趣味が合うのはとても嬉しい
「私、バカじゃないの……?」
日が昇って時間が経ち、窓の外から人の声が聞こえてくるころ。
今日も私はベッドの中で一人反省会をしていた。
議題は昨日の醜態について。
なんなんだろう、えへへって。笑って誤魔化すって。
「あうぅ」
体の内から湧き出てくる羞恥の感情に耐え切れず呻き声を出す。
最近朝は毎日やってる気がした。
「……あれほど反省したのに」
笑って誤魔化すことなんてできないのだ。
むしろ自分の残念さを露呈しているだけ。そう何度もベッドの中で確認したのに。
「……またやっちゃったよ……」
何度も同じ失敗を繰り返すとかダメすぎる。
単細胞生物かな?
「うぅ……」
いくら混乱していたと言っても、限度があるだろう。
別に目的なんかウソでもよかったのだ。
何もかも本当のことを話す理由なんてない。
……というか私ここまでダメな感じだったっけ?
日本にいたころはもう少しマシだったような……。
もしかして体に精神が引っ張られてたりするんだろうか。
そんな感じの小説を読んだ記憶がある。
この体は十代前半から中ごろぐらいの少女のものだから、もしそうなら色々と変わっているかもしれない。
「……うーん」
でも逆にあんまり変わってないような気もする。私がダメ人間なのは昔からだ。そうじゃないとボッチになったりしない。
「……どうなんだろう」
よくわからない。
考えてもわからないことなのかもしれない。そこまで自分を客観視することなんてできない。
「……まあ、とにかく次はちゃんとしないと」
……そうだ、なんにせよ、次こそは立派にウソをついてみせるのだ。
私はそう固く誓った。
◆
日が高くなってきたのでベッドから出る。
そして遅い朝食をとり、宿屋の玄関へ向かった。
迷宮の探索は隔日で行うことにしているので、今日は一日フリーだ。
ルートにも休みだと言ってあるので、彼は彼で自由に過ごしていることだろう。
奴隷だからといって、常に一緒にいろなんて言うつもりはなかった。
彼も上司とずっと一緒なんて嫌だろうし、私だって息が詰まる。
「……気分転換しよう」
部屋にこもっていると、どんどん嫌な感じになりそうだ。
この世界にはスマホもなければネットもないので、部屋の中では暇つぶしもできない。
……図書館にでも行こうかな。
この世界で見つけた一番の憩いの場所だ。
休みの日は大体ここに籠っている。
「……」
行き先を決め、宿屋の扉に手を掛ける。
――と。
「あら、ユースさん、お出かけですか?」
後ろから声を掛けられた。
驚いて振り返ると、看板娘が洗濯物を籠に入れて立っている。
「……えっと、はい。……ちょっと図書館に」
普段はそんなことを聞かれないので困惑する。
こんなことは初めて……いや、違うか。ここに来たばかりの頃はこんな風に声をかけてくれていた。
「そうですか。楽しんできてくださいね。
行ってらっしゃい」
「……はい、行って、きます」
軽く頭を下げ、扉を開ける。
驚いたような……すこしうれしいような……胸のあたりが、むずむずするような感覚。
……でもどうしていきなり?
首をひねって心当たりを探す。
……まあ最近あったことなんて、一つしかないか。
多分ルートが関係しているんだろう。
「……うん」
そんなことを考えながら、昼の強い日差しを三角帽で防ぎながら通りを歩く。
慣れた道をしばらく歩くと、石造りの大きな建物が見えて来た。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは」
いつもの警備員さんに挨拶し、扉に手を掛ける。
もう何度も来ているとあって、問題なく通してくれた。
「……」
力を込めて重い石造りの扉を開けると、本棚で埋め尽くされた空間があった。
濃い本の匂いが私の鼻を刺激する。嗅ぎなれた落ち着く匂いだ。
カウンターで入場料を払い、中に入る。
……なんだかちょっとテンションが上がってきた。
私は昔からこういう時楽しくなってくる人間だった。
本屋に入るとき、図書館に入るとき。たくさん本があるというのはそれだけでワクワクしてくる。
いそいそと歩き、目的の場所へ移動する。
一階の、東館。左から三番目、奥から二番目の書架。
最近はいつもそこの本を読んでいるので場所まで覚えてしまった。
静かな、時折紙をめくる音だけがする空間を歩く。
「……到着」
目的の棚に着いたので軽くターンを決めながら立ち止まる。
……はしゃぎすぎたかも。少し恥ずかしい。
少し熱くなった頬を押さえながら本棚を見た。
……今日は何巻にしようかな。
目の前に並んでいるのは『ホープ隊ダンジョン探索記』という小説だ。
最近の私のお気に入りで、ここ来るたびに読んでいる。
ジャンル的にはありがちなノンフィクションのダンジョンの探索小説。
この世界、ダンジョンが実際にある世界ではありがちなジャンルで、かなり多く出版されていた。
なにせノンフィクションだ。実際にあったことが書かれているので、ダンジョン探索で役に立つ情報も多い。
そのため、普段は本なんて読まないような冒険者も読むようになり、人気が出て、多く出版されるようになったというわけだ。
冒険者引退後に物書きに転向する人も多いと聞いた。
この本棚にもその奥の本棚にもみっちりと同ジャンルの本が並んでいて、この類の小説がどれだけ流行っているかが分かる。
ただ、その中でもこの『ホープ隊ダンジョン探索記』は特殊な部類に入る本だ。人気もあまりなく……というか一部の冒険者には蛇蝎のごとく嫌われていると聞く。
何故そうなったのかというと、この本では登場人物がダンジョン探索を楽しみながらしているからだ。それも娯楽的な意味で。
もちろん探索はするし、魔物も倒す。
でも、ちょっと立ち寄った川で水遊びをしたり、バーベキューをしたりするのだ。ロッククライミングに木登り、その他様々な遊びも。
そしてそれが、真面目にダンジョン探索している冒険者の気に障るらしい。
ダンジョン探索は命がけなのに、そんな場所で何を遊んでいるのか、と腹を立てているそうだ。まあ、言いたいことは分かる。
……でも、私はこの小説が好きだった。
登場人物が楽しそうで、仲が良くて、ほのぼのとしてくる。
感覚的には日常物の漫画やアニメみたいな感じだろうか。
何も考えずにニヤニヤできる系のやつ。
私は日本にいたころはほのぼの系のアニメを生き甲斐にしていた人間だった。
なので、この作品を見つけた時は本当に嬉しくて、それ以来暇があればここに来て読んでいる。
「……」
……そして、実は私がダンジョン探索の指針にしているのもこの作品だった。
ノンフィクションだけあって、この小説に出ている場所は現実にも存在する。
そんな所を探して、そこを探索するのが最近の私の趣味だった。
……なんというか、俗にいう聖地巡りみたいなものだ。
アニメとかで元ネタの土地に訪れたりするやつ。
そこに行って、小説の内容を想えば私もその場にいるような気がしてくる。
楽しむ彼らをそばから見ているような、そんな感じに。
……いや、別にその中に混ざりたいと言っているわけじゃない。
私みたいなどんくさいコミュ障が混ざって上手くやれるわけないし。
多分、楽しい空気を壊すだけだろうし……。
「……」
……まあ、あまり人に理解してもらえない趣味だという自覚はある。
昨日ルートに聞かれて言葉を濁したのも、理解してもらえないと思ったからだ。
ダンジョン探索は命がけで、ほとんどの冒険者は死ぬ覚悟をして潜っている。
例外は私みたいに特別な力を持ったものだけだろう。
壁が吹き飛ぶような爆発を受けても平気でいられる私だからこそ、こんな趣味に興じていられる。
「……」
……多分、知られたら反感を買うことになる。
隠しておいたほうがいい。
聖地巡り自体止めたほうがいいのかもしれないけれど……。
これは私の数少ない趣味だ。この娯楽のない世界で、今ある趣味を捨てるのは抵抗があった。
「……秘密にしないと」
この本を読んでいるのも知られないほうがいいのかな……。
などと思いながら『ホープ隊ダンジョン探索記』の三巻を手に取り、椅子を探そうと振り向いた――
――その時だった。
「おや、ユース様。奇遇ですね」
「ほあぁぁぁぁぁああぁあ!!」
ルートがいた。
すぐそこに。何メートルも離れてない。
「ル、ル、ルート?」
「す、すみません、驚かせてしまったようで」
……なんでいるの!?
嘘じゃないかと思うけれど、目の前にいるのは間違いなくルートだ。いつもの落ち着いた顔ではなく、目を見開いてこちらを見ている。
驚きすぎて心臓がバクバクする。
手に持っていた本が滑り落ちて、ばさりと音を立てた。
……ど、どうしよう。どうすればいい?
頭がぐるぐるして、何も考えられない。
「すみませんでした。落ちた本拾いますね」
「……あっ」
ルートが手元から落ちた本に手を伸ばし拾い上げる。
まずい、知られないほうがいいかもって思ったばかりだったのに。
「あ、あ、それ」
「これは……」
止める暇もなくルートが本を見る。
どうしよう。知られてしまった。もしルートがこの本が嫌いな人だったら……。
「これ、『ホープ隊ダンジョン探索記』ですか?
懐かしいですね。僕もこれ、読んだことがあるんです」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという。
この小説を読んでいる私まで嫌われることになるんじゃ…………って、え?
「あまり評判は良くない本ですけど、僕は結構好きで全巻読みました。読みやすくて楽しい本ですよね、これ」
……………………へ、へー。
この本の面白さが分かるんだ。
……それはなんていうか、その。
……ちょっと、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。
「う、うん。そ、そうだよね。楽しいよね」
「ユース様も好きなんですか?」
「……えっと、そう。好き、なの」
驚いて舌が絡んでしまったけど、それも気にならない。
同好の士に会ったのは初めてだ。この本、本当に評判が悪いから……。
図書館で司書さんに本の場所を聴くだけで、通りがかりの人に舌打ちされるくらいだし。
「……」
……どうしよう。やっぱりすごく嬉しい。ちょっとじゃない。
自分が好きなものが人に嫌われているというのは悲しいのだ。
「……あ、すみません、司書さんに睨まれているようです」
「……え?」
言われて振り向くと、離れたところで眼鏡の司書さんが怖い顔をしていた。
多分さっき叫んでしまったからだ。図書室は静かに使わなければならない。
それは日本でもこちらの世界でも同じだ。
「これは離れたほうがいいですね。僕は別の館に移動します」
「え、あ、うん」
そう言うと、ルートはそそくさと去っていった。
残された私も司書さんの目に追い立てられるようにその場を離れる。
少し離れた場所、この館の隅に置かれた椅子に腰を掛ける。
いつも本を読んでいる場所だ。
「……」
いつもは座ったらすぐに本を開く。
でも今日は何故かそうする気にならなかった。
本を膝の上に置いて、背もたれに体重をかける。
「……えっと」
思い出すのはさっきの事だ。
ルートが実はこの本が好きだったらしい。
「……」
なんていうか、嬉しいし、話がしたいなあ、と思う。
この本の内容について語りたいなあ、と思う。
この世界には好きなことを呟いていいSNSはない。
私の語りたい欲はかなり高まっている。
「……でも」
それを現実でやるのはよくないことだということを私は知っていた。
実際にやるとキモがられることになる。私は過去にその経験があるから詳しいのだ。
いくら同じ本が好きと言っても、どれくらい好きかは人によって違う。
そのため、お互いの好きレベルが異なっていたらあとは不幸しか待っていない。
「……うぅ」
うずうずするけど仕方ない。
……………………あきらめよう。
「……はあ」
ため息を吐いて手元の本を開いた。
本を読んで気を紛らわせるのだ。
「……」
でも……タイミングを見計らってちょっと雑談するぐらいならいいよね?
どれくらいなら許されるんだろう?
そんなことを考えながら手元の本を開いた。
本編の少し前
ルート「親交を深めるためにも、ユース様の趣味とかについて知りたいんだけど、何か知らないかな?」
看板娘「ユースさんの趣味ですか?
……うーん、そういえば、前に図書館に行くって言ってたかもしれません」
ルート「図書館?」
看板娘「ええ、冒険小説が好きだと言ってました」
ルート「……なるほど、ありがとう」(今日は休みだし、話を合わせるためにも少し確認しておくか)