントが入り口の上に置かれた『スバイスバーガー』と書かれた店だ。いかにもバーガー屋らしい。
店の中に入ると、カウンターの奥から「いらっしゃいませー!」という歯切れ良い声が聞こえた。テーブル席はなく全てカウンター席になっている。
背の低いアバターを使っているニジーにはカウンターが高かったが、VRルームチェアに腰掛けると自動的にスバイス内の目線も調整される。
手を伸ばすと本当に目の前にテーブルの台が置かれている感覚があった。
(あれ、VRルームにテーブルなんてあったかな?)
ニジーはヘッドセットを上げて確認してみると、本当に目の前にカウンター席と同じくらいの幅のテーブルがVRルームチェアの横から出てくる形でセットされている。
VRルームにはそんな機能もあったのかとニジーは驚いた。
「ワタシはスタンダードなスバイスバーガーセット一択! ピクルス増し増しで! あとアップルパイも! ニジーさんはどうシマス?」
メニューは5種類程度しかないようで、そのうちの2つは売り切れと書かれている。
店内を見渡すとバーガーとポテトとドリンクのセットで頼んでいる人が多いようだが、ルーの隣に座っているアバターの前には大量のハンバーガーが積み重なっていた。
「うーん、私こういうお店あまり慣れてないのでルーさんと同じもので。ドリンクは紅茶がいいかな」
「ワカリマシタ! 注文シマスネ」
ルーは手元にある注文メニューの画面を手慣れた様子で操作する。
注文ボタンを押そうとしたところで手が止まった。そしてガクガクと震え出す。
「ル、ルーさん? どうしました?」
ルーは震えながらおそるおそるニジーの方を向く。
「ナナナナナナ、ナイ……」
「無い? 何が……?」
「サササ、サイドがナイ…………!!」
「えええ!!?」
サイドとはスバイス内の通貨のことだ。
つまり、お金がないということだ。
「盗まれたとか……!?」
「……きゅきゅ休止期間が長すぎてホバーボードの素材に全部サイドをつぎ込んだの忘れてタアアアア!!!」
ルーは店中に響くくらいの声で叫ぶと、カウンターに伏して震えた。
何回もポケットから財布を出したりしまったりしながら残高を確かめるが、ルーの財布には5サイドとしか書かれていない。
「ニニニ、ニジーサンゴメンなさい……せっかくここまで来てもらったのに奢ってあげられないデス……ハンバーガー食べたかったアアアア!!」
ルーはテーブルに伏しながらボロボロと涙を流す。涙でテーブルから滝ができた。
ニジーはメニューに書かれた価格を見る。
(うわっ、高っ……!)
そして自分の財布を見る。高額だが、ジャンク屋で鉱石を買い取ってもらったおかげで、ギリギリ2人分買えるくらいのサイドはありそうだ。
(ううう、ここで出したら一文無しになっちゃう……でも席についちゃったし……)
ルーのオーバーリアクションと異様なアバターのせいで店内の注目を一身に集めてしまっている。
ここまで来たらどうやってスバイス内でランチができるのかニジーも気になって仕方がない。
「わ、分かりました。今回は私が2人分サイド出します。後で返してくださいね?」
それを聞いてルーはバネじかけのおもちゃのように背筋を戻すと、ずいと顔を近づけてニジーの手を両手で握って言った。
「アナタが神か」
悪魔に狙われたかのような構図だった。
奢るよと言われてついて行って、高額なランチを逆に奢らされるという絶望感。
確かに地獄だ。
ルーに教えてもらいながら画面で注文すると、カウンターの向こうにいる定員が「ご注文ありがとうございます」と伝えてきた。
タブレットには待ち時間が表示されている。30分ほどかかるようだ。
ハンバーガーが食べられると分かったからなのか、待ち時間の間、ルーは上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「そういえば、さっきルーさんが言ってた『浮遊機構』ってなんですか?」
「『浮遊機工』はこれサ!」
ルーは椅子の横に置いていた、ホバーボードの真ん中に嵌め込まれている青く光る球体を指差した。
バスケットボールほどの大きさがあり、一切曇りのない水晶のように透き通っていて綺麗だ。
「コレは『大機工人クァバルデ』を浮遊させるタメに、ワタシが試作で造った『初期型浮遊機工』デス。ロボを大空に飛ばして色々な世界を周るのがワタシの夢でしたカラ」
「あのロボって飛ぶんですね!?」
ルーは子供のように目を輝かせて言う。
「モチロン! でも胸の真ん中に浮遊機工を入れないと飛べないんデスヨオオ。この初期型浮遊機工で初めてクァバルデが空を飛んだんデス。最初の成功例だったノデ、そりゃまあ当時スバイス内で有名にナリマシタ」
鼻高々に言うルーをニジーは疑わしそうな目で見つめる。
「アッ!? なんか疑われてル!?」
「いや……でもなんでクァバルデの浮遊機工をホバーボードに?」
「逃げるためデス」
「え?」
「初期型浮遊機工はクァバルデを飛ばせたことでアイテムのレア度が高くなりすぎて、盗もうとする輩が現れマシタ……工房には誰でも入れますカラ、窃盗未遂が多発したんデスヨ」
ルーは遠くを見た。
「だから常にワタシが持っているしかナカッタ。でもそしたら今度はワタシが狙われるようになってしまッテ……そりゃもう怖くってネエ! 盗賊たちから逃げやすくするために浮遊機工を改造してホバーボードにしたんデス!」
「クァバルデで逃げればよかったのでは?」
「クァバルデは大きすぎて逆に目立ってしまいマスヨ!あとワタシの所有物ではないですカラ」
「じゃあ、ルーさんはその浮遊機工のせいでスバイスを休止せざるをえなかったってこと?」
「……ソノ頃からちょうど今世の仕事も忙しくナッテしまってテネ。今までほとんどスバイスに入る余裕がなかったんデス。ワタシの夢も……」
その時突然、ルーの隣のカウンター席でハンバーガーを貪るように食べていた人が勢いよく立ち上がった。
「ちょっとぉ……モゴモゴ……さっきから話を聞いていれば! ……ゴックン……大機工人クァバルデの浮遊機工を確立したのは、この天才機工作士リャホリィ様なんだからね!!」
ルーとニジーは同時に声をした方を向く。
鮮やかな天色の髪を高い位置でポニーテールにしたオッドアイの女の子が、ハンバーガーを片手に持ったまま仁王立ちでルーを指差す。口の周りにケチャップがついているのもお構いなしに、ひたすらハンバーガーを食べ続けている。
女の子はルーと目があうと顔が真っ青になった。
「ヒィ! 顔コワ!!」
「トトトト突然知らない人に向かって『顔コワ!!』とは失礼ナ! 何者デスカ!?」
(いや正論だよ感覚正しいよ)
ニジーは心の中で女の子に全力で賛同する。
「あたしはリャホリィ! 今期機工作士ランキング1位の天才機工作士リャホリィよ。あなたが何者か知らないけど浮遊機工のことを語るならあたしの許可をとってからにしなさい!」
突然の物言いにルーとニジーは目が点になった。ルーの目はもともと点だが。
「ナゼ浮遊機工のことを語るのにアナタの許可が必要なのデス??」
「言ったでしょ、浮遊機工を確立したのはこのあたしだって。そのあたしを差し置いて浮遊機工について得意げに語らないで」
「ハ、ハア。でででもワタシがいた頃は浮遊機工はまだ確立されてませんデシタヨ。リャホリィさんも多分まだいなかったでしょうシ……」
「うるさい! 口答えしない!」
「……ススすいませんでしたあアアア!!」
「とにかく! ……モグモグ……今日はあたしの開発した新型浮遊機工の試作テストの日なんだから……モグモグ……大機工人クァバルデが10年ぶりに華麗に大空に舞うところを楽しみにしてなさい……っていけない! もうこんな時間」
リャホリィと名乗った自称天才機工作士の女の子は、まだカウンターに残っているハンバーガーを抱えて慌てて店の外へと走っていった。少くとも店内で6個は食べていたのに、まだ食べるのだろうか。
「嵐のような人でしたね」
「理不尽という名の嵐に巻き込まれた気分デスヨ……。タダ昔の話をしていただけナノニ」
「でも10年ぶりって、10年間誰もクァバルデを飛ばせなかったってこと?」
「ということはワタシ以外に今まで飛ばすことができたプレイヤーがいないのかもしれませんネエ」
その時、カウンターの奥から店員が近づいてきた。
「お待たせしました〜」
「アッ! ニジーサン、ようやく料理がキマシタヨ! ワアア美味しソウ〜」
スバイス上では店員がカウンター越しにバーガーセットを目の前に置いたように見えた。
映像だとわかっていても美味しそうだ。ポテトの良い香りが食欲をそそる。
(こ、このポテトの香り、まるで本物……!?)
おそるおそるヘッドセットを上げてみると、スバイス内の映像と被るような形で、目の前のテーブルにはハンバーガーセットが置かれていた。
「え!? 本当にスバイスバーガーセットある!?」
手で触って確認するがやはり本物だ。
後ろを振り向くと、VRルームの天井付近に設置された普段シャッターが閉まっている小窓からドローンが出ていくのが見えた。
「スバイス内の飲食店で注文するとそのアカウントの一番近くの『繋グ屋』から本物のお料理がドローンでデリバリーされてくるんですヨオ! だからヘッドセットをつけたまま食べられるんデス」
(なんという食事システム……)
「いただきます!」
ニジーは唖然としながらも、空腹に耐えきれずハンバーガーを頬張った。
リアルの動きとスバイス内の動きは連動しており、アバターが食べているかのように見える。
ふわふわのバンズ、じわっと濃い肉汁が滲み出るビーフパティとジューシーなトマト、シャキシャキとしたレタスにアクセントのピクルスが最高だ。
「んんー美味しい!久々にハンバーガー食べたけど美味しいですね」
「ニジーサンは普段ハンバーガー食べないのデスカ!?ワタシは週3くらいで食べますヨオオ!!」
(ハンバーガー食べたかったと騒いでいた割には頻繁に食べてるじゃない!?)
2人はゆっくりとハンバーガーセットを味わって食べた。
「イヤァ、ニジーサンのおかげで助かりマシタアア。ハンバーガー美味しかったデス」
ルーは満足そうに笑う。口周りに少しケチャップが残っているのが、顔の不気味さをさらに倍増させている。
「私もスバイス内の食事方法がわかって勉強になりました。でもランチ代、ちゃんと返してくださいね」
「もちろんデスヨ!」
ニジーはほぼ空になった財布を見てため息をつく。
「オヤ?通りが何か騒がしいデスネ」
スバイスバーガーの店から出ると、人々が話しながらぞろぞろと職人街の方面に向かって歩いて行っているのが見えた。
((街の東広場で大機工人クァバルデの飛行テストするってよ!))
((クァバルデが飛ぶのを見るのは10年ぶりくらいかあ。空に飛んだ時のあの勇姿は今でも忘れられん))
((ふだん倉庫の中にいる大きなお人形さんが空を飛ぶんですって。見に行ってみましょう))
((リャホリィちゃんが挨拶するって言ってたな。ううー、早くみたいぜ天才機工作士リャホリィちゃん!))
「みんなクァバルデの飛行テストを観にいくんですね」
「10年前の飛行テストの時もすごく人が集まりましたヨオオ! お祭り騒ぎで楽しかったナア。観に行ってみマスカ?」
(このままではまた図書館に行けなく……でも10年ぶりってことは次いつ見れるか分からないし……)
「ま、まあ観るだけなら……」
「では行ってみまショウ! 楽しみダナア!」
ニジーとルーは人の流れに紛れて街の東広場を目指して歩いていった。




