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気付いたこと


 重い足を一歩、また一歩と前に出す。

 向かっている先は通いなれた図書館だった。


「……はあ」

 

 吐く息も、頭も重い。

 布団にくるまって現実逃避したかったけど、それでもこうして外を歩いているのは、ミーネさんに外の空気を吸って気分転換して来たらどうかと勧められたからだった。


「……さむい」


 宿の外、冬の刺すような空気に晒されて、体が勝手に震える。

 両手の袖を伸ばして、冷えてきた手を冷気から守った。


「……」


 なんとなく、袖に包まれた両手を見る。

 よくわからない違和感があって――すぐに気づいた。


 そういえば、両手をこうして袖の中に入れるのは随分と久しぶりだ。

 ここ最近はずっとそばにルートがいて、片方の手を繋いでくれていたから……。


「……うぅ」


 じわりとこみ上げてきて、慌てて頭を振る。

 いけない。気分転換に出て来たはずなのに、また泣きそうになってしまった。


「……別のことを考えないと」


 少しでも意識をずらそうと、出る直前にミーネさんが話してくれたことを思い返す。

 それはミーネさんから見た、ルートがいかに私を甘やかしているか、ということだったけれど……。


 正直、私がどれだけルートに甘えているか、と語られているようで微妙に辛かった。

 ……でもその話の中、なんとなく気になったことがあって。


 それは、まだルートと出会ったばかりの頃。

 ルートがミーネさんに質問したことがあったのだという。


『ユース様と仲良くなりたいのですが、どこに行ったか知りませんか』


 ルートはかつて、そうミーネさんに聞き、ミーネさんは図書館にいると思う、と答えたらしい。

 そして実際に私はそこにいて――。


「……」


 その後は私も知っている、少し恥ずかしい記憶だ。

 『ホープ隊ダンジョン探索記』を手に取っているところを見られ、とんでもなく慌てて……でもその結果、同じ趣味だったことが分かった。


 ……思えば、あれがルートと仲良くなるきっかけだったかもしれない。

 それまでの私は、ルートと何を話せばいいのかもわからなくて……正直に言えば、すごく困っていた。


「……」


 ミーネさんの話で、そんな懐かしい記憶を思い出した。

 ……あの時は、図書館で会うなんてすごい偶然だと思っていたけれど、実はそんな裏話があったらしい。


「……」


 ……でも、なんだろう。

 この話を思い返していると……なにか、違和感というか……違うというか……大事なことがあるような……。


「……ース様!」


 ――と、そんなことを考えていると、声が聞こえた。

 すぐに誰のものか気付く。それは他の何よりも聞きたい声で……しかし今はほんの少しだけ聞きたくない声だった。


「ユース様!

 ……どこか、お出かけですか? 僕もお供しますよ」

「……ルート」


 わざわざ追いかけてくれたのが嬉しい。

 でも声をかけずに出て来てしまったのが後ろめたかった。


 ……最近はずっと一緒にいたのに。


「どこに行く予定ですか?」

「……えっと、図書館に行こうかなって」


 では行きましょう、とルートが自然に手を差し出してくれる。

 優しい微笑みを浮かべながら差し出されたそれに一瞬躊躇し――


 ――でも我慢できなくて私の手を重ねた。

 

「……ん」


 嬉しい。

 もしかしたら、本当は嫌がっているのかも、と思いながらも、ルートが優しくしてくれるのがどうしようもなく嬉しかった。


 ……私はルートのことが好きなのだと重ねて自覚する。

 だって、手を繋いだだけで、こんなに幸せなんだから。


「……」


 思わず握った手に力を籠めると、ルートは柔らかく手を握り返してくれて。


「……えへへ」


 思わず笑みが漏れた。

 自然と体が動き、体をルートに擦り付ける。ルートの腕を胸元で抱える形になった。


「図書館に行く前に、どこかに寄っていきますか?」

「……ん、今日はいいかな」


 あんなに悩んでいたのに、こうして他愛のない会話をしているだけで気が晴れていく。

 我ながら、なんて現金なのだろうと呆れてしまうくらい。

 

「……はふう」


 無意識に擦り付けた頬にじんわりと熱が伝わって来て、吐息が漏れる。

 幸福感が胸から湧き上がってきて、昨日からずっと混乱していた頭が落ち着いていくのを感じた。


「……あぁ」


 ふと、先ほどまで考えていたことが頭に浮かんでくる。

 思えば、こうしてルートのことが好きになったのも、幸せを感じられるのも、あの日、ルートが図書館にいる私を見つけてくれたからなのかもしれない、と。


 あれが無かったら、私はルートとどうやって付き合っていけばいいかわからなくて、今みたいにはならなかっただろう。

 人見知りでコミュ障の私は、きっと誰にも心を許すことが出来なかった。


 ……だから。


「……ああ、そうなんだ」


 ……一つ、気付いた。

 昨日からずっと考え続けていたことの、私なりの解答に。

 

 さっきまで、どうしていいか分からなくて、頭の中を同じ疑問がぐるぐると回っていたけれど……なんだかそれが、その答えが正しい気がした。


「……」

 

 もしかしたら、ルートの温かさに溶けた脳が考え出した、めちゃくちゃな答えなのかもしれない。

 正直、何の解決にもなってない気もするし、少し時間が経ったら気の迷いで片付いてしまうのかもしれない。


 ……でも、今の私にはそれ以外は全く思いつかなくて。


「……ルート」

「なんでしょう?」


 ……もしかしたらこの幸せはすぐにでも終わってしまうのかもしれない。

 けれど、それは今ではないから。


「……あったかい」

「……ええ、手を繋いでいますから」 

 

 ただ、この瞬間は、手の中にある幸福を噛みしめることにした。

 

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