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逸れたカッコウ  作者: まのる
3/3

長女は抱擁する

感想ありがとうございます

 シャコシャコ、歯ブラシ、広がってきてるな、そろそろ変えなきゃなあ。あー、それにしても今日の寝癖酷いな。乾かすのめんどくさくてボブにしたけど、結んで誤魔化せない分朝の手間は倍増している可能性があるな。適当に縮毛矯正でもかけてもらうか。でもその分美容室に長時間滞在するってこと?だるいだるすぎる。くそつまらん雑誌を読むのも、今後親しくなるわけでもないすれ違うだけの美容師と薄い話をするのもめんどい。かといって、後ろから丸見えの状態でスマホをいじるのも避けたい。


ぐちゅぐちゅ、ぺっ。


 まあ今日はクマはましなだけ良しとしなければ。


ぱしゃ、ぺしゃ。


 水だけの適当洗顔をすませ必要な美容成分は全部ぶち込まれてるらしい適当に買ったパックを貼り付ける。


 さて着替えだ。適当な服屋で買ったオールインワンを着る。組み合わせを考えなくてよくて、形や色や素材を選べばそれなりにオフィス映えするオールインワンやらセットアップやらワンピースがふじかは大好きだった。楽だから。


 全てがとにかくめんどくさくて、家でダラダラする時間以外興味がなくて、素敵な巣篭もり環境を整える資金集めのために、ある程度効率よく稼ぎたいだけのふじかにとって、自分の容姿は道具みたいなものだ。どちらかといえば母譲りの万人に美人と言われる顔は無駄なトラブルを引き寄せることもあるが、基本便利である。適当なスキンケアでもツルツルピカピカの毛穴なしな肌を保ててるし、適当に下地とファンデをちょちょいと塗って、眉毛をかいて、アイシャドウをぺぺっと載せて、リップさえ塗って仕舞えば、大規模工事もなしでそれなりに見える顔ができあがる。はいいっちょあがりー、ママンありがとう。パパも美形だけどきもいし感謝はいいや。たまにこの顔に寄せられて変な蝿が寄ってくるけれどそれは瑣末ごと。さてさて徐に開いたスケジュール帳を見ながら舌打ち。


ふざけんなよ、飲み会かよ。


 転職する同僚の送別会が今日だった。やあっと、手持ちの案件が終わって一息つけそうだったのに。


別にわざわざ送り出さなくても勝手にやめるのになあ。


 社会性と協調性に共感できない常識人を自認してるので、うまくやりのけるが就職してこの方、会社という組織は無駄なことばかりだった。どーせ、みんな頑張れよ今までありがとう、とか言ってるけど、お腹の中ではせいせいしちゃうのだ。あいつ、仕事はすっごいできるけど子供が熱出したときの早退とか、育休取るとかになるとすっごいにらんできたよねー。わかるわかる、自分も子供いるのに理解ゼロ。顔とお金はいいけど昭和だよね考えが。よく見たら顔も昭和のスタァって感じじゃない?ぎゃっは、ダサいダサい。白のフリンジつけて踊ってそう。はっはっはっ、てな感じで。

うわめんどいやめたあい。


「本気で在宅にしようかなあ」


 24時間誰とも会わずに家に引きこもれるなんて天国だ。大学時代から親に内緒でかじってた投資である程度の生活費は稼げるし、そもそもエンジニアとしての知識や、他諸々の資格もあったから就職する必要はなかったのだ。わざわざあえて、みんながおおって言う大学を出て、ほおおって反応する大企業に就職したのは、あやかの存在あってこそだった。


もいっこあったな、堕落生活以外に興味あること。


 ふじかは妹であるあやかのことをこよなく愛していた。小さなモンスターのように喜怒哀楽があって、失敗しては反省する不器用な素直さがあって、この世の何より人間臭く人間テンプレを生き抜いている妹のことを。



 さてさて、家を出なければ。コーヒーの残りをグッと飲み干し、家を出る。会社までは徒歩15分。



 割と人生の早期からありとあらゆることがつまんなかったふじかにとってあやかは愉快な生命体だった。


 うまく言えないけれどとにかく巷に溢れるあるある?を連発する女、それが妹だった。


 例えば、幼稚園に行ってた時は同い年のガキ大将の男の子というテンプレ存在に好きな子いじめちゃうあれ、をされてわんわん泣いてた。将来の夢はお姫様とお嫁さん。小学校の運動会でのかけっこでは、一位になった途端転んで5位になり泣きながらゴール。友達とは毎日のように絶交していた。嫌いな食べ物はニンジンとピーマン。学校帰りは大して味もしなそうな花の蜜を一生懸命吸ってた。


 あやかの生態には必死さがある。全てに無気力無関心な歪なふじかと違って、眩しくて輝いていてからかいたくなるぐらい好きだった。


 あやかは、お姉ちゃんと言ってふじかにハートマークをむけてくるけれど、時々ふじかを悔しそうに見つめる時があるのだ。ふじかが褒められた時、ふじかとあやかが比べられた時。唇をキュッと噛み締めて、こぶしをぐって握る。その迷子の子供のような顔がどうしようもなく可愛いのだ。その顔が見たくて、めんどくさがりなのに、勉強も運動も進路も容姿も極めるよう努力した。悔しそうに悔しそうに、ふじかのことを見る癖に、しばらくするとケロッとした顔でお姉ちゃん、と甘えてくる。

ああ、本当に食べちゃいたいぐらい私の妹は可愛いのだ。


 だから、大学生の時、母から病気のことと家を出る話を聞かされた時、へーってちょっと思った後、あやかの「おねえちゃん」コールが増えるのではなんてちょっと期待してしまった。

 ふじかはとっくに親戚のお節介なおばさんのおかげで父親のキモイ不倫の話とあやかの出自の秘密を知り得てたいたから驚きはなかった。自分が家を出るときに見た最後の母は、いかにも良妻賢母という楚々とした感じだったのでここ一年での急な展開には驚くものがあったが。

 家を出る騒動の時の、父と母の感じはまあなんなく覚えている、ぐらいだったが、あやかのことは鮮明に覚えていた。


 母が家を出て数日後、気が向いたので実家に帰ったのだ。がらんとしていて無人なのかなと思いつつ一応やる気なさげに「ただいまー」と声をかけてみた途端、上の階からどたどた響く足音。

 駆け降りてきて、ふじかの胸に飛びつく茶色いふわふわの頭。生暖かい涙がふじかの胸を濡らす。「おねえちゃ、ごめん、ごめんなさい、私のせいでママが。ごめんなさい、いいこじゃなくて、ごめんなさい」つっかえつっかえの嗚咽。ふじかの服を握りしめる手は縋り付くように必死だ。


「おかあさん、疲れちゃっただけよ。あやかだけが悪いわけじゃないわ。大丈夫、おねえちゃんはあやかの味方よ。それより、合格おめでとうあやか。頑張ったねえ。」


 もはや嗚咽も通り越して咽び泣いてる妹を抱きしめながら、父母を馬鹿にしたのを覚えている。私なんかよりよっぽどこの子の方が愛情深くて寂しがりやで可愛いのに。馬鹿な人たち。自分の思い通りにした結果家庭に余計に後ろめたさを抱えて仕事に逃げた父親も、いつまでもあの女の影を引きずっている母親も愚かさの極みだ。大丈夫よ、あやか。おねえちゃん、あなたのこと、愛はよくわからないからあげられないかもしれないけど、一生可愛がってあげるから。



 会社の横の赤信号待ちでふとスケジュール帳を見る。3ヶ月後のある大安の日に書かれた大きなハートマークの"あやか結婚式"、そして数日前のハートマークの"あやかとランチ"。正直結婚すると聞いた時は寂しさを感じると同時にあやかの一番の頼りが私じゃなくなると思って面白くなかったけど。"愛"を与えられてるあやかはそれはそれで思ってたよりも可愛かったし、夫になる人に打ち明ける勇気のないあやかにとって唯一出自の秘密を共有してるのはふじかなことは変わりないので素直に祝福することにした。

 自分の出自を知って打ちのめされるあやかを"知っていたわ、それでもあなたは私の可愛い妹よ、大好きよ。"と抱きしめた瞬間から、あやかにとってふじかは永遠の唯一無二になった。

 そして、数日前のランチでは一生に一度のお願いまで頼まれてしまった。あんな愚かな母親を、それでも慕って、結婚式にちょっとだけでも顔出してほしいと言うぐらい、健気でかわいそうなあやかを見れるなんて。ふふふ。


「ふじかせんぱーい、おはようございます。なんか今日ご機嫌ですね。」


犬っぽくてわりと可愛い後輩のゆりちゃんがかけてくる。あやかほどじゃないけど。


「そう?引っ越ししようと今ふと思いついて。考えてたら楽しくなっちゃって。」


「いいですね!間取りとか考えてるんですか?」


「2か3LDKかなあ。2人でもなんとか暮らせる感じがいいの。」


「え、もしかして同棲ですかー???きゃー!」


「ふふふ、ざーんねん。ちょっと物が増えて今の部屋が狭いのもあるんだけど、妹がね、結婚するから、念のために家出先を作っといてあげようと思ってて。」


「先輩、妹さんと仲良しですもんねー!きっと喜びますよ。」


「そうかしら、そうだといいんだけど。」


 マグカップとか、カーテンの柄とかちょこちょこ目立たない程度にあやかの好きなものを取り入れておこう。あの子の好きな紅茶も準備しておいて。そうして、準備を整えておいて、いつか「おねえちゃん」と言いながら涙を流すあの子を連れ帰って抱きしめて、言うのだ。


「おかえり、あやか。大丈夫、私はあやかの味方よ。大好きよ。あやかの気のすむまでここにいて、いいのよ。」


 きっとあの子はまた、あの日みたいにふじかの服を迷子の子供みたいにぎゅって掴んで、生暖かい涙で濡らしてくれる。


 2人だけの鳥籠の中で。

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