彼は奴隷だということ
次の日。
ダンジョンに行く予定を変更して私とルートは町の中心部に向かって歩いていた。
「……あ、雪」
「降ってきましたね」
空から白い欠片がふわふわと降ってきた。
胸の前に出した手に、一片舞い降りて――すぐに溶けて消える。
「……」
昨日と比べてもさらに寒さが増しているし、とうとう冬も本番らしい。
吐く息は白く染まり、手は赤く染まっていた。
「運が悪いですね。ダンジョンに潜らなかった日に限って雪が降るとは」
「……ダンジョンの中はそんなに寒くないもんね」
ダンジョンの中は外の季節に応じて中の姿を変えるが、それでも外と比べると気温の変化は小さい。
そのため、この季節、暖をとるためにダンジョンに潜るスラムの人もいる位だった。去年、彼らがダンジョンの入り口近くで塊になっている姿を見た記憶がある。
「……でも仕方ないよね。呼び出されちゃったし」
「はい。まだ期日まで時間がありますが、こういうものは早めに済ませておいた方がいいでしょう」
しかし、その暖かいダンジョンに潜る予定を変えてまで、こうして地上を歩いているのは、昨日の手紙にその旨が書かれていたからだった。
白い封筒から出て来たのは、払うべき税金がまだ納められていないという、一種の督促状で。
「……税金かぁ」
「奴隷にかかる税金は、専門の部署に納めに行かなければならない……僕も知りませんでした」
この世界、税金は人頭税が主流らしく、一年に一度、地区の徴税官に家族の人数分の税金を納める必要があるようだった。
冬のこの季節、家を一軒一軒回ってくる徴税官は一種の風物詩として捉えられており――もちろん悪い意味の――私も宿を通じて去年、今年と払っていたのだけど――。
――どうやら、奴隷にかかる税は少し違うようだった。
それはあまり一般的には知られていることではなく、ルートも知らなかったらしい。
「奴隷は人ではなく物なので、納める税金は人頭税ではない。そのため別の形で納めなければならない――言われてみれば確かに、道理かもしれませんね……」
「……」
……それは、返答に困る。
そもそも私はルートのことを物だなんて思ってないし……。
……というか、奴隷……かあ。
「……」
……正直に言って、私はもうルートのことを奴隷だなんて思ってなかった。
ルートは私の傍にいてくれる人で、いつも優しくしてくれる人で――なにより私の好きな人。
だからだろう、いつの間にか、彼が奴隷だということはあまり意識しなくなっていて……今回の知らせで、それを思い出したというか……。
「……ん」
……ふるりと、体が震える。
胸の辺りにどうしようもない違和感のようなものがあった。
「おや、寒いですか?でしたらこれをどうぞ」
言葉に、いつの間にか下がっていた顔をあげると、ルートがマフラーを差し出してくれていた。そういえば、と自分の首にマフラーが巻かれていないことに気づく。どうやら宿を出るときに忘れてしまったようだった。
「風邪をひくと大変ですから」
ルートがくるりとマフラーを私の首に回してくれる。
首と口元が暖かい感触に包まれた。
「……ありがとう」
……暖かい。
顔が熱くなって、胸が熱くなる。さっきまで沈んでいたのが嘘のよう。
「どういたしまして。さ、行きましょう」
「……うん」
熱くなった顔を隠すように足を速める。
目的地はもうすぐそこだった。
◆
ルートの案内で辿り着いた先は、大きなコンクリート作りの建物で――なんとなく、かつての市役所を彷彿とさせる建物だった。
周囲の木造の建物とは違った、一際大きな建物。
「……」
そしてその正面、大きな扉の前には多くの人が集まっていて、その多くは冬の寒さにもかかわらず、随分と粗末な恰好をしている。ちゃんとした服を着た人は数が少なくて……多分奴隷と主なんだろうな、と思った。
寒そうに体を震わせている彼らを見ると、また少し胸の辺りが疼いて……。
「さ、行きましょうか。
すぐに終わらせて宿に戻りましょう」
ルートの手が私の手を握った。
少し皮膚の固くなっている、働く男の手。
「寒いですからね。
帰ったら、ミーネさんが温かいスープを用意してくれるようです」
「……う、うん」
手のひらに伝わってくる温度に、頭に血が上る。
感情が乱高下して、少し落ち着かない感じ。
「……?」
しかし、湯だっている思考の片隅で、少しルートの行動に違和感を覚えた。
なんだか急いでいるような……いつもより強引に手を引かれている気がする。
「手続きは手紙とお金を渡して判をもらえば大丈夫です。
すぐに終わりますよ」
手を引かれるままに扉を潜る。
中に入ると、暖かい空気が頬を撫でた。
「……ふぅ」
暖かくなったことで無意識に息を吐きながら、部屋の中を確認する。
中は、カウンターが多数設置された構造をしていて、それぞれで主らしき身なりのいい人が職員と話をしていた。
「……えっと」
混雑している部屋の中を軽く見渡すと、中には誰もいないカウンターもあって、あそこに行けばいいのかな、と思いルートを見る。
「ええ、あのカウンターに行きましょうか」
「……うん」
ルートが笑顔で頷いてくれる。
それなら大丈夫だろうと安心し、そこに向けて足を出し――。
――と、その時。
「――このっ!屑が!」
その言葉とともに、ぱんっ、という音が部屋に響いた。




