目的、目標は大事それはどこでも変わらない
広い草原の中を、魔物を探して歩く。
ゲームのように突然現れることはないから、魔物を探そうと思ったら歩き回らないといけない。
「……」
しかし、彼が来てから精神的に色々困った点は多いけれど。
……まあ、肉体的には楽にはなったかな。
一つ、また一つと魔物の集団を倒し、次へと移動する途中。
私は軽く背伸びをしながらそう思った。
背中が軽いので、背伸びだって簡単にできる。
前回の探索、背中に大きなバックパックを背負った状態ではできなかったことだ。
「……」
隣をちらりと見ると、そこにはルートがいて、その背中には大きな荷物が載っている。大きく膨れ上がったバックパック。まるでカタツムリの殻のようだ。
軽く見た感じだと、もう今まで私が一日で集めていた量の倍くらいあるんじゃないだろうか。
いつもはこんなに多くの荷物は運べないから、ある程度溜まった段階でダンジョンから出ていた。エンカウントが多かった日なんて、入って一時間ぐらいで持ちきれなくなったこともある。
魔人族だ、魔法だ、とか何とか言っても、この体は若い少女のものだ。
重いものを持って歩くのは大変だし、とても疲れる。魔法で身体能力を強化することもできるが、魔法を維持するのもそれはそれで疲れるものだ。
その点彼はまだまだいけそうだ。
多分鍛えているのだと思う。服の上からでも筋肉がついている感じがするし。
「……」
最初はどうなるか不安だったけど、現時点での評価を考えると、今回の探索はうまくいっているといってもいいだろう。
少なくとも金銭的にはばっちりだ。
……これで、コミュニケーション的に問題が無ければ。
そう思わざるを得ない。
「……はあ」
小さくため息を漏らす。
奴隷について悩むことが最近多い。
衣食住の世話は当然として、そのグレードはどれくらいにすればいいのか、とか。
別のところに住めというのも面倒なので、今は同じところに住んでもらっているし、装備などにもお金を出しているので格好もみすぼらしくはない。
……でもこれでいいのかが全くわからない。
常識のない私では、奴隷を常識的に扱うことができない。知らないうちに地雷を踏まないか怖くなってくる。
もちろん奴隷に人権はないから、酷くしようと思えばどこまでも酷くできる。
でもそれをやると当然のように憎まれるから、メンタルが弱い人にはできない。
私なんて言うまでもないだろう。
……あーあ、マニュアルでもあればなあ……。
新人主人用の奴隷の扱い方マニュアルとかどこかで売ってないだろうか。
前世の会社では一応新人教育用のマニュアルがあった。
指導の手順や、してはいけないことが書かれたそれが。
私がそれをうまく活用できていたかどうかは別として、何をするべきかが書かれていたので気分的に楽だったのを覚えている。
それが今回も欲しい。
何をすればいいかわからないのは、地図を持たず知らない街を歩くのに似ている。
何を目印にしていいのかもわからない感じ。
迷子になった気分だった。
「……」
「……質問してもいいですか?」
「……へ?な、なんです……なに?」
そんなことを考えていると、突然ルートから声を掛けられた。
なんだろう。何かやらかしただろうか?
「ダンジョン探索の指針はあるんですか?目的などは?」
「えっと……」
指針、目的。
何をしたいのか、何のためにダンジョンに入っているのか。
いきなり言われて驚いたが、それは当然ある。
「……今回は、お金、かな」
先日の一件でいろいろ使ってしまった。
それの補充をしないと少し不安になってくる。
私は日本にいたころから貯金はちゃんとする方だった。
今はもう使えないと思うと残念な気持ちになる。
「今回は、ということはいつもは違うんですか?」
「……えっと、うん。それは――」
――と、そこまで行ったところで気付く。
普通に説明しようとしたけど、これ言ってしまってもいいんだろうか。
痛いところを突かれた気がする。
私には確かにダンジョン探索の指針――というと大げさだが、ダンジョンでしたいことがある。
でもそれは……なんというか、他人には理解してもらえないかもしれないことで、自分でも正直どうなんだろう、と思うことでもあった。
……どうしよう。言ったら呆れられるかもしれない。
「……え、えっと、えっと、その」
「……?」
言い辛い。とても言い辛い。
どうしよう。頭がぐるぐるしてきた。どうすればいいかわからない。
こんな質問が飛んでくるなんて想定してなかった。
……いや、でも考えてみれば当然かもしれない。
目的は大事だ。日本でもそうだった。一定期間ごとに設定されたそれは、会社の中で常に付きまとってきたし、ファンタジーの勇者だって魔王を倒すという目的を持っているのだ。
「……えっと、その、ね?」
「はい」
しかし、目的の重要さは分かっていても、これまで私が掲げていた目的が変わるわけじゃない。
問題がある。これまでは一人だったので大丈夫だったが、今は違った。
「……その……えっと……え――」
頭がぐるぐるする。
どうすればいいのかわからない。
正直に言う?いや、それは駄目だ。
呆れられてしまうことになるし、そうしたらこれからが辛くなる。嫌われたくない。
「――え、えへへ……」
「……」
もう訳が分からなくなってきたので誤魔化すことにした。
「えへへ……」
「……」
笑って誤魔化すのだ。
多分それで何とかなる。あとで後悔しそうな気もするが、今はそれしかない。
「……ふむ、わかりました」
幸いなことに、ルートは首を傾げながらも頷いてくれた。
何がわかったのかはわからないが、何とか誤魔化せたので良いことにする。
「おや、魔物ですね」
「えへへ……あ、本当だ」
都合のいいことに、丁度いいタイミングで魔物が襲ってきてくれた。
よかった。これでうやむやになる。そっと胸を撫でおろした。
◆
それから。
魔物はすぐに討伐完了した。
怪我もなく、魔石も無事回収し、次の魔物を探す。
夕方になるころにはルートのバックパックもいっぱいになり、そんな感じで初めての二人での探索は、私のメンタル以外順調に終わったのだった。
ユース「えへへ……えへへ……」(にこにこ)
ルート(実家の妹が悪戯したとき、こんな感じだったな……)