知らない建物は入りにくい
連続投稿三話目です
次の日、朝。
部屋に差し込んでくる光は明るく、窓から見える空は晴れ渡っていた。
いい天気だ。見ているだけで清々しく感じる。
思わず外を歩きたくなるような陽気。外からは人々のざわめきが聞こえていた。
「……」
そして、そんな暖かな陽気の中、私はベッドの中で毛布にくるまっている。
あの事件の後、移動した部屋のベッドはどこか違う匂いがした。
「……あぅーー」
思わず、そんな呻き声が漏れる。
頭まで被った毛布の中だからだろう。呻き声はくぐもって聞こえた。
「……はあ」
落ち込んでいる。
ベッドから出たくない。しばらくこのままこうしていたかった。
「……」
何があったかというと昨日のことだ。
いや、正確に言うと今日の夜が明ける前、になるだろうか。
「……うぅ」
あの時、爆発があった時、私は声を聴いて隣の部屋に入り、そして倒れている男性を発見し、ついでに治療した。
あの時は驚きとか焦燥感でとっさにしたんだけど。
……それが原因であんなことになるとは……。
「……あんな……目立って……」
治療をしたことはよかったと思ってる。
結果として男性の命が助かったことは確かだし、駆け付けた自警団の人にも治療したことを感謝された。
でも、問題はその後だ。
注目を浴びてしまった。この宿に泊まっている人と、自警団の人から。
「……私、変なことしてなかったかな」
たくさんの人に見られるなんて久しぶりで、とんでもないくらい緊張してしまった。
正直、何を言ったかよく覚えてない。多分テンパっていた。
「……」
つらい、何があったかわからなくてつらい。
もしかしたら変なことを言って、今頃宿中の人から笑われているかもしれない。つらい。
居酒屋に行った後、いつの間にか自分の部屋にいた時の焦燥感に似ている。
どうやって家に帰ったか全く覚えてないやつ。
「……あっあっあっ」
布団の中で、のたうち回った。
落ち込む。沼だ。沼の中に沈んでいく。
私にはきっかけがあるとどこまでも沈んでいく悪癖がある。その自覚があった。
根っからのマイナス思考で、引きこもり気質。ダメ人間だ。
今も正直、三日くらい部屋から出たくない。
こんなめんどくさい性格だから、いつまでたっても誰とも仲良くできないのだろう。
それはわかっているけど、自分じゃどうしようもなかった。
「…………はあ」
でも、今日ばかりは部屋に引きこもっている訳にはいかない。
仕方なくベッドから這い出る。
今日は自警団に顔を出すように言われているからだ。
つらいけど仕方ない。
昨日はあの後大騒ぎだった。
吹き飛んだ壁、破壊された家具。私の部屋の扉は歪んでいたし、クローゼットの中はほとんどの服が焦げたり千切れていた。
それに何より、あの爆発の原因が問題だったらしい。
自警団の人から、あれの原因は数年に一度有るか無いかの珍しい事故だと聞いた。
一万個に一個と言われる、ダンジョンから出た魔道具の不具合。
そして、運の悪いことにそれを引いてしまった人。
それが隣の部屋の彼だったらしい。
そう、昨日の事件の犯人は彼だったのだ!
……いや、まあ、なんとなく予想はしていたけど。
昨日のあの時、彼はあんな重傷を負いながら必死に私が無事か聞いていたわけで。関係が無いと思うほうが不思議だった。
「……はあ」
それで、これから自警団で彼の処遇について話し合うらしい。
犯罪者として捕まるのか、それとも賠償だけで済むのか。
刑期、店への賠償の金額、巻き込まれた私への補償、その他もろもろ。
そんなことを話し合うのだから、当事者の一人である私に声がかかるのも理解できる。
「……はあ」
嫌だなあと何度もため息をつきながら出かける準備をする。
着るのは昨日の爆発で唯一無事だった冒険用のローブだ。
他は大体ダメになった。
そうだ、自警団から帰ったらそれも何とかしないと。
やるべきことはどんどん積みあがっていく。
「……はあ」
服を頭からかぶり、軽く整えた後、鏡の前に立つ。
そこにいたのは一人の少女だった。
もう見慣れた顔の周りをボサボサの紫色の髪が飾り、側頭部からはくるりと回った角が生えている。頭からかぶった黒のローブは少し大きめで、私の首から下を完全に覆っていた。
「……」
鏡を見た感じ特に問題はない。かつてとの違いに少し違和感を覚えるが、いつも通りの姿だ。
つまり準備が出来てしまったので、もう出発するしかなかった。
「……しかたない、行こう」
昨日からのことを誰かに相談したいなあ……。
そうは思っても、できる人は当然いない。ぼっちの辛いところだった。
◆
知らない建物に入るとき、抵抗を覚えるのは私だけなのだろうか。
ふとそう思う。
知らない場所、そこを出入りする知らない人達。
流れるように動く人の流れは滑らかで、私のように立ち止まっている人は誰もいない。
少し離れたところからその様子を見ていると、私はこの場所にとって邪魔者でしかないのでは、という気がしてくる。
建物の正面にある大きな扉が、私という異物を防ぐ壁に見えてきた。
「……かえりたい」
何のことかというと自警団詰所のことだ。
地図を片手に何とかたどり着いたが、さっそく帰りたくなってきた。
自警団、それはつまり公的な機関であり、犯罪者や迷惑な人間を取り締まるための組織。
日本で言うと警察みたいなもの。
「……うぅ」
私はコミュ障なのだ。それでなくても知らないところに出入りしたくないのに、警察署とか近寄りたくなさが指数関数的に増加している。
帰っちゃだめだろうか、だめだろうなあ、でも嫌だなあ。
なんて、そんなことを考えながら玄関を見る。大きな両開きの扉はたまに開いたり閉じたりしながら私の前に立ちはだかっていた。
――と、その時だった。
「ん、君は。もう到着していたのか」
「……う、は、はい」
通りがかった人に声を掛けられた。
見ると、見覚えのある顔がこちらを見ている。昨日会った自警団の人だった。
鋭い目つき、鼻を横切る大きな傷跡、そして日光を照り返すスキンヘッド。
その怖すぎる顔は人の顔を覚えるのが苦手な私でも間違えない。
「昨日の件だろう?
そんなところに立っていないで中に入るといい」
「…………はい」
ここまで来たらもう逃げられない。
おとなしく後ろをついて中に入った。
おっかなびっくり自警団の人の後ろを歩く。
初めて入る詰所の中は余計な飾りが一切なく、機能性を重視している印象を受けた。
「君も今回は災難だったな。」
「……は、はい」
なんとか返事しつつ少し歩き、一つの部屋に通された。
机と椅子がいくつかあるだけの簡素な造りになっている。
その中には既に先客がいた。
「どうぞ、そこに座って」
引かれた椅子に座りながら、正面を見る。
机を挟んだ反対側には二人の男性が座っていた。
一人はさっきとは違う自警団の人。
そしてもう一人は――
「昨日は誠に申し訳ありませんでした。
そして治療してくださったこと、感謝の言葉しかありません」
「……い、いえ」
――昨日、隣の部屋に倒れていた彼だった。
きっと治療に問題はなかったのだろう。背筋を伸ばして座っていて、怪我をしているようには見えない。医療ミスとかしてなくて安心した。
「では、全員集まったので、さっそく始めよう」
自警団の人が口を開く。
最初に自分の所属や名前を語り、次に犯罪者の権利について、そして今回の件の状況について詳細な説明。
言葉の流れが日本でみたドラマと似ている気がして、こういうのはどこでも変わらないのかなあ、となんとなく思った。
「よって、被告に被害者への賠償を命じるものとする。
……異論は?」
「ありません」
ただ、テレビで見た日本の裁判とは違って、とてもスピーディーだ。
あっという間に話が進んでいく。私は口をはさむ必要もない。
……これ、私はいらなかったのでは?
当事者なのにそんな気さえしてきた。まあ楽なのでいいのだけど。
「よろしい。では今回の事故の賠償を告げる
賠償内容は――」
気が付いたらもう終わりだ。
あっさり終わってくれてホッとする。これならこの後買い物に行くこともできるかな――。
「――被告の、被害者に対する奴隷労働とする」
――――――え?
~記憶が消えた部分~
ユ「ボーンって、ボーンってしたんです!
ボーンって!」目ぐるぐる
自「うん、わかった。わかったから少し落ち着こう?」




