私という人間
「いや、それは無いと思いますよ?」
「……そう、かなぁ」
それから、私はミーネさんと少し話をしていた。
正直、誰にも会いたくない気分だったけど……さすがにミーネさんを無視するわけにもいかったからだ。
なんとか返事をして、入って来たミーネさんに驚かれ――私が布団で丸まっている理由を説明し、今に至っている。
「……うん、やっぱりないですね」
思い返すみたいに少し上の方を見て……もう一度ミーネさんが断言する。
「……」
無いと断言してくれるのは嬉しい。そうであったらと思う。
でも……。
「まあ、ルートさんが奴隷だってのは確かですが……でもだからってルートさんの態度が演技だったってことは無いと思います。
……というか、ルートさんユースさんの事すごい甘やかしてますし」
「……え……そ、そう?」
私、甘やかされてたの……?
確かに優しくしてもらってた自覚はあるけど……。
「大丈夫だと思いますよ?
今のルートさんなら例え奴隷じゃなかったとしてもユースさんの傍にいてくれると思います」
「……それは」
奴隷じゃなかったら。
その言葉が強く胸に突き刺さる。
それは要するに解放したらということで……。
……ミーネさんはそんなつもりで言ったことじゃないと思うけど……。
「……」
どうすればいいんだろう。
もう頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
解放すること自体は簡単だ。
奴隷というのは身分で、この世界の身分とはお金で取引されるものだ。
正確な手続きとお金があれば、ルートはまた普通の市民として生きていくことが出来るだろう。
……でも、それをして、ルートが私から離れて行ってしまったら?
それを思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。
「……」
だって、大好きだから。
一緒にいるだけで幸せで、寄り添っているとそれだけで頬が緩んでしまう。
……なのに、私はこんなにルートのことが好きなのに、そのルートが傍にいない。
……それは、考えると涙があふれてきそうな、そんな未来だ。
「……うぅ」
じわりと目に涙がにじむ。
胸の辺りが苦しくて、しゃくりあげてしまいそう。
「ああ、もう。大丈夫ですって。
泣いちゃだめですよー?」
「……だってぇ」
ミーネさんが軽く抱きしめて背中を撫でてくれる。
けれど、不安や焦燥感は次から次へと溢れてきて、全く落ち着いてくれない。
「大丈夫ですよー」
「……うぅ」
ミーネさんは大丈夫と言ってくれるけれど、それを信じることが出来ない。
私なんかが……という気持ちがあるからだ。
「……」
……確かに、冷静に考えれば、ミーネさんの言う通り、ルートは私にずっと良くしてくれた。
だから、これからもそうしてくれるんじゃないか……なんて、そんな気もする。
……でも、だめだ。
私には自信が無い。
自信が無くて、ルートに私が好かれているなんて信じられない。
最近はルートのおかげで少し前を向けた気がしたけれど……それでも一皮むいたら元の私が顔を出す。
……そうだ。私は、昔からこうだ。
ネガティブで、自己肯定力が低くて、コミュ力も低い。それが私だった。
「よしよし、いい子いい子」
「……」
辛くて、悲しくて、ミーネさんに頭を撫でてもらっても落ち着かない。
おなかが痛くて、胸が苦しくて逃げたくなる。
「……いっそ」
昨日のことを忘れて、このまま何もせずにいられたら……そんなことを思う。
ほんの少し前までのように、無邪気にルートの好意を信じていられたころに戻りたくて。
「……」
奴隷から解放せず、今のままでいる。
当然のようにルートがそばにいてくれて……私は幸せで……。
「……」
……でも、ルートは?
……それでルートは幸せなの?
「……うぅぅうぅ」
胸が痛い。ずっとずっと痛くて仕方ない。
ミーネさんに縋りつく手に力を籠める。目じりから新しい涙があふれた。
「……よしよし、大丈夫、大丈夫」
背中を優しく撫でてくれる手は優しくて、ほんの少しだけ気が楽になる。
そしてそれは、ミーネさんが自分の意志でしてくれてるからでもあった。
ミーネさんは私の奴隷なんかじゃなくて、私が嫌になったら離れていく権利がある。そして、だから信じられる。
……でも、ルートにはそれが無くて。
いつも微笑みかけてくれるのも、困った時優しくしてくれたのも、本当は嫌がっていたかもしれなくて。
「……」
これから先、もしずっとそうだったら……なんて想像する。
幸せなのは私だけで、喜んでるのも私だけで、笑ってるのも、本当は私だけ……そんな未来を。
「……それは」
……それは、本当に、どうしようもないくらいに悲しかった。
「……」
……でも、そうならないためには、ルートを解放するしかなくて。
そうすると、ルートが離れていってしまうかもしれなくて。
頭の中をぐるぐると同じ言葉が回る。
どちらかをとればどちらかは立たず、いいとこどりの選択肢なんてどこにもない。
……私は、どうしたらいいんだろう?
「うーん、大丈夫だと思いますよ?」
ミーネさんの声はどこまでも優しい。
そうだったらいいなと思うけれど、今の私にそれを信じることはできなかった。




