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奴隷とかよく分からない

 

 ――奴隷。


 主人に絶対服従で、裏切らない、裏切れない存在。

 あるいは日本のとあるジャンルの小説でよく見かけるもの。


 物語の中では、美少女や美女などがより取り見取りで、その上当然のように好意を持ってくれるので、男の夢のような存在だったそれ。


 私はそんな物語に出てくる美少女奴隷が好きだったし、囲まれて嬉しそうにしている主人公を見て、羨ましいなあ、などと思ったこともある。

 

 ……しかしまあ、じゃあ実際にそれが私にできるか、というと違うわけで。


 そもそも、当たり前だが奴隷とは人間だ。

 自由意志があるし、物の好き嫌いだってある。


 当然、主人だというだけで無条件で好意を抱いてくれることなんてないし、仲良くなれるかどうかは、主人の行動次第でしかない。

 好かれるようなことをしたら好かれるし、嫌われるようなことをしたら嫌われることになる。


 物語の主人公が奴隷に好かれているのは、好かれる理由があるからに過ぎないのだ。

 ピンチを救ったりとか、イケメンだったりとか、金持ちだったりとか、そういうのが。


 要するに、本人に魅力がないと奴隷と仲良くなんてなれないということ。

 そして私にはそれが足りていない。その自覚があった。


 というか、ここ半年この世界で過ごしてきた私が見るに、主人と奴隷の関係とは上司と部下の関係に近い。違うのは部下に人権と拒否権が存在しないことだけだ。

 傍から見ている感じだと、好かれるどころかむしろ嫌われやすい気さえした。


 だから、結果として私は奴隷を買おうなんて全く考えていなくて――



 ◆



「……ど、奴隷?な、なんですかそれ?どういうことです?」


 ――今、突然そんなことを言われて混乱している。


 被害者に対する奴隷労働?要するに私の奴隷になるということだ。

 そんなの聞いてないし訳が分からない。


「賠償内容が奴隷労働に決まったのは、単に金銭上の問題である」


 しかし、困惑する私とは対照的に自警団の人は冷静な顔で口を開いた。

 すぐ横に座る彼も、奴隷の宣告を受けたのに全く取り乱していない。


「まず、前提として、今回の事件が不慮の事故によるものだったことは、昨日も言ったように思う」


 頷く。

 確かにそれは聞いた。


 数年に一度の事故。一万個に一個の不良品の魔道具。

 事前に確かめる方法はなく、この世界では落雷などの自然現象のような扱いを受けているとのことだ。


 要するに、加害者も被害者のようなものだということ。

 怪我人がいない――私が無傷だったこともあり、少なくとも宿屋では彼も被害者のように言われていた。


「通常、今回のような人的被害のない事故による物損の賠償は金銭で行われる。そのため、物損の罰として犯罪奴隷になることはあまりない。被告の所持金や所有物などを換金し、それでも足りない場合は冒険者ギルドから借金をすることも可能だからだ。

 ……しかし、今回は額が大きすぎる」


 宿屋の壁、傷ついた床、粉砕されたベッド、引きちぎられたカーテン、それ以外にも水差しやタオルなどの備え付けられていた設備。

 一つ一つ自警団の人が指を折りながら、今回壊されたものを数えていく。


 ……そうやって確認してみると、確かにとんでもない賠償額になりそうだ。

 特に壁の穴。どれくらいの修理費が必要なのかわからない。


「とはいえ、それだけならまだ何とかなった。被告はそれなりの資産を所有していたし、何よりも錬金術師だ。冒険者ギルドからの借金も通りやすい」


 真面目な話の途中だが、突然現れた錬金術師という単語につい気を引かれる。

 錬金術師。ロマンがある職業だ。漫画とかゲームとかいろんなところで見た。


 自警団の人から目をそらして彼の顔を見る。

 なるほど、改めてみるとそれっぽい顔をしていた。ゲームとかに優しいお兄さん枠で出てきそうな感じだ。工房に入ると、やあ、よく来たね、なんて言いそうなタイプ。


 ……いや、顔と職業に関係がないのは分かっているけれど。


「しかし、今回破損したのはそれだけではない。他ならぬ君の持ち物だ。

 これは冒険者ギルドからの借金程度では賄いきれない」


 明後日の方向に行っていた思考が自警団の人の声で戻される。


 ……うん?私の持ち物?

 ……そんなに高価なもの持ってたっけ?


「君の杖はダンジョン産の魔道具だったそうだね。

 それもいくつもの効果の付いた、なかなか珍しい一品だったと聞く」


 ……ああ、そういえば。

 普段あまり使わないので忘れていたけれど、あれは良いものなんだった。

 ダンジョンで拾って、でも魔人族は杖が無くても魔法が使えるから全然使ってなかった。


 ……いや、森歩きや斜面を登るときにストック代わりで使ってたか。

 要するに本来の使い方では使ってなかった。

 

「結果として、金銭での賠償は不可能と判断した。そして、その場合の罰則は法で決まっている。奴隷として身売りすることだ。今回、その対象は君になる」


 ……なるほど。何はともあれ、とりあえず理由は理解できた。

 でも、それは困る。とても困る。

 奴隷なんていきなり言われてもどうしていいかわからない。


 そもそも、奴隷を持つってどういうこと?


 何をすればいいのか、何をするべきなのか、どんなものが必要なのか。

 手続きは?税金は?法律は?要求していいことは?逆にしてはいけないことは?


 日本では犬や猫だって手続きが必要だった。

 この世界の奴隷は一体どうなってるのだろう?


 というか、それ以前に奴隷って倫理的にどうなの?

 この世界では奴隷が許されていても、私は二十一世紀を生きる日本人だった。

 冷静に考えると奴隷とかダメな気がする。人は生まれながらにして自由と幸福追求の権利があるはずなのだ。


「……ぅ」


 ……どうしよう。訳が分からなくて、突然すぎて混乱してきた。

 奴隷がいることを知っていて、見たことがあっても、詳しいことなんて何も知らない。

 

 頭の中がぐるぐるして混乱してしまう。

 私は何でこんなことになっている?


 どうしよう。やっぱり私に奴隷なんて無理なんじゃないか。

 断ったほうがいい気がする。いや、そもそも断れるものなの?


 なんだか自警団の人は彼が奴隷になるのが決まったことみたいに話しているし、もしかして断れないんじゃ。

 

「ただ、もちろん君にも拒否する権利はある」


 え、断れるの?


 ……ああでも、考えてみれば当然か。

 今回、私は被害者だ。そして被害者が義務を負うなんてどう考えてもおかしい。


 よかった、と息を吐く。

 それなら断ればいい。これで安心できる――


「君が拒否した場合、被告を鉱山に売り払い、その売却益をもって君に賠償することになる」

 

 ――鉱山?


「そのどちらかを選ぶ権利が君にはある。どちらにするか出来ればこの場で決めて欲しい」


 ……鉱山って、ひょっとしてあれだろうか。

 穴の中に入って、つるはしで壁を削ったりするやつ。


 狭く暗い穴の中で土と泥に塗れながら朝から晩までこき使われたり、肺の中にホコリが入り込んで病気になったり、時には穴が崩落して生き埋めになったりする、あの鉱山?

 昔見た外国のドキュメンタリーで平均寿命が三十歳とか言ってたあれ?

 

「……えっ」


 思わず声が漏れる。

 もしかしてそれ、私が拒否したら彼は過酷な環境で働かされた挙句、早死にするってこと?

 

 それは要するに、私が殺したようなものになるんじゃあ……


「……」


 ……いや、ちょっと待とう。それは私の早とちりの可能性がある。

 もしかしたらこの世界の鉱山はそんなに過酷じゃないかもしれない。

 

 そうだ、きっとそうに違いない。

 なにせ魔法なんてあるのだ。きっと安全安心な鉱山の運営ができていると思う。


「……」


 ……まあでも、一応確認してみようかな。

 ちゃんと聞いたほうが安心できるし。


「……その」

「なんだね?」

「……えっと、鉱山ってどういうところなのかな……と思いまして……」


 質問し、恐る恐る自警団の人の顔を伺う。

 恐る恐るなのは自警団の人の顔が怖いからだった。


「……」

「……」


 しばし、沈黙が続く。

 何故か自警団の人が返事をしてくれない。その上、少し目を見開いてこちらを見ている。


 どうしよう、何か変なことを言っただろうか。


「……」

「……」

「…………え、えへへ」

「…………」


 沈黙が辛くて、とりあえず笑ってみた。


 笑ってごまかすのは大事だ。

 私は日本にいたころ、これで何度もミスを乗り切ってきた。

 ……いや、乗り切れてなかったかもしれない。普通に怒られた気もする。

 

「……鉱山は、どういうところか……だったか」

「あ、はい」


 笑ってごまかしたおかげか、自警団の人が返事をしてくれた。

 やっぱり効果はあったのかもしれない。


「一般的に、過酷な所だろう。厳しい労働に、不衛生な環境、まずい食事。

 病気になっても治療はあまりされないし、早死にするものも多いと聞く」


 ……想像した通りの場所だった。

 私が拒否すれば、彼はそんな場所に送られるのだ。


「……」


 ちらりと彼のほうを見る。

 彼は背筋を伸ばし、自らの運命を受け入れるかのように目を瞑っていた。


 ……いいの?私がここで断ったら死んじゃうかもしれないんだよ?

 もっとこう、焦ったりするもんじゃないの?


 そうは思っても彼は目を閉じて微動だにしない。

 その顔は驚くほどに落ち着いていて、整った顔もあり、まるで一枚の絵画のように見えた。


「……」


 どうしよう。どうすればいい?

 断るべきな気がする。でも断ったら彼は大変なことになるだろう。


 頭の中がぐるぐるする。さっきからずっとだ。

 どうしていいか全くわからない。


 奴隷なんて知らない。

 これまでの私の人生には縁がなかった。


 人を買うということ。人の命を買うということ。

 そんなの私には重すぎるし、近づきたくない。


 奴隷と上手く関係を築けるとも思えない。

 嫌われてしまったら辛いことになる。


 いろいろな問題が浮かんできて逃げだしたい。

 心の中を葛藤が埋め尽くしている。


「……」


 でも。

 ふと思った。

 

 ……私の葛藤は、人の命よりも重いのだろうか。


「……その」

「なんだね?」


 ……軽くため息を吐く。

 一度そう思ってしまうと、もう駄目だった。


「……彼は、私の奴隷にします」


 きっと後悔するだろう。

 そう思いながらも、私は自警団の人にそう告げていた。

 


ユ「鉱山ってどういうところなのかな……と思いまして……」

自「……」(鉱山……?そりゃあ悲惨なところだが……この世の掃きだめで、食い物は生ごみ。監督官の人格も腐っていて、毎日暴行で死んだ死体が埋められていると聞く。

  ……しかしそれをこんな子供に教えてもいいのだろうか)

ユ「……えへへ」にぱっ

自「……」(……できるだけオブラートに包んで教えた方がいいな)



◆補足

主人公が奴隷にしなければ鉱山行き、というのに違和感を持たれた方も多いかと思いますが、これは主人公の勘違いが多分に含まれています。

そもそも前提として、奴隷の売り買いは一般的に認められています。

そのため、一般市民でも自分の奴隷を奴隷商に売ることができ、今回の主人公の場合は、彼を奴隷にした後、そのまま奴隷商に連れて行って売ることもできたということです。

強制鉱山送りというのは、その手間を被害者が面倒に思った場合、行政機関として犯罪者を一括で売り払うということですね。もちろんその売却益は後からもらえます。

なので今回の一件は、奴隷として受け取ったら、そのまま自分自身の奴隷にしなければならないと主人公が勘違いした故、ということです。


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