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やっとわかったこと


 常識というものは難しいものだ。

 ありとあらゆる状況が間違っていると示していても、それを信じるのはとても難しい。


 例えば、ある日物理法則が変わって、夜空の星が地球の周りを回り始めた――なんてことになったら信じられるだろうか?

 ある日神様が降臨して、神殿の奥にいるのがこの世界の神様だと言われて信じられるだろうか?


 物語だったらそれもあり、と言えても現実ではそうはいかない。

 それまでの人生で当然のように信じてきたことはとても強固で、そう簡単に覆せるようなものではないのだろう。


 だから。


 ……だから、私にとって。

 恋愛対象が女性であることが常識だった私にとって。


 それを否定するのは、とても難しいことだった。



 ◆



 元男、のはずだった。

 だから私はルートに恋なんてしないはずで、この胸の中にあるのは親愛であるはずだった。


 ……でも。


「……」


 なんとなく思い立ち、鏡の前に移動する。

 部屋の隅に置かれた、全身を映せる大きな鏡。


「……」


 その前に立つと、鏡の中に一人の人間が浮かび上がる。

 ……まあ、要するに私なんだけど。


「……元、男」


 そのはずだった。記憶の中では確かにそうだった。

 ……それなのに。


「……見えないなあ」


 鏡の中にいたのは一人の少女だった。


 髪はきれいに梳かされて、腰のあたりまでまっすぐな髪が伸びている。

 かつて髪に隠されていた顔は、はっきりと見えていて。


「……ふふ」


 着ている服は、ちゃんとした可愛らしいデザインで、スカートの長さも膝下までの短めのもの。

 ……どれも最近、ミーネさんと一緒に買ったものだった。


「……元男、だけど」


 本当は、自覚していた。

 最近、ミーネさんのおかげで私はちゃんとした格好をしていて――


 ――そのちゃんとした恰好、というのは、ちゃんと女の子らしい恰好、という意味だった。


「……」


 ……確かめないといけない。

 そう思う。


 ミーネさんに教えて貰ったことだから。



 ◆



「……ルート、ちょっといい?」

「ユース様?どうぞ」


 部屋を出て、ルートの部屋に辿り着き、ノックする。

 中からはすぐに返事が返って来た。


「……すう、はあ」

 

 一度深呼吸。

 少し緊張している。


 これから私の人生が変わるかもしれない。きっと変わる。

 本当は分かり切っていることだとしても、確かめるというのはきっとそういうことだ。


「……ルート」

「ユース様、どうされました?」


 扉を開けると、ルートは穏やかな表情でこちらを見ている。

 でも緊張はほぐれないむしろ強くなった気さえする。


 そのことが逆に新鮮だった。


「……今日は、お願いしたいことがあって」

「なんでしょうか?」

「……」


 もう一度深呼吸。

 大きく吸って、吐いて。


「……えっとね、その……

 ……あ、あたまを、なでてほしいの……」

「……頭を撫でる、ですか?」


 言った。言ってしまった。

 取り返しのつかないことをしてしまった気がする。でも吐いた言葉はもう戻らない。


「……それは、まあ、もちろん構いませんが」

 

 目の前のルートは意外そうな顔をしている。

 無理もない。普通じゃないことを言っている自覚はあった。


「ええっと、撫でればいいんですね?」

「……うん」


 困惑している気配。

 ゆっくりとルートが立ちあがった。


 ルートがこちらに近づいてくる。

 そして私の頭に手を伸ばし――


「……っ」


 ――触れた。


 頭にじんわりとした体温が伝わる。

 そしてそれと同時に背筋をゾクゾクしたものが伝った。


「……っ!」


 体が震えそうになるのを抑える。

 そうしないとおかしな声が出てきそうだった。


「……ん、ふっ」


 違う。全然違う。

 ミーネさんに撫でられたのは何もかもが違った。

 

 暖かくて、優しくて。

 ……幸せで――胸がうるさいくらい鳴っている。


 傍にいることが嬉しくて、見てもらえるのが嬉しい。

 じんわりと涙が浮かぶ。視界がだんだんと歪んでいった。


「……っ」


 思わずスカートを握り締める。

 強く握りすぎてスカートがくしゃりと歪んだ。


 そして、皴になるかな……なんて考える自分に気付く。

 そんなこと男だった時は気にしたこともなかったのに。


「ユース様、どうですか?」

「……ん、うん、このまま続けて……」


 問いかけに自然と続けて欲しいと答えていた。

 ……この時間が長く続けばいいと思う。

 

「……うぅ」


 顔が真っ赤になっている自覚がある

 ルートはこんな私を見てどう思っているんだろう。


 それが分からなくて、恥ずかしくて目を強く閉じる。

 浮かんでいた涙が溢れ、目の端を涙が伝った。


「……ルート」

「はい、ユース様」


 声をかければ、返事が返ってくる。

 手は優しく私の頭を撫でていて。


 ……幸せだなって思った。

 本当に幸せだと思う。


 一人ぼっちに生きていた私は知らなかった幸せ。

 胸と頭が暖かくて、全然落ち着いてくれない。


 ……だから。

 それが分かったから。


「……ルート、私ね、わかったの」

「何がですか?」


 ……私は。

 元は男だったけど今は女の子で。


「……大事なことが」


 そして……ルートのことが好きだ。

 それまでの常識とか関係なく、どうしようもないくらい好きだ。

 

 それが……やっとわかった。



 

 これで4章は終了です

 5章は何もできてないのでもう少し後です

 9月中くらいが目標ですね

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― 新着の感想 ―
[良い点] アカン ニヤニヤしてしまう! [一言] 続きお待ちしてます
[一言] >第5章は9月中くらい なんですかその生殺しは…(絶望)
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