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私が知らないこと

大分遅れてしまいましたが、今日から4章の投稿を開始します。

最後まで書き終わっているので、31話から36話の全6話を毎日22時に投稿します。


 私には、普通の人が知っていることがわからない。

 

 普通の人が知っていること、当たり前のように経験していること。

 でも、一人で生きていて、ずっと閉じこもっていた私は知らないこと。


 本来なら、家族や友達との関わりの中で学ぶはずだったそれらは、私にはあまりにも遠いもので。

 羨んで見ているだけでは、それは分からなかった。


 そういうものは、幼いころから少しずつ増えていって、今ではもう驚くくらい多くなっている。

 それはきっと、私が世間からずれている原因の一つだったのだろう。


 ……私は、色んなものから目をそらして生きて来た。



 ◆



 最近、考えたくないのに考えてしまうものがある。

 いくら目を逸らしても、逸らしきれない、そんな感じ。

 

 それは常に思考の端っこに居座り、ちょっとしたきっかけがあったら頭の真ん中にやって来て……ひと段落着いたときとか、布団の中で目をつぶった時とかに襲い掛かってくる。


「……はあ」


 何のことかというと、ルートの事なんだけど。

 夏祭りからもう一カ月くらい経つのに、私はいまだにあの時のことが良く分かっていない。


 私は、どうしてあんなにルートと一緒にいるのが嬉しかったんだろう?

 自分の感情が分からない。


「……はあ」


 ため息もすっかり多くなった。

 

 言葉に出来ない感情を息に乗せて吐き出す。

 でも、この胸の辺りにある感情は、いくら吐いても次から次へと湧き出してきた。

 

 ……もしかして、私は……。


「……っ」


 とっさに頭を振る。

 これも何度も繰り返してきたことだ。


 ……だって、それは違う。違うはずだ。

 私は元は男で……今は女の子の体だけど……。

 

「……はあ」


 ため息は多くなる一方だった。



 ◆



 そもそも、恋っていったいなんだろう?


 そんなことをふと思う。

 ……いや、私とは関係ないけど、つい気になったのだ。


 友情とか恋愛から目をそらして生きてきた私にはその辺りが良く分からない。

 親愛と恋愛の差とはいったい?


「……恋ってなんだろう……」

「ユースさん……

 ……またすごく可愛いことを言ってますね!」

「……え」


 変な所に行っていた思考がミーネさんの声で戻ってくる。

 え、私声に出してた? 


「そんな子は抱きしめちゃいますよー?」

「……わぷっ」


 髪の手入れを切り上げて、正面から抱きしめられる。

 顔がミーネさんの胸に埋まった。


 最近、ミーネさんのボディタッチが激しい気がする。

 数日に一回くらいは抱きしめられている気がした。


 正面から抱きしめられると、息がし辛いので困る。

 それにちょっと照れくさいし。


「可愛いですねー」

「……」


 ミーネさんに頭を撫でられる。

 可愛いって。なんだか体がむずむずする。


 ……というか、さっきの聞かれてたの……?

 ……それは……すごく恥ずかしい事なのでは……?


「……っ」

 

 顔に血が集まる感覚。

 考えてることが口から漏れるなんて、子供じゃないんだから。


「でも、そうですねー。恋ってなんだろう、ですか。

 改めて考えてみると結構難しい気もします」

「……うぅ」


 その話、続けるの……?

 

 止めて欲しい……でも、悩んでいたことなので、意見も聞かせてもらいたい。

 そんな微妙な感じ。

 

「その人のことが頭から離れないような感じ……でしょうか?

 ……昔は私もそうだった気がします」

「……ミーネさん」


 そうだった。

 ミーネさんは昔色々あって――恋なんて、わざとじゃなくても口に出さないほうが良かったかもしれない。


「ごめんなさい……」

「え?……ああ、いいんですよ。

 気にしないで下さい。もうずいぶん昔の事ですから」


 ミーネさんが手を振って笑う。

 言うべきではないことを言って、しかも気も使わせてしまった。


 軽く落ち込んでいると、ミーネさんはにっこりと笑って、それはそれとして、と話を戻した。

 顎に指を当てる考え事のポーズ。


 ……気にしていないというのなら、いつまでも言っている方が失礼かもしれない。

 それに乗らせてもらった方がいいだろう。

 

 軽く頭を振って頭を切り替える。


「うーん……。

 あとは一緒にいたいとか、別の人と一緒にいたら嫉妬してしまうとか……」

「……それは……ちょっとしっくりこなくて」

「え?そうですか?」


 その辺りは私も考えた。

 でも、嫉妬してしまうのも一緒にいたいのも恋愛だけじゃないと思う。


 友達だって、自分一人だけのけ者にされたら嫌だし、一緒に遊びに行きたくなるだろう。そういうものなんじゃないだろうか?


「それなら……エッ……いや、それはユースさんにはまだ早いですね。

 ごめんなさい。聞かなかったことにして下さい」

「……?」


 少し顔を赤くしているミーネさんに違和感を覚える。

 

 ……というか、私にはまだ早いって。

 これでももう三十歳くらいなんだけど。


「こほん。それはそれとして、私の話なんですが、一緒にいたら、なんとなくわかった気がしますね」

「……一緒にいたら?」


 ……本当にそんなことでわかるものなんだろうか?

 それなら二日に一度一緒に迷宮に潜っている私ならわかりそうなものだけど。


 ……いや、ルートとは関係ないけれど。

 というか私は恋とは何かについて考えているだけで、恋をしているわけじゃないし。


「迷宮以外でも一緒にいてみたらどうです?

 休みの日は別々に行動してますよね?」

「それは……まあ」


 確かにそうだ。

 最近はルートも忙しそうに錬金術の工房に籠っている。


「……」


 言われてみると、少し気になって来た。

 ルートが休日に何をしているのか。


「……」


 恋とは関係ない。ないけど……。

 一回くらいルートについて行ってみようかな。そう思った。

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