【並世】Day6 機工作士ルー
「ニニニ、ニジーサン!! 逃げますヨオオオオオ!!!」
(ぎゃああああこっちこないでー! 私を巻き込まないでえええ)
今日もニジーは全力で焦っていた。
ーーー
6日目。
(ちょっと私も冒険者っぽくなってきたかも!)
まるでクチバシの広いガマグチヨタカのようなバッグ『バッギイ』を小さな背に背負い、長い尾羽をぴょこぴょこと上下させながら、ご機嫌な様子で歩く。
ニジーは今、クルッティコラの街の中央通りから一本外れた道にいた。日本時間では午前中だが、スバイス内は夜だ。
(バッグがあるとやっぱり便利ね! 赤い玉も手に持ち続けなくてよくなったし)
何故かジャンク屋の店主が亀鉱石を買い取ってくれたおかげで、少しサイドに余裕ができた。
「さーて、今日はようやく『大図書館オルパイア』に行けるかな?」
[『大図書館オルパイア』まで ここから歩いて約20分 です ナビゲーションしますか?]
「ううん、道を覚えながら行きたいからナビはいらない。ありがと、パバディ」
(また変なところに連れていかれたら困るものね……)
ニジーの横を飛ぶ白いモヤ、パーソナルバディのパバディは日を追うごとに流暢に喋るようになってきている。
[わかりました ガイドが必要になったら 呼んでください]
パバディもバッギイの中にしまうことができるようになった。バッグの中からでも会話が可能だ。
スバイスを始めた日に図書館に行きたいと当初は思っていたが、予期せぬ出来事に巻き込まれることが多く予想以上に時間がかかってしまった。
「今日は何がなんでも図書館に行くぞー!」
そう決意した瞬間だった。
「ウオアああああゴゴごごおごご……ゴメンなさああああイ!!!」
突然近くで聞こえた叫びにニジーは驚いて跳ね上がる。
(……ちょ、何!?)
叫びが聞こえたのは通りの進行方向の少し先、何やら浮いている板にあぐらをかいて座っている大きな三角帽をかぶったピエロのようなアバターと、その横で大泣きする小さな男の子が見えた。
「ワワワワタシ、コワクないデスヨ。ダダダだからもう泣かないデエエエ!! そそそんなに泣かれるとワタシも泣きたくなるカラアアアア!」
なぜか男の子をなだめていたはずのピエロも一緒に泣き始め、男の子の大泣きと一緒に「ウワアアアアアアア」という2人の泣き声が裏通りに響いた。
(あ。あれは関わってはいけないヤツだ。スルーしよう)
地図によると大図書館オルパイアに行くにはこの道をまっすぐ進むしか選択肢はない。
戻るのも遠回りで、ちょうど横道などもない場所だった。
ニジーは何も見なかったふりをしながら、早足で2人の横を通り過ぎようとする。
「ウワアアア!!」
すると泣いていた小さな男の子がニジーのいる方向に全速力で走ってきた。正確にはピエロから逃げて来たのだろうが、ニジーに抱きつくとそのまま背中側に隠れた。
「君、どうしたの!?」
ニジーは突然のことに狼狽する。
「ウッウッ……あのおじさん怖い!!! 助けて!」
男の子は泣きながらピエロを指差すと、ニジーの影に隠れながらチラチラと様子をうかがっている。
あのおじさんと呼ばれたピエロは、壊れた人形かのように辺りをブンブンと見渡す。
ニジーの後ろに男の子を見つけるとゆっくりと近付いてきた。
(いやああああ来ないでええええ)
ニジーも思わず泣きそうになる。
遠目から見た時には大きな三角帽のつばに隠れて顔が見えなかったが、正面からみると本気で悲鳴をあげそうになった。
陶器のような白い肌に赤と青のフェイスペイント。ギョロッとした白く丸い眼に極小の瞳孔を持つ三白眼。剥き出しの歯。ウェーブのかかったカラシ色の髪は肩より長く、身体はマッチ棒のように細い。
そして何と言っても、あぐらをかいて座っている魔法のじゅうたんのような板がトゲトゲしている。辺りの暗さが怖さを倍増させている。
(ひいいい!! この人のアバターの顔超こわい!! ホラー映画に出てくるモンスター!?)
ニジーは速攻逃げ出したかったが、男の子が後ろにしがみついているため身動きが取れず、覚悟を決めて三角帽のモンスターに立ち向かった。
「こ、この男の子をどうするつもりですか! 警察に通報しますよ!」
スバイス内に警察があるのか不明だが、咄嗟に口から出てしまった。
するとモンスターはビクッと身体を縮ませると、慌てて両手を振った。
「アアアア、アノ誤解デス!! ワワワワタシはただその子が泣いてしまったので泣き止ませようとオモッテ近付いただけデ……」
怯えたような話し方をするモンスターは、ニジーから少し離れた場所でブルブルと震えている。
(……あれ?襲ってきたりしないのかな)
男の子はニジーの影からおそるおそる様子をうかがっては隠れてを繰り返している。怖いが気になるのだろう。モンスターが何もしてこないと分かると、じーっと見つめた。
「ココココワクナイ! コワクナイヨ〜〜」
モンスターは三白眼を極限まで三日月型に細めて、ニコリと笑うように口を動かした。
だが、歯が剥き出しのため逆に歯茎が見えてさらに恐ろしい表情になる。
「ウワアア!! やっぱりこわい!!」
そう言って泣きながら男の子はどこかへ走っていってしまった。
ニジーは呆然とその場に立ち尽くす。
「アアアアア……待ってくれボーイ! ウウ……復帰してからハジメテ誰かと話せたとオモッタノニ……」
モンスターは座っているトゲトゲの板に伏せるようにして震えていた。どうやら落ち込んでいるようだ。
「あ、あの……」
ニジーはおそるおそる声をかける。
するとバネじかけのおもちゃのようにビィンと姿勢を戻した。
「ドドドドウされましたカ……! ワワワワタシまたナニカやらかしてしまいましたカ!?」
「……さっきは疑ってしまってすいませんでした」
その言葉に面食らったかのようにモンスターは目をぱちくりさせる。
「イ、イエ。こちらこそ驚かせてしまっタみたいでスミマセン……」
お互いペコリとおじぎをした。
どうやら悪い人ではないようだ。顔は怖いが。
「えっと、初心者さんですか?」
「ショ、初心者といえば初心者デスガ……。長らくの間休止していて久々にログインしたのデス! ワ、ワタシはルーといいマス」
「そうなんですね! 私はニジーです。1週間前にスバイス始めたばかりで。気になってたんですが、その乗り物ってこの町で手に入るんですか?」
ニジーはトゲトゲした板を指差して言った。
乗り物に乗っていた人を見かけた時から、徒歩より早く移動できるのかと気になっていた。だが非常に高価そうだ。
その質問を聞いてルーは目を輝かせた。
「オオオオオ!このホバーボードに興味をモッテくれるトハ!! ニジーサンはお目が高イ! コレはワタシがつくったアイテムなんデスヨオオ!」
ルーはホバーボードから降りるとニジーに見せびらかす。真横から見るとトゲトゲに見えたのは翼のようなデザインが天面にあしらわれていたからだ。板の真ん中には青く輝く球体が埋め込まれている。
「ん? アイテムを……作った??」
「『機工作士』というジョブになればマシン系のアイテムが造れようになりマス」
「機工作士? ジョブ?」
何がなんだか分からないという顔をするニジーに、ルーは笑ったような顔をする。
顔だけ見れば目の前のニジーを焼いて食べようとする悪魔のようだ。
「近くに機工作士の工房がありマス。覗いてみますカ?」
(……覗くだけならそんなに時間かからないか。今日は絶対図書館に行くんだから!)
ニジーは少し迷うがせっかくの申し出なので案内してもらうことにした。
「そういえばパバディ、今日は静かね?」
[バッグに入っているパーソナルバディは 他のプレイヤーとの会話中 自動的にスリープします]
「なるほど、そんな機能が」
「どうしましたカ?」
「いえ、なんでもないです」
(確かに他の人と喋ってる間にパバディとも喋ると混乱するものね)
クルッティコラの街の東側、東門の奥には入り組んだ職人街が広がっていた。
夜でも昼のように明るく、建物から伸びる煙突からは白い雲のような煙が轟々と立ちのぼっている。
職人街には様々な種類の工房があるようで、機械音が絶え間なく響いていた。
「ほわー、ここでアイテムが作られてるんだ!」
「ハイ、プレイヤーが作ったアイテムは『オリジナルアイテム』と呼ばれて高値で取引されるコトもあるんデスヨ!」
ルーとニジーは雑然としている職人街をゆっくりと進んだ。
あまり急ぐとすぐに何かにぶつかってしまいそうだ。
「そういえばジョブってなんですか?」
「スバイス内のジョブとは専門家のことで、ワタシも詳しく知らないケド色々種類があるようデス!」
通りには裁縫している人や店の奥で粘土をこねている人、楽器を作っている人もいれば武器を作っている人もいる。皆それぞれの制作に勤しんでいるようだ。
「特定のジョブにならないと使えない道具や覚えられないスキルもありマス」
それを聞いてニジーは興味を持った。
「面白そう! すぐになれるものです?」
「特定のジョブになるには12時間程度かかるジョブクエストのクリアが必要デスネ〜」
「12時間!? そんな長いクエスト聞いたことないけど……」
「まあ研修期間と思えばあっという間デスヨ」
「スバイスではどんなジョブにもなれるノデ、ニジーサンも好きなジョブを見つけてみてクダサイネ!」
話しながらしばらく職人街を歩くと、ルーは巨大な倉庫の前で足を止めた。
「到着! ココが機工作士の工房『クァバルデ工房』デス。久しぶりダナアア!!」
ルーとニジーは工房の中に入る。
工房の中では様々なマシンが造られているようだ。ゴウンゴウンと巨大な機械が動く音が工場内に響いている。
天井には、巨大な人型ロボットが横向きに吊るされていた。ロボットの周りで何やら作業をしているのは機工作士の人々だろうか。
「ほわあー! 大きいロボット!!」
「このロボット『大機工人クァバルデ』はワタシがいた時からずーっと製作途中だったケド、もう完成しそうデスネ!」
「おおーい、そこのプレイヤーさん! クァバルデ工房利用をご希望かい?」
ロボットを眺めていると後ろから野太い声で呼びかけられた。
その大きな声に2人はビクッと同時に身体を縮ませる。
「工房を利用するには機工作士のジョブが必要だ。ジョブクエストを受けたければ……って、お、お前は……ルーじゃないか!!!」
縦も横もニジーの3倍以上の大きさがありそうな巨大な身体を持つ豊富なヒゲを蓄えた男性が近づいてきた。
身長ほどの長さがありそうな大金槌を背負っている。
「ソソソ、ソノ声はスミスサン! 昔からお変わりなく! ワタシを覚えていて下さったんデスネ!?」
ルーは感動の涙を浮かべる。
スミスと呼ばれた男性はニカっと笑うと、なぜか背負っている大金槌をグッと握った。
「ハハハ、そりゃあ忘れねえさ。なんたってクァバルデの初期型『浮遊機工』をお前にパクられたんだからなあ!!? おかげでクァバルデは今まで飛べないままだったんだぞ! おら、『浮遊機工』を返しやがれ!!!」
大金槌を振り回しながらルーを追いかけ回すスミス。
「ウエエエエエエ!? ちょちょちょっとマッテ!! 話せばワカルって! ウワ危なっ!! スミスサン勘弁してくだサイヨオオオオ!!!」
ホバーボードで大金鎚をかわしながら華麗に逃げるルー。
何が起こっているのか分からず、呆然とドタバタ劇を見つめるニジー。
近くにいた年配の機工作士らしき人がニジーに話しかける。
「嬢ちゃんはルーの知り合いかね?」
「いえ全然知りません。他人です。顔怖いですよね」
何か面倒ごとに巻き込まれると嫌なので、全力で無関係を主張する。
年配の機工作士は笑う。
「ハハ、そうかい。ちょうど10年ぶりの新型浮遊機工の飛行テストの日に戻ってくるとは……これもなんかの縁だろうな」
その時、ルーがニジーの方に向かって逃げてきた。
背後にはスミスが大金槌を振りかぶって追いかけて来ている。
「ニニニ、ニジーサン!! 逃げますヨオオオオオ!!!」
(ぎゃああああこっちこないでー! 私を巻き込まないでえええ)
システム上に[プレイヤー【ルー】よりホバーボードの相乗り申請が来ています 了承しますか]という文字が表示される。
ニジーは動揺しすぎて[はい]を選択してしまった。
ルーはニジーのアバターを抱え上げてホバーボードに乗せるとそのまま工房の外まで飛び去った。
職人街の屋根より高い場所まで飛び上がると、煙突の間を器用に縫いながら軽々と飛ぶ。
ニジーの体感的にはバイクよりも早そうだ。
「うああああああ誘拐! 誘拐ーーーー!」
ニジーはバタバタと暴れるが、ルーに肩を掴まれているため逃げることができない。そもそも空を飛んでいるので逃げ場がない。
「ユユユユ誘拐じゃありませんヨオオオオオ!!! ちょ、空中コントロールが難しいノデ暴れないでくださいイイイイ!!!」
さすがにスミスは工房の外までは追いかけてはこなかった。
そうしてホバーボードはフラフラと危うい軌道を描きながら、ルーとニジーは職人街を後にしたのだった。




