仲良くする理由
翌日、朝。
起き上がると窓から差し込んでくる光で目が眩んだ。
「……ん~~っ」
目を瞑ったまま背伸びをする。
全身の筋肉が伸びて少し気持ちいい。
「……っふぅ」
窓から目をそらしつつ、瞼を開ける。窓からの光は、部屋の半分くらいを満たしていた。太陽が低いところにある証拠だ。
……起きる時間を間違えたかな。
日の様子からして、多分まだ日が昇ったばかりだろう。
看板娘さんも来てないし、随分早く起きてしまったようだ。
今日はダンジョン探索も休みにする予定だから、早く起きる必要なんてなかったのに。
「……うーん」
昨日と今日で二日連続の休みだ。
お金に困っているわけじゃないし、たまには少しくらいゆっくりしたかった。
なので、今日は私もルートも予定はない。
二人とも自由に過ごすことになっていた。
「……看板娘さんは、違うみたいだけど」
きっと今日も朝から忙しく働いているんだろう。
家族経営の宿の仕事は大変そうで、ほとんど休みを取ってないように見える。
この前聞いたら、一日休めるのは月に一日あるかないからしい。
日本ならとんでもないブラック企業だ。
労基への通報待ったなしである。
「……」
……そう考えると、昨日は時間をとって貰って、申し訳ないような気がしてきた。
せっかくの休憩時間だったのに。
「……」
看板娘さんがいてくれて助かったことは間違いないから、ありがたかったけど……
……よかったんだろうか。
私だけでは服を選んだりできないし、着方とかもわからない。
現代日本の服のように、簡単に着れるようなものばかりじゃないのだ。特にちゃんとした高い服は。
昨日は、その辺りを看板娘さんが教えてくれて、本当に助かった。
――あの醜態は思い出さないものとして。
「……」
と、そこまで考えたところで、ふと疑問に思う。
どうして看板娘さんは私にここまで良くしてくれるんだろう。
今更かもしれないけど……気になって来た。
「……最初は、こんな感じじゃなかったよね?」
最初の頃は、色々教えてくれたけど、朝起こしに来てくれたりはしなかった。
ある程度慣れてからは、朝夕の挨拶をしてくれるくらいで……。
それが今みたいに親しくしてくれるようになったのは――。
――ルートが奴隷になってから?
そうだ、あの爆発の後、突然親しくしてくれるようになったから、当時はルートが何かしたのかな、なんて思ってて。
「……あ」
……そう思った時、一つの考えが上から降って来た。
日本にいたころ、物語の中でよく見た展開。
……もしかして、看板娘さんはルートのことが好きなのでは?
ルートが好きだから、主である私に近づいてきたのだ。
将を射んとする者はまず馬を射よ、みたいな。
狙っている人を攻略する前に、その友達から落としていく感じ。
「……」
ふと、昨日のことが頭をよぎる。
ルートと看板娘さんに挟まれて歩いていた私。
そして目の前を歩いていた子供もまた、両親に挟まれて歩いていた。
それを見て私は何と思った?
ちょっと似ているな……なんて思ったはずだ。
「……」
それはつまり……あの二人が夫婦のように見えたということで……。
同年代位の二人。若くて、健康的で、社交的でついでに容姿まで整っている。
これはもう、お似合いと言ってもいいのでは?
「……ど、どうしよう」
その答えにたどり着くと、なんだか変な感じになって来た。
どういうわけか心臓がバクバクとして、全く落ち着いてくれない。
「……えっと、えっと」
立ち上がって、部屋の中をうろうろする。
胸の辺りがギュッとする。心臓が締め付けられるような感覚。
「……うぅ」
……でも、考えれば考えるほどそれっぽい感じがしてくる。
最初の頃を思い出すと、看板娘さんとルートは普通にお互いのことを知っているみたいだった。
元々ルートはこの宿に泊まっていたみたいだから、顔見知りでもおかしくないのかもしれないけど、それでもだ。二人とも気安い感じ。
……もしかしたら、二人はもともと良い関係だったんじゃ?
そのことに思い至ると、脳が勝手に二人が手を繋いで歩いているところを想像し始める。
「……うぅぅ」
……どうしようもないくらいお似合いだった。
文化祭とかなら、ベストカップルとして表章されそうな感じ。
二人は目立つところでみんなから祝福されていて、私は隅の方に一人で立っている。
誰からも見られず、誰にも気づかれない。
「……うぅぅぅぅぅ」
胸が苦しい。なんでだろう。
よくわからないけど、信じられないくらい胸が苦しかった。
「……でも」
そうやって苦しむ私の後ろに、冷静に考えている私もいる。
その私は、やっぱりね、なんて頷いていた。
だって、私は駄目な人間だ。
コミュニケーション一つまともに取れない。友達も恋人もいたことが無くて。
そんな私に近づくのなら、当然それなりの目的があるはずだったから。
「……」
苦しさに耐えられなくて、ベッドの上に蹲る。
膝を抱えて、額を押し当てた。
――と。
コンコン、という音が部屋に響く。
ここ数カ月で聞きなれて来た音。
「おはようございます。ユースさん、起きてますか?」
看板娘さんだった。




