私は嫌われたくないのです
本日投稿二話目です
一話目を読んでない方は前の話から読んでください
「……やってしまった」
朝のベットの中、私はうつ伏せで枕に顔をうずめるようにそう呟いた。
晴れ渡った空とは違い、私の心は今日も真っ暗だ。
「……あぅーーーーー」
朝とは、なぜここまで憂鬱なのだろうと考える。
頭に浮かぶのは日本にいたころの記憶。
毎朝襲ってくる出勤前の時間、ベッドから出る悲しみと、新しい朝が始まってしまったという絶望感に苛まれていたことを思い出す。
「……」
……辛い、布団から出たくない。
頭を抱えながらベッドの中をゴロゴロする。
「あぅーーーーー」
失敗した、失敗した、失敗した。
胸の中を満たすのは深い後悔だ。昨日きっと後悔するだろうと思ったが、やっぱり私は後悔していた。
もう少し考えるべきだったなと思う。
私は混乱したらとても短絡的になる。それはわかっていたはずだったのに。
でも今になって、もっと他に方法があったんじゃないか……と思っても、もう遅い。すでに彼はもう私の奴隷なのだ。
その上失敗は彼を勢いで奴隷にしたことだけじゃない。
「えへへって何……?」
何が笑って誤魔化すなんだろう。何も誤魔化せてない。
むしろダメ人間っぷりを露呈してる気がする。
「三十歳近い男が何してるの……」
年を考えろという話だった。
えへへとか子供じゃないんだから……。
「つらい……」
後悔は次から次へと湧き上がってくる。
しかも悩んでばかりではいられないのが一番つらかった。
彼はもうすぐ私の下に来るのだ。
昨日は手続きがあるからと連れていかれたけど、さっそく今日の昼にはこの宿屋に来ることになっていた。
……なんというか最近こんなことばかりだ。
次から次へといろんなことが起こって悩む暇すらない。
「どうすればいいの……」
奴隷ということはコミュニケーションが必要で、コミュニケーションは私にとって一番苦手なことだ。
どうすればいいのかわからない。わからな過ぎて何がわからないのかすらわからない。
奴隷ということは大きな枠で見れば私の部下みたいなものだと思う。
しかし、私はこれまでの人生で部下とまともな関係を作れたことがなかった。
以前、日本で働いていたころの話だ。
勤務歴が三年目に入った頃、一人の新入社員の面倒を見ろと言われたことがある。
当時は私も初めての部下ということもあり、だいぶ頑張ったのだけど……。
まあ、結果はお察しというやつだ。
陰口でコミュ障のくせに偉そうとか言われてた。
正直、結構へこんだ。
もちろん私なりに色々努力したつもりではあった。研修に行ったりとかもした。
でもやっぱり頑張っても無理なことはあるのだろう。
……まあ要するに、手を掛ければいい、なんて簡単なことじゃないということだ。どれだけ頑張ろうとも相手に喜んでもらえなければ意味はない。
「物語の主人公はすごいなあ……」
購入した奴隷に信頼されて、好意を持たれて。
それはきちんと相手が喜んでいる証拠だ。
「はあ……」
なんだかいろんなことが嫌になってきて、布団に顔をうずめる。
シーツが柔らかく私を受け止めてくれた。
「お布団しゅきい……」
これだけが私の癒しだった。
◆
お布団と仲良くしていたらいつの間にか昼になっていた。
仕方なく布団から出て、服を着替える。
「……あぁ」
心が重い。
でも逃げるわけにもいかない。
「……そうだ、身だしなみ整えないと」
一応、昨日一昨日と会ってはいるけれど彼の上役として会うのは初めてだ。
最低限、見た目を整えるのは社会人として当然だろう。
「……えっと、櫛は……」
ぼさぼさの髪を整えようとして櫛を探し――よく考えると、そんなものを持っているわけがないことに気が付いた。
この世界に来てから髪なんて一度も整えてない。
ローブを着て、魔女の三角帽を被れば髪なんて隠れる。それでいいと思っていた。
「……」
なんかもう色々とだめな感じだった。
◆
一般常識として、あまり気負いすぎることはないよね、と思う。
上司と部下、主人と奴隷。私のほうが立場は上で、気を使うべきなのはあちらなのだと、自分に暗示をかける。
だから、怖がることなんてないし、もっと堂々としたほうがいいのだ。
そう私は考える。考えることだけはできる。
……実際に出来るかどうかは別として。
「……」
部屋を出て、階段を下りる。
一階にある食堂に彼はいるはずだった。
ぎしりぎしりと階段が音を立てる。
「……」
考えようによっては今回のことはむしろ良かったんじゃないか、なんてポジティブに考えてみる。
だってつい数日前まで一人ぼっちで寂しい、なんて考えていたのだ。
宿屋の看板娘に、初めてこの宿に来た時みたいに話しかけてくれないかなあ、なんて考えていた。
だから、今回のことはむしろ好機だ。
奴隷、私に逆らえない人と仲良くなってボッチ脱出。
……なんかいろいろ間違っている気がした。
「……はあ」
無理やり良いように考えてみても、私の根が暗いせいでネガティブな方に行ってしまう。つらい。
「……上手くやっていけるかな」
思わず口から漏れる。
色々ぐちゃぐちゃと考えたが、結局、今私が怖がっているのはそれだった。
仲良く――なんて高望みはしないまでも、嫌われずにいたいと思う。
目標はビジネスライクな関係を築くことだ。
だって、嫌われるのはつらい。
目の前にいる人が私のことを嫌いなのだと知ってしまったら泣きそうになる。
誰がどう思っていても関係ないと強く生きられればいいのだけど、それは私には無理だった。
「……はあ」
そんなことを考えているうちに、一階に着いてしまった。
床に降りると、カウンターにいた看板娘がこちらを見て口を開く。
「あ、お待ちの方がもう食堂にいるようですよ」
「……ありがとうございます」
頭を軽く下げ、食堂の入り口に歩く。
もう居る。そう考えると心臓がバクバクして、頭に血が上る感じがした。
「……っ」
意を決して中に入る。
するとそこには知った顔が見えた。
「……おはよう、ございます」
「ああ、おはよう」
自警団の人だ。何度か会った顔が怖い人。
「おはようございます」
……そして、その隣に例の彼がいた。
今日から私の奴隷になる人。不幸にもそうなってしまった人。
彼は穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていて、少しだけほっとする。
恨みがましい顔じゃなくてよかった。
「自己紹介をさせてください、主様。
僕の名前はルートと申します。これから主様の奴隷として誠心誠意尽くさせていただきます」
「……は、はい。よろしくお願いします……」
彼――ルートというらしい――が自己紹介をする。
整った顔に嫌味のない笑顔を浮かべ、そして淀みのない動きで一礼。
……なんというか、動きだけでちゃんとした人なのだということが分かる感じだった。私みたいな社会のはみ出し者とは違う生き物だ。
きっと傍から見たらどっちが奴隷かわからなくなるだろう。
背筋を伸ばしてはきはきと話す彼と、背を丸めておどおどしている私。
「……その、私はユース、です」
私もなんとか自己紹介を返す。
名前はこの世界に来てから名乗り始めたものだ。
元の名前は今の外見に合わないので、目立ちそうで止めた。
日本にいた時の名前から最後の一文字取ったら女っぽくなったのでそれを使っている。
「ではユース様と呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい、お好きにどうぞ……」
「ありがとうございます」
……あの事故さえなければな、と思う。
あれさえなければ私もここまで悩まなくて済むのに。
彼だって一緒だ。本当なら奴隷になることなんてなかったはずなのに。
「ユース様、これからよろしくお願いします」
「……は、はいこちらこそ。……よろしくお願いします」
私が主で、彼が奴隷。
突然すぎてこれからどうなるのかなんて何もわからない。
でもできれば……私のことを嫌わないでほしい。
そう思った。
ユ「……その、私はユース、です」上目遣い
ユ「……よろしくお願いします」もじもじ
ここまでがプロローグです
明日の更新から一章に入ります