錬金工房の話
ハリネズミのように煙突が飛び出た巨大な建造物。
そんな、これまで縁のなかった造形に思わず呆然とする。
「……」
なんというか、すごいのが出て来たなあ……。
スラムのボロボロの建物の隙間から予想外のものが出て来た。
「さ、こちらへどうぞ」
「……え、う、うん」
困惑していると、手をルートに引かれた。
慌てて足を動かすと、ルートは慣れた足取りで進んでいく。
「……」
……少し、混乱している。
突然、奴隷という厳しい現実を目の前に突き付けられて、その上、よくわからない建物だ。
私の頭では順応できなくて、ちょっとだけ頭がぐるぐるしていた。
「足元気を付けてくださいね」
ルートに導かれるままに建物の玄関をくぐる。
外見があれだし、中はどんなことになっているんだろう――そう思いつつ中に足を進めると――しかし、中は思っていたよりも普通だった。
石造りの床に、白い壁。そこかしこに掲げられた掲示板。
極彩色に塗られているとかもなく、普通の……どこか見覚えのある雰囲気だった。
「……あれ? 変じゃない……」
「……ああ、外見の事ですか?
あれは一つの部屋に必ず一つ換気装置をつけているからああなっているだけで、別に奇抜にしようとしているわけじゃないんです」
首を傾げていると、ルートが答えを教えてくれた。
……なるほど、確かに錬金術といえば、危ない薬品を使っているイメージがある。
それを考えると換気装置も必要なんだろう。
「ここは錬金工房と言われていますが、実際は錬金術の研究所ですからね。
合理性が優先されているので、必要が無ければ変わったデザインにはなりませんよ」
研究所。
……ああ、それか、と思う。
どこかで見たことがると思ったら、大学の研究室だ。
一定間隔で配置された同じような形の扉に、ぽつりぽつりと掲示板に張り出されたポスター。
近くに貼られたものには実験の協力を呼びかける内容が書かれている。
すれ違う人は、実験用なのか、みな同じような格好だ。
すぐ横を足早に、しかし走らず、実験器具を抱えた人が横を通り過ぎた。
「……」
ガラスの擦れるカチャカチャという音がどこか懐かしい。
こういうのはどこの世界でも変わらないのかな、と、そんなことを思う。
「……ルートはここで何の研究をしてるの?」
湧き出て来た郷愁の念に思わず口が動いた。
今思えば、学生時代の教授は良い人だったかもしれない。
学生を研究でしか評価しない人だったけど、それだからこそ私のようなコミュ障にも平等だった。
……懐かしい雰囲気に、昔のことが自然と蘇ってくる。
「僕ですか?僕はポーションの研究をしています。
この前の薬草集めもその辺りの縁ですね」
……なるほど。
納得し頷いていると、ルートが立ち止まる。
「ここです。ここが僕の工房になります」
鍵を開け、中に入るルート。
どことなく抵抗を覚え、しかし立ち止まっているわけにもいかず、恐る恐る私も中に入る。
……昔、他の人の研究室は入り辛かった。
そんなことを思い出す。
「どうぞ、物が多いので気を付けてください」
「……う、うん」
中に入ると、十畳くらいの部屋がそこにあった。
壁際は一面にだけソファが置かれ、それ以外には実験器具のようなものが並べられている。天井には例の煙突に繋がっているのだろう、穴があった。
そして――中央に机と椅子が一つだけ置かれている。
「……?」
……一つ?ふと、疑問に思う。
他の人の座る椅子とかはないんだろうか?
「……」
軽く見渡してみると、どれもこれも一人分しか置かれていないように見える。
……ほかの人はいないんだろうか?
私の持つ研究のイメージと言えば、複数人が協力してするものなんだけど。
「ユース様?どうかされましたか?」
「……一人で研究してるの?」
「……?
ええ、当然一人です」
……当然なんだ。
「他の人を入れると研究成果を盗まれるかもしれませんからね。
よっぽど信頼できる人なら話は別ですが、そんな人はいませんし」
「……え?」
予想外の言葉が耳に入ってくる。
信頼できる人が、いない?
「……?」
それは……とても意外な言葉だった。
ルートは社交的で優しい人だし、当然のように信頼できる人だってたくさんいると思っていた。
私の中にあるルートのイメージといえば……いつも落ち着いていて、誰にでも優しい人……みたいな感じだろうか。
コミュ力が高くて、例の薬草の人とか、店員の人とか色んな人に頼られていて。
……そして、私みたいなコミュ障にすら優しい人。
だから、そんな感じのことを言ってみると――
「――いやいや、そんなわけないじゃないですか。
聖人じゃないんですから、誰にでも優しくなんてできませんし、しませんよ」
そんな、否定の言葉が返って来た。
苦笑いしていて、謙遜というわけじゃなく、本気で言っているように見える。
「僕はもっと普通の人間です。
……だから、もし僕が優しいように見えたなら……それはユース様だからでしょう」
「……私だから?」
「ええ、僕は誰にも優しいのではなく――ユース様だから、出来ることをしたいと思っています」
「……へ?」
私だから……って、それは……。
つまり……。
「え、あの、その……」
なんだか顔が熱い。
血が顔の辺りに集まっている気がする。
「……あ、ありがとう?」
「いえ、当然のことですから」
よくわからないままにお礼を言う。
なんだか、胸の辺りをぎゅっと掴まれるようだった。




