勘違いだった?
勘違いをしたことがある。
都合のいい解釈、幸せな妄想をしたことが。
……あれはもう十年以上前の事。
高校三年生になった頃だ。両親に将来の進路について聞かれたことがあった。
それは将来どうするのか、という問い。
就職するのか、進学するのか、どちらなのか、というもの。
私はそれに、恐る恐る、以前から考えていた県外の大学への進学の考えを伝えた。
〇〇大学に行きたい、と。
恐る恐るだったのは県外への進学にはお金がかかるからで、それは私の実家が比較的裕福だったとは言っても決して安い金額ではなかったからだ。
お前にそんな金を出せるか!という、すぐにでも降ってくるかもしれない怒声に怯え、俯きながら希望を口にし――。
――しかしそれは意外にも、あっさりと受け入れられた。
それはもう簡単に。
あらそうなの、くらいの感じで。
そして驚く私に、母は一言呟いた。
なら、頑張りなさいね、と。
それは、記憶にある限り初めてかけられた応援の言葉で。
……だから、だろう。
だから、私は嬉しくて……勘違いしてしまった。
一年間、必死に勉強をした。
偏差値的には適正だったけれど、少しでも可能性を上げるために――もしかしたら、上手くいけば母も私を見直してくれるのではないかと。
……一年後。
合格の結果を手に、母に報告した。
そしてそれに対して帰ってきた言葉はたった一言で。
……これでようやく家から出てくれるのね、と。
母はそう言った。
……そんなことがあった。
◆
「……」
朝、布団に包まりながら、なんとなく天井を眺める。
いつもならもう準備を始めている時間だけど……今の私にその気力はなかった。
「……」
……わかっていたはずだった。
最初は確かにわかっていたはずだったのに。
「……うぅ」
……私とルートの関係は主と奴隷だってこと。
恋人で無ければ、友達でもない。どこまで行っても支配者と被支配者でしかないということを。
「……なんで」
……それなのに、いつの間にか忘れていた。
ルートがそばにいてくれるのが嬉しくて、幸せで……見たくないものから目を逸らしていたんだろう。
その結果がこれだ。
ちょっとしたきっかけで、ふと視線を戻せば、そこにあるのはどうしようもない現実だけだった。
「……おなかいたい」
体の中心の辺りがぐるぐるする。
苦しくて悲しい。
「……」
思う。
ルートがこれまで向けてくれていた笑顔は本物だったのだろうかと。
いつも優しくしてくれたのも、微笑みかけてくれたのも、全ては奴隷から主人への気遣いでしかなかったんじゃないかと。
本当はルートは私の事なんて嫌……好きでもなんでもなくて……ただ私から酷いことをされないように機嫌を取っていただけなんじゃ……。
……あの、殴られても笑顔でお礼を言っていた奴隷のように。
「……うぅぅうぅ」
思わず呻き声が出る。
視界がじわりと滲む。泣きそうだ。泣いてしまいたい。
……全部、私の勘違いだったの?あの時みたいに?
馬鹿な主人が、奴隷に好かれていると思い上がっていた?
「……どうすればいいの?」
真っ当に仲良くなれた気がしていた。
私はルートのことが好きになって、ルートも私に優しくしてくれて。
楽しくて、このままずっとこんな日々が続いたらって思っていた。
話しかけたら笑顔で返してくれて、近づいたら、優しく迎えてくれた。
不安な時は手を握ってくれて、頭を撫でる手は暖かかった。
……それが全部、勘違い?
「……いや、だよお」
思わず漏れた声は涙で擦れていた。
信じたくない。全部演技だったなんてそんなの嫌だ。
だってあんなに優しくしてくれたんだから――そう思う。
本当は全部私が勝手に不安になっているだけで、本当はルートも私の事を好意的に見てくれているんじゃないか……そんな都合のいい考えも浮かんでくる。
そうだったら安心だ。
明日も明後日もその次も、私はルートと一緒にいられる。
「……」
……でも、何が本当かは分からない。
その答えはルートの中にしかなくて、実際にルートに確かめる以外にそれを知る方法はないからだ。
「……」
……知りたい。知りたかった。
本当はルートがどう思っているのかを。
実は私に少しぐらいは好意を持ってくれているのか……それとも私のことがき……きらい、なのか。
「……ぐすっ」
……でも、実際に質問することはできない。
もしルートが演技をしていたとして、それを正直に言うわけがないからだ。
奴隷である限り、ルートが私に否定的な言葉を言うことはないだろう。
……それでも、ルートの本当の気持ちを知りたいなら……。
……それこそ、奴隷から解放して、対等な立場になって問いかける以外にはなかった。
「……うぅ」
……しかし、それは。
それをして、もし、もしも望む答えが返ってこなかったら
「……うぅううううぅううう!」
胸の辺りが痛い。痛くて仕方がない。
衝動的に布団に頭から包まり、ベッドの隅で丸くなった。
もう何もかも見たくない気分。
「ユースさん? 朝ですよー?」
そんなとき。
布団越しに、ミーネさんの声が聞こえた。




