恋って、きっとそういうものなんです
――なんか、すごい夢を見た気がする。
「……!!??」
いつの間にか帰っていた宿の自室のベッドの上。
そこで私は、衝動的にのたうち回った。
「……私、何を夢に見てるの……?」
……あれはなに?なんなんだろう?
よくわからなくて混乱する。ぐるぐる頭が回っている。
膝枕されて……頭を撫でられて。
そして最後……あれは……?
あまり信用されても……とか言ってたけど……
それってまるで、昔読んだ漫画見たいな感じだ。
その漫画では主人公が好きな女の子にそれを言っていて――
「…………っっっ!!???」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
あんな夢を見るなんて……。
……もしかして私はあんなことを望んでいるんだろうか?
夢は願望の表れだと聞いたことがある。
本人が気付いているか気づいていないかに関わらず、欲望を表しているものだと。
それなら、あれは……。
「……うぅ!!」
体をよくわからない衝動が貫いて、全身をよじらせる。
落ち着いていられない。何かをして気を紛らわせたい気分だ。
「うーあー!」
そして、そうやってしばらくゴロゴロとベッドの上で転がる。
すると――
「――ユースさん、ちょっといいですか?」
扉からミーネさんの声が聞こえた。
◆
「それで、今日はどうだったんですか?
恋してるかわかりましたか?」
「……う」
宿に関する連絡事項を最初に少し話し、すぐにミーネさんの話題はそちらへ移動した。
今日はどうだったか……なんて、そんなことを聞かれても困る。
ミーネさんは目をキラキラさせながら聞いてくるけど……私は途中で寝てしまったわけで。恋に関してはもっと理解できないし。
「……何もなかったし、わからないよ」
「えー本当ですか?」
「……本当。ちょっと変わった夢は見たけど」
今日はスラムとかに驚きはした。
でも、この世界が残酷なことは前から知っていたことだし。
それよりもずっとあの夢の方が衝撃的だった。
今思い出しても記憶がはっきりしていて……まるで夢じゃないみたいだ。
「夢?どんな夢だったんです?」
「……え、いや……」
……なんだか今日はすごいぐいぐい来る。
……なんでだろう?
「ユースさん、今日はルートさんの背中に乗って帰ってきて……それに夕飯の時、顔を赤くしてもじもじしてたので、きっと何かあったんだろうなって」
……私、そんなに挙動不審だったの?
「……別に……ただ夢の中で膝枕されたり頭撫でられたりしただけだよ」
「膝枕……それで、膝枕されてどう思ったんです?」
それは……嬉しかった。
それに胸の辺りが暖かくて、幸せで。
……今思い出すだけですこし頬が緩みそうになる感じがする。
「……なるほど。それはもう大好きですね!間違いなく恋してます!」
「……な、なんでそうなるの」
そんな風に軽く説明すると、ミーネさんが大きく頷いてそう言った。
でも、さすがにそれには同意できない。
少し短絡的過ぎるんじゃないだろうか?。
確かに私は膝枕と頭を撫でられたことで嬉しくなった。それは事実だ。
でも、別の人でもそうなるかもしれないし――親にも他の人にもされたことが無いから比較できないけど。
恋してるなんて、そんな……。
私は元男なんだから、男のルートに恋するなんて……。
ちがう、と思う。
「じゃあ、私もしてみましょうか?」
「……え?」
「私がユースさんに膝枕するんです。そうすれば比較できるでしょう?」
それは……確かに。
でも――。
「さ、どうぞ。ここに頭を乗せてください」
「……わぷっ」
勢いのままに、ミーネさんの膝に頭をのせる。
そして、一拍置いてミーネさんの手が頭を撫で始める。
「……あの、ちょっと」
「……まあまあ」
勢いのままに始めたのに、その動きは穏やかなものだった。
柔らかい手が頭を撫でる感触が髪を通して伝わってくる。
「……ふふ」
「……」
ゆっくりとした、優しい動き。
それは、確かに心地よいもので、昼に寝ていなかったら眠くなってしまいそう。
……でも。
「……どうですか?」
「……その」
しばらくして、ミーネさんの声がかかる。
気持ちいい。確かに気持ちいい。
……でも、ルートとは違うなって思った。
「……」
穏やかで落ち着く感じのそれは、嬉しくて、でも確かに違う。
夢の中だからとかそういうのも含めて、それでもだ。
気付く。
そういえば、全然この状況にドキドキしていないな、と。
元男だったはずなのに。
ミーネさんみたいな美人のお姉さんに膝枕されても、全く感じるものが無い。
よくよく思い出してみると、それはこれまで、ミーネさんに抱きしめられた時も同じだった。
……最近結構接触も多いのに。
……胸が当たったことだって一度や二度じゃないのに。
「……」
……元男のはずなのに。
「ユースさん?」
ミーネさんの声がかかった。
返事を求められている。違いがあるのかどうか。その答えは考えるまでもなかった
「――その、全然違うかも」
「ですよねえ」
心の底から湧いてくる幸福感が無い。
頭がとろけてしまいそうな暖かさもない。
……それは要するに、そういうことだった。
「恋って、きっとそういうものなんです」
「……」
よしよし、と頭を撫でられる。
まるで良くできました、という感じ。
「……」
……私は。
ミーネさんの言葉を否定できなくて。
「……う」
混乱する。どうすればいいんだろう。
頭がぐるぐるし始める。考えがまとまらなくて呻き声が漏れた。
――と、そんな時。
「――でも、そこまで微妙な顔をされるとちょっと癪ですね。
いや、もちろんルートさんと同じだ――とか言われても困るんですが」
「……へ?」
目を動かす。
ミーネさんが上から悪戯ぽい顔で私を見ていた。
「と、いうわけでお仕置きです
はい、わしゃわしゃー」
「……あ、う、わ、ひゃーー!」
ミーネさんが私の髪をかき混ぜる。
そんなことをされるの初めてで、少し困って。
……でも、ルートとは違うけれど、胸が暖かかった。




