【今世】side by side world
( やっと、やっと、やっっとおお!!! ついに……ついにこの時が来たああああー! この瞬間を待ち続けて早5年……ようやく私にも権利が回ってきたー! )
喜びの大きさをそのまま声にして叫びたい気持ちをぐぐぐと堪えながら、両腕をこれでもかというほど天井に向けて突き出した。
( ほわー! もーほんと夢じゃない? ほんと現実? 昨日まではまだ来ない、まだ来ないってポストをみて嘆く毎日だったけど、今日の水瓶座の運勢1位だったし! なにかいいことある予感したのよね。まさか『招待状』が届くとは思わなかったけど! )
いまさっきポストに届いた、手触りの良い紅いベルベット素材の封筒に包まれた郵便物の中身を何度も確認しながら、ウェーブのかかった黒髪の小柄な女性は小躍りした。
封筒には特徴的なロゴマークが刻まれている。
「夢じゃないよね、ピュリル?」
その呼びかけに応えるかのように、一羽の鳥が少し離れた鳥籠から飛んできて女性の肩にとまった。
首を細かに振りながら、目をパチクリさせるその姿は本物の小鳥のようだが、最新のAIが搭載されている細部まで精巧に作られた鳥型のロボットだ。
[ 夢じゃないっ夢じゃないルルル ]
「やったー! ピュリルありがとう」
[ でも、しばらくピュリとはおわかれルルル? ]
「そんなことないよ。向こうにずっといられるわけじゃないし、毎日ホームには戻ってくるよ」
[ 良かったルルル ]
女性は肩から腕に移動してきたピュリルの頭をそっと撫でる。手触りは本物の羽毛のようで永遠に撫でていられそうだ。
「さて、早速準備しなくっちゃ。……っとその前に。ピュリル、『鳥の巣箱』にさっき描いてた絵を投稿しておいて。面倒だけどやらなくちゃ」
声に反応してコンピューターが起動し、液晶タブレットの上に置かれた紙に半分描かれた描きかけの鳥の絵を自動的にスキャンする。
鳥の巣箱とは女性が作品を発表しているウェブサイトのことだ。
[ このまま投稿するルルル? ]
女性はコンピューターに映った投稿のプレビュー画面を見る。
「うーん……。ま、いいか。オッケー」
( こんな未完成の作品本当は出したくないけど……仕方ない )
自動で投稿が完了した。と同時にピコンピコンと軽快な音が部屋になりひびく。
誰かが投稿した作品に評価をくれたのだろう。
「っと、しばらくスバイス休暇を取りますって追加で書き込まなきゃ」
コンピューターがその声にも反応し、『しばらくスバイス休暇を取ります』と入力をしかけたが、それを制止する。
「まってまって! これは自分で書き込まなきゃ行けないくらい重要な報告だから!」
興奮を抑えられずキーボードを軽快に叩く。
[【重要なお知らせ】ついにニジーもスバイス権利獲得! 『招待状』が届きました! 明後日からしばらくスバイス休暇にいってきます ]
震える指でエンターキーを押した。
すると知り合いから数件投稿にコメントがついた。
「おめでとう!」
「おっ、ついに未完のニジーも完成なるか?」
「おめー」
「You made it! Congrats!」
「おめでと。くっ、なんであんたのほうが先なのよ」
「未完の二ジーにもついにチャンスが!」
SNSコメントを眺めながらにやける姿は完全に怪しい女だ。
それでも口元の笑みを隠すことができないほど嬉しい出来事だった。
( これをクリアできればやっとみんなから『未完の二ジー』って笑われることもなくなるはず……ああもう、早く、早く済ませちゃいたいっ……! )
二ジーこと、空登 虹は、現在のホームの眼前に広がる海に浮かぶカモメを眺めながら、いつもより軽快に白いスケッチブックに筆を滑らせた。
まだ見ぬ並世、スバイスの鳥たちに想いを馳せて。
西暦2055年
バーチャル・リアリティ(VR)が一般社会に浸透し、仮想空間での生活が当たり前になった時代。
肉体のいる現実世界を今世と呼び、データ世界を並世と呼ぶようになるほど、データ世界は普及拡大をし、地球上のどこにいても安定的に並世に接続できるようになった。
今世と並世を行き来するのが当たり前となった今、
『一生に一度、あなたの時間を1000時間いただけませんか』
そんなキャッチコピーの、とあるゲームが多くの人々の生き方を変えた。
そのゲームの名前は「side by side world」 通称、スバイス(sbis)
side by side worldは2035年にサービスを開始したVRオンラインゲームだ。
世界には多くのVRオンラインゲームが存在する中で、スバイスだけはキャッチコピーの通り、アカウントが個人番号と紐づけられており、一生に一度、1人あたり1キャラクターしか作ることができず、さらに合計1000時間というプレイ時間の制限がついている。
しかも定期的に公募されるプレイヤー募集に当選し、権利を獲得しなければプレイすることができないという条件付きにもかかわらず、世界各地からプレイを希望する人が続出しているのだ。
その理由は、先人プレイヤーの『伝記』と『口伝え』による物語の数々にあった。
スバイスを体験した人しか味わうことのできないといわれる、一生に一度の特別な時間。
新たな伝記の1ページ目がはじまる。
はじめまして、風見と申します。
貴重なお時間をいただきありがとうございます。
小説作品をWEB上で公開するのはこれが初めてです。
どうしても今、リアルの今世に書き残しておきたい世界があったため筆をとりました。
2022年7月初旬まで1日1話ずつ更新予定です。
星の数ほどある作品の中から、本作品をひらいていただいたのも何かのご縁ではないでしょうか。
今、読んでくださっているあなたが、少しでも楽しんでくれることを願って執筆していきます。
どうぞお気軽にside by side world【スバイス】の世界をお楽しみください。