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逸れたカッコウ  作者: まのる
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次女は嗚咽する

 親不孝って言葉の本当の意味を私は世界の誰よりも知っている。


 小さい頃友達によく言われてた言葉がある。

「あやかちゃんのおうち、広くてピカピカで、ママも優しくて綺麗でうらやましいなあ」

 そうでしょそうでしょ、あやかのままは世界で1番素敵なの。羨望の言葉を鼻高々に自慢げに受け止めるぐらいには人並みに愚かな子供だったとおもう。

 母は綺麗だ。切れ長の大きな瞳に、黒くてサラサラな長い髪、細く筋の通った高い鼻、色白で唇はさくらんぼの色。小さい頃、あやかは母が白雪姫だと半ば本気で思っていた。顔立ちの整った同じく黒髪の父と並ぶと完璧な一枚の画のようだった。


「お母さんは綺麗だね、あやかちゃんはかわいいね。」


 最初は単なる褒め言葉だと思ってたその言葉が年を取るにつれどんどんチクチクと胸に刺さるようになった。

なんで私はママと違って目が丸いんだろう。なんで私の髪は茶色でくせっ毛なんだろう。なんで私の鼻はちょっと低いんだろう。お姉ちゃんはママみたいにどんどん背が伸びたのに私はいつまで経っても背の順最前列のまま。ちくちくとしたトゲは増えるばかりで全然減らなかった。


 それはそのまま母によく似た姉ふじかへの嫉妬と劣等感に切り替わる。

美人で成績もよくて誰にでも優しくてたおやかで礼儀正しくて完璧なふじか。

顔は可愛いと言われるけどふじかほど綺麗じゃなくて成績は普通並みで性格も子供っぽくて愛嬌しか取り柄がないあやか。


 じゅくじゅくと心の中で腐っていた劣等感が爆発したのがあの高校受験の話をママとした日だ。

制服なんて二番目の理由にすぎなかった。ふじかが通っていた地元で一番の高校を無理に目指して失敗して笑われたり、仮に受かったとして完璧じゃない方の妹として扱われたりするのが嫌で、全くふじかが関係ない高校を受験したかっただけなのだ。可愛い制服ももちろん着たかったけど。本当の理由を説明するのはあまりに情けなくてプライドが傷つくことで言えなかった。でも頭が普通の出来のあやかにはほかに良い言い訳も見つからなくて、制服というフワッとした理由になってしまった。


 案の定ママはあんまり賛成できかねませんという顔で控えめに反対を述べた。

多分それは正論だった。でもあやかは正論が嫌いだった。正しいのはわかってる、でもいい子になりきれないあやかにとって、正論は時として煮えたぎったお湯のように飲み込みにくくて痛くて熱いものだった。そしてその時も。


 沸騰した頭は勝手に口を動かし、考えうる限りのひどい悪口をママに言ってしまった。傷ついた顔のママにふじかの顔がだぶる。不思議なことに胸の棘が減っていた。すっきりした。すっきりして、しまった。

何をしたって勝てない、にばんめ。そのせいであやかの被害は甚大だ。どこに行っても比べられてしまう悲しい人生。だから、2人にはあやかのイライラを解消してもらわなきゃいけない、これは間違ってない、あやかは別に悪くない。その自己正当化に、正論じゃないからこその気持ち悪さを、少し感じていたのに無理やり飲み込んだ。

 受験生で勉強頑張っててイライラしてるからあたっても悪くない。嫌いな野菜が入ってる弁当だって好物以外をいれてくるママが悪いから捨ててもあやかは悪くない。

 日々が経つにつれ罪悪感は増えていくけれど謝ることもできなくて、酷い態度を崩せなかった。ママの顔も見れなくなった。



 そうしてギクシャクとした気持ちの中で勉強の日々を過ごし試験本番の日を迎え、合格発表の日。

見事第一志望の制服が可愛い高校に合格できた。学校の担任に報告に行く前、久しぶりにちゃんと見たママはなんかすごく痩せてて具合が悪そうだった。心配になる。体調悪いのかな。

それも後で聞いてみよう。合格発表の日に、あやかはママとちゃんと話そうと前々から決めていた。


「お母さん、帰ったら話があるの。」 


 帰ったら今までごめんなさいってちゃんと言わなきゃ。もうわがまま言わないって約束もする。なんでこの高校に行きたかったのかも逃げずに説明しよう。

 ふじかに対して劣等感があって同じとこに行きたくなかったって。ふじかのこと大好きだけど、比べられると心臓がきゅってなるって。

 受験の日、お弁当に持たせてくれた大好物のうずらのスコッチエッグと、鮭と大葉のおにぎりが美味しくて苦手な数学も頑張れたのありがとうって、言わなきゃ。


「行ってきます」って久しぶりに言って家を出た私は、やっぱり頭が悪くて何も気づいてなかった。

細くなったママの薬指から結婚指輪が消えてたことも。ママの部屋が空っぽで、リビングからもママの物が消えていたことも。ゴミ箱の中に、薬のゴミがいっぱい捨ててあったことも。ぜんぶぜんぶ、気づけなかった。

ふじかなら絶対気付けたのに。

ううん、ふじかだったら私みたいにママのこと傷つけることなかった。

なんでなんで、私はいつも悪い子なんだろう。

いい子になりたいのに、なんでなんだろう。

なんでいっつも手遅れで空回りで自分のことばっかりで子供なんだろう。


合格で嬉しくて膨らんだ気持ちは、誰もいないがらんどうの家に帰った途端萎んで消えて。


自慢の広い綺麗な家は、ママがいなくなった途端冷たくて寂しい場所になった。


ママからのメールを見ながら食べたママの最後のご飯のアジフライはあやかの涙が染み込んでいた。メールは返信できなかったし電話も繋がらなかった。魔法使いみたいにママはぱちんってあやかの前から消えた。


 嗚咽しながら届かないごめんなさいを言い続ける苦しさが冷たい部屋の空気のなかに、とけた。

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