もう一度
かつての事。
私は両親との関係を改善しようと頑張ったことがあった。
返事が返ってこなくても欠かさず挨拶をしたり、積極的に家事をしてみたりと、そういうことをだ。トイレ掃除や草むしりなど、人が嫌がることを率先してやった。
遠くから聞こえてくる、この家事がめんどくさい、あれが嫌だという言葉を聞いて、出来るだけのことをしようと頑張って。
……でも、結論を言うと、その行動に意味は無かった。
しばらく頑張ってみても、結局一度も挨拶は帰ってこなかったし、家事をして怒られることはあっても、褒められることなんて一度もない。
頑張っても、私は無視され続けて、この世界に来る前は完全に連絡が途切れていた。最後に連絡したのはいつだったかなんて、もう思い出すこともできない。
……だから、きっと、私の努力は無駄でしかなかった。
私も両親も喜ばない、まさしく無意味なことだったのだろう。
結局、その頃にはもう涙も枯れ果てていて、その件は、私は家族になれないという当然の事実を確認しただけに終わった。
……そんな記憶がある。
◆
夜になって、宿屋に帰って来た。
食事をし、風呂に入り、ベッドの上で膝を抱えて座り込む。
「……」
じわじわと胸の内を染めていく感情がある。
ほんの少し前まで消えていた不安が、ルートと離れたことでまた滲みだしていた。
「ユースさん、大丈夫ですか?」
「……ミーネさん」
声に返事を返すと、扉がゆっくりと開く。
中に入って来たミーネさんは心配そうな表情を浮かべていた。
「……大丈夫ですか?」
大丈夫かといえば、大丈夫じゃない。
いまだって不安で仕方がないし、色んなものから逃げ出してしまいたい。
……でも、ルートと話しているうちに一つだけ気付いたことがあった。
「……あのね、ルートを解放するべきだと思うの」
「……はい」
今は幸せだけど、だからといって、このままでいいはずがない。
私はルートのことが好きで、一緒にいたくて……でも、無理やり従えたいわけじゃないんだから。
大好きな人だから、喜んでもらいたいし、幸せになってほしいと思う。
「……でも、そうするとルートが傍にいてくれなくなるんじゃないかって、怖くて」
本当はルートが嫌がってるんじゃないかって、怖かった。
怖くて怖くて、解放したほうがいいってわかっているのに、部屋の隅で蹲ってしまいたくなる。
「……ミーネさんは大丈夫って言ってくれたけど……」
「ええ、大丈夫です」
その言葉は嬉しいけれど、私はそれを信じることが出来なくて、それは今でも一緒だ。
自信が無い私は、きっとルートが離れて行ってしまうと思っている。
……でも、さっき一つ気付いた。
「……もし、ね。
もしルートが離れていったとして」
「……はい」
怖くて怖くて仕方ないけれど。
それは想像するだけで震えてしまいそうな未来だけど。
「……もう一度。
……もう一度、最初からやり直せるかなあ?」
「……え?」
当たり前のことに気づいた。
もし、ルートが離れていったとしても、それで人生が終わるわけじゃない。
もしかしたら今は嫌われているかもしれないけれど。
無理やり従えていることを恨まれているかもしれないけれど。
「……頑張って、私が頑張って……もう一度仲良くなれるかなあ?」
「ユースさん」
かつて、ルートが私を探して図書館に来てくれたように。
今度は私がルートを探しに行く……拒絶されるかもしれないけれど、頑張って。
……でも、本当はそれが普通のはずだった。
人間関係というのは、本来そういうものだ。
片方が一方的に強い関係は健全じゃなくて、お互いがある程度の努力をし合うのが当然のはずで。
これまでは私が一方的に甘やかされていて……それがきっと間違っていた。
「……今度こそ、ちゃんと」
きっと……これまでのことは、ただの偶然だった。そう思う。
たまたまルートが私の隣の部屋にいて、たまたま爆発して、たまたま私の傍にいてくれることになった。
幸運……と言ったらルートに失礼かもしれないけれど、私にとっては正しくそれで。
だから、今度はそれに頼らないようにする必要がある。
「不安だけど、でも」
昔のこと、日本にいた時の記憶が顔を出す。
頑張って、努力して……しかし何にもならなかった過去。
あれは結局無駄だったけれど……。
……でも、今回はあの時みたいに諦めたくない。諦められない。
「……ちゃんと、仲良く、なって、もう、一度……」
「……はい」
ふわりと、体が暖かいものに包まれるのを感じた。
ミーネさんが抱きしめてくれている。頭が優しく撫でられている感触。
「……ぐすっ」
ミーネさんの手が伸びて、そっと頬を拭われた。
それで自分が泣いていることに気付く。
「きっと、大丈夫です。私も協力します」
「……う、ん
……ありが、とう」
……心強いと思う。
私だけだと出来るかわからなかったけど、こうして力になってくれる人がいる。
あの時と違って、私は一人じゃない。
……それが何よりも嬉しくて。
「……がんばるね」
「……はい」
だから、ルートを奴隷から解放する……その決心が出来た。




