変わった心
今日から最終章の投稿を始めます
最終話は全九話で、最後まで書けてますので毎日投稿していく予定です
最終話のため、少しだけシリアスになっていきますが、最後までこの物語を読んでいただけると幸いです。
ふと、頬が緩んでいることに気が付いた。
特別なことがあったわけじゃないけど、なんだか気分がいい感じ。
どうしてだろうと、なんとなく疑問に思いながら手を伸ばす。
手の先にあるそれは、まだ読んでない本で、そのうち読もうかな……なんて思っていた本だった。
「……ん」
書架の奥。冒険小説の並んでいるところ。
その少し高い位置にある棚。
ダンジョン探索の合間の休日。私は本を読みに図書館に来ていた。
「……んっ」
……手を目いっぱい伸ばし――しかし、届かない。
棚は高いところにあって、背伸びをして手を伸ばしても少しだけ足りなかった。
「……ふう」
一旦諦め、周囲を見渡す。
図書館にはこういう時のために、足場が用意されているものだ。
少しジャンプをしたら取れそうな気もするが……いい年した大人としてそれはできない。
スカートの裾が大変なことになりそうな気もするし。
「……」
でも、見たところ近くに足場は無い。
どうしたものかと、首をひねり――
「ユース様」
――と、その時、横から手が伸びてきて、私が狙っていた本を手に取った。
聞き慣れた声が耳を擽る。落ち着いた聞き心地のいい声。
「どうぞ」
「……ルート」
横を見ると、ルートが私に本を差し出してくれていた。
視線をあげると、ルートが優しい顔で私を見ている。
……少し、頬が熱くなる気がした。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
差し出された本へ手を伸ばす。
そのまま受け取ろうとし――
「――あ」
指先がルートに触れた。
一瞬だけ私の指に暖かい感覚が伝わる。
「……っ」
慌てて本を受け取り、目の前にいるルートから目をそらす。
視線が地面を向く。胸の中を不思議な衝動が渦巻いている。
……頬が熱い。
気が付いたら、触れた指先を胸に抱きしめていた。
「ユース様?」
「……な、なんでもない」
高鳴る胸を抑える。
どうしてここまで、と、自分でも不思議に思うくらい動揺していた。
「……え、えっと、本を見つけたから先に机の方に行ってるね」
「はい。わかりました」
ルートに背中を向け、振り返らずに歩く。
……熱くなっている顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。
◆
図書館を出ると、空は茜色に染まっていた。
空気は刺すように冷たくて、吐く息は白く染まっている。近頃、冬は段々と深さを増しているようだった。
「……」
少し冷えた指先に息を吹きかけながら、ちらりと隣を見る。
隣を歩くルートは、首元のマフラーを引き上げて、口元を覆い隠しているところだった。
「……ん」
脳裏をよぎるのは、ついさっきの事。
指先が触れただけで、妙に動揺してしまい、とっさに逃げ出してしまった。
……変に思われてないかなあ……なんて、不安になってくる。
もしそう思われていたら、かなりへこんでしまう自信があった。
「ユース様、どうしました?」
私の視線に気づいたのか、ルートがこちらを見る。
その表情は優しい笑顔で……見ているだけで不安が薄れていくのを感じる。
……頭の片隅で冷静な私が、現金だなあ……なんて苦笑いしていた。
「……その、な、何でもない」
また顔に血が集まって行くのを感じて、顔をそらす。
ルートとおそろいのマフラーを引き上げて顔を隠した。
「……」
……最近、私は変だ。
笑顔を向けられただけで顔に血が集まるし、ちょっとしたことで不安になる。
不意打ちで指先が触れたら、体に電気が流れたかのようで。
……ほんの少し前まではそんなことはなかったのに、時が経つごとにどんどん悪化しているような気がした。
……一カ月くらい前は、角を触られてもそんなことはなかったのに。
まあ、角と指先じゃいろいろ違う気もするけれど。
「……うぅ」
原因は分かっている。
私がルートに恋をしているからだ。……していることを自覚したからだ。
「……はあ」
小さくため息が漏れる。
我ながら、重傷すぎないだろうか……なんて思う。
なんというか……正直、色々拗らせているというか。
初めての恋で、舞い上がってしまって……全く冷静になれてない。
恋は麻疹のようなものだ――なんて言葉を聞いたことがあるけれど……。
年を取ってからの恋は拗らせてしまうことが多い――という意味のその言葉は、まさに今、私のことなんじゃないか……なんて思ってしまう。
端的に言って、今の私は初恋を拗らせていた。
日本にいたころを含めると、三十年以上の人生で初めてのこと。
「……」
また、ちらりと隣を見る。
ルートが当然のように隣を歩いてくれていた。
……穏やかな空気が嬉しくて、大切な人がそばにいてくれるのが幸せで。
ずっと、こんな時間が続けばいいな……なんて、そんなことを思う。
「あ、二人ともお帰りなさい」
「……ただいま」
「ただいま戻りました」
しかし、そうは思っても、当然終わりは来るもので、気が付くと宿屋に帰ってきていた。
笑顔で迎えてくれたミーネさんに言葉を返す。
「図書館はどうでした?」
「……えっと、よかったよ」
他愛もない話をしながら階段へと向かう。
夕飯には時間があるし、しばらく部屋でゆっくりしていようかな……なんて思いながら、段に足をかけ――
「――あ、ユースさん。そういえば預かっていたものがあったんでした」
「……?」
ミーネさんが胸の前で手を合わせて言う。
そしてカウンターへと戻り、私に手に持ったものを差し出した。
「……手紙?」
ミーネさんの持つそれは、一通の白い封筒だった。




