必要なこと
本日は二話連続投稿で、こちらは一話目です
覚悟を決めた日から数日が経ち――
――ついに、ルートを解放する日がやってきた。
「……ルート」
「なんですか?」
何故数日必要だったかというと、解放するにも手続きが必要だからで、手続きはすぐに出来るようなものではなかったからだ。
戸籍に関わる手続きに時間がかかるのはどこの世界でも同じだったらしい。
……そして、その準備もようやく今日整った。
……整ってしまった。
「……あたま撫でて」
「はい、これでいいですか?」
次から次へと湧き出る不安に耐えるため、頭をルートに押し付ける。
……頭と頬に伝わる熱が心地いい。
布団に寝ころびながら、ルートの膝に頭をのせるのは最近の習慣だった。
「……うー」
「はいはい、もっとですか?」
仕方ないなあ……みたいな感じで撫でてくれるのが嬉しくて、ぐしぐしと額をルートの膝にすりつける。嗅ぎなれたルートの匂いがして、なんだかさらに嬉しくなった。
「……」
……本当はこんなことをしている場合じゃないのかもしれない。
今日、ルートを解放するはずで、もしかしたら今はルートと過ごす最後の時間だ。
だから実はもっとこう……段取りを考えていた。
お礼を言ったり、思い出話とかしたりとか、そういうのを。
これまでのことを感謝して、ちゃんと話をする感じ。
今までありがとうございましたって。卒業式とかでありがちなやつ。
「……うー」
……なんて、色々そんなことを考えていたけれど。
……いざとなってみれば、そんなことをしている余裕なんてなくて。
今は一瞬でも長く、ルートのことを感じていたかった。
「……るーとぉ」
「今日はいつもより甘えん坊ですね」
だって、と思う。
これでも必死なのだ。もし駄目だったらと思うと、心は全く落ち着いてくれない。
もちろん諦めるつもりはないけれど、諦めないと決めたけれど……。
……でも不安で、不安で仕方なくて……だから、今この瞬間を大切にしたい。
「最近は何か色々としていたようですし……何かありましたか?」
「……うん」
でも、その時間も終わりが来た。
他ならぬルートの言葉で。
「……ん」
心臓が跳ねて、バクバク言っている。
やっぱり止めよう? と耳元で悪魔が囁いていた。
「……その、ね」
「はい」
言いたくない。逃げ出したい。
温もりに触れているとなおさら思う。
でも、そういうわけにもいかなくて。
……だから、体を起こしちゃんと向き合うことにした。
「……ルート、その、渡したいものがあって」
足の震えを必死で抑え、ルートの前に立つ。
目の前に座るルートは少しだけ不思議そうな顔をして私を見ていた。
「……これを」
「……? ……これは、まさか」
近くに置いてあった封筒を開け、中身を手渡す。
ルートは一瞬不思議そうな顔をし――すぐに目を見開いた。
「……僕の市民証ですか?」
「……うん」
そこに書かれているのは、ルートの名前と、このものを市民として認める――という簡潔な言葉だ。
短いけれど、でも奴隷にとっては何よりも重い言葉。
それはつまり、その者が奴隷から解放された、ということを表している。
「なぜ……」
ルートが呆然とした表情を浮かべる。
受け取った市民【証】を持つ手は少し震えていた。
「なぜ、僕にこれを?」
重ねて問われる。
それは、その質問は、聞かれるだろうと思っていたことで、この数日ずっと考えていたことでもあった。
色々と、考えた。
理由は決して一つじゃなくて、色々な感情と思いがあって。
ルートを無理やり縛り付けるのが嫌だったし、本当は嫌われているのかもしれないと想像してしまうのが嫌だった。
奴隷だということを再認識してから、どこか後ろめたさみたいなのがあって、手を繋いでいても、頭を撫でてもらっていても胸の辺りがもやもやした。
自分勝手な理由と、ルートのことを想う気持ちと、それ以外にも沢山あって交じり合っている。
正直、自分でもどう言っていいかわからない。
「……それは、ね」
「……はい」
……でも、今。
こうしてルートを解放して、すごく後悔しているけれど、その中にどこか清々しい思いがあって。
……だからこそ、浮かんできた理由がある。
「……ルートに、伝えたいことがあったから」
「伝えたいこと……ですか」
あの日、頑張ろうと思った。
絶対に諦めないと決めて、絶対に仲良くなると誓った。
これまでと同じように……ううん、それ以上に、仲良くなりたいって。
だから、そう考えると……これは必要なことなんじゃないか、そう思ったのだ。
「……私は、その、ね、あなたのことが」
これは決意だ。そう思う。
これから頑張るという決意。必ずこうなってやるのだという覚悟。
だって――。
「……私は、あなたのことが好きです!
私と付き合ってください!」
――だって、主と奴隷は恋人になれないんだから。
私はそのためにルートを解放するのだ。




