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置いてけぼりにも種類がある


 私一人だけ、置いてけぼりになったことがある。

 職場の休憩室。同僚の皆が集まる場所で。


 皆が理解している話題。でも私は知らない話題。

 皆は楽しそうに笑っていて、私だけが理解できていなかった。


 何の話をしているのか知りたかった。

 でも私に話に割って入るようなこと出来るはずもなくて。

 

 ……結局、愛想笑いを浮かべて隅の方に座っていた。


 そんな、なんてことのない昔の話。



 ◆


 

 塔を見た後、ルートに誘われて町を歩くことになった。

 人の波をかき分けるように歩いたり、目についた店を冷かしたり。


 最初に誘われたときは、人酔いしそうだとか、知らない店に入るのは抵抗がある――とか思ったけど、意外と何とかなって、その事に驚く。


 それぞれルートが先導してくれたり、説明してくれたりしたからだ。

 ルートは私を楽しませようと気を使ってくれていた。


「ここから少し外れた店なんですけど、ユース様に会いたいそうなので、行ってみませんか?」

「……え、私に?」


 そして、ルートがそんなことを言い出したのは、一通り目につくところに行って、ベンチで一段落している時だった。

 ルートが出店のジュースを片手に私を見ている。


「ええ、先日集めた染料を覚えてますか?

 それを納入した店がぜひお礼を、ということでして」

「……ああ」


 そういえば少し前、ダンジョンに染料を採りに行ったんだった。

 たしか、ルートに高く売れるからどうかと誘われた記憶がある。

 

「……」


 正直に言うと、あまり嬉しくない案件だ。


 知らない人と話すなんて、コミュ障にはそれだけで辛い。

 もし嫌われてしまったら……と、どうしても考えてしまう。


 好かれるのは難しくても、嫌われるのは簡単だ。

 嫌われるくらいなら、最初から関わらないほうがいいとさえ思う。


 ……ルートが隣にいてくれても、染みついたボッチ根性はそのままだ。

 そんなに簡単に変わるようなものでもないのだろう。


 ――でも。


「……その、行ってみようかな」

「本当ですか?先方も喜ぶと思います」


 ベンチの上、重なった手のひらに暖かい感触が伝わってくる。

 さっきより少し強い力で私の手が握られていた。


「……」

 

 あまり嬉しくない提案ではあったけど。

 ……少し、寄り道したい気分だった。



 ◆



 少し歩いてたどり着いた店は、路地裏にある小さな洋服店だった。

 カランカランという音を立てて扉を開くと、中は至る所に飾られた服で埋まっている。


「いらっしゃいませー、あら、ルートさんでしたか」

「お疲れ様です。今日は先日話していた件で来ました」


 中に入ると、すぐに妙齢のお姉さんが出て来た。

 なんだかルートと親し気な感じだ。


「まあ、では後ろにいるお嬢さんが……?」

「はい。僕の主です」


 お姉さんの視線が私に向く。

 思わず隠れそうになって――ルートと手が繋がっていた。


「初めまして。私はこの店を経営しているものです」

「……は、初めまして」


 見られると思わず逃げたくなるのは、コミュ障の(さが)だった。

 しかし、声を掛けられては諦めるしかない。


 見たところ、嫌な感じは無い人だ。

 ニコニコと笑顔を浮かべていて、穏やかな雰囲気がする。


「先日はありがとうございました。

 少し厄介な注文が来ていて……あの染料でないと駄目だったんです」

「……そ、そうなんですか」 


 困る。

 お礼を言われてもどう返したらいいのかわからない。


 私はルートから聞いて取りに行っただけだ。

 良いことをしたという自覚もない。


「そうなんです。あれのおかげで本当に助かりました。

 それで、ぜひお礼をさせて頂きたくて」


 お姉さんが棚に手を伸ばし、包みを一つ抜き取る。

 そして私の前で開くと、中から綺麗に染められた藍色の布が出てきた。


「余った布で作ったスカーフです。よかったらどうぞ」


 ……え?スカーフ?


「よろしいのですか?」

「ええ、今回は随分と無理を聞いてもらいましたので。

 せめてものお礼です」

 

 いや、お礼と言われても……。

 スカーフなんてもらってもどうしていいかわからない。


 これまでの人生でスカーフを使った場面なんてなかった。

 こちらに来る前は男だったから当然だけど。

 

「長さはこれくらいで――」

「いいのではないでしょうか――」


 混乱する私をよそに、ルートとお姉さんが話をしている。

 私が知らない間にすべてが決まってしまいそうだった。


「では、それで。またお願いします」

「いい取引が出来ました。こちらこそまたお願いします」


 というか、もう決まっていた。

 完全に置いてけぼりな感じだ。私の事のはずなのに、私が知らないうちに決まっている。


 この感覚、少し覚えがあった。

 昔、職場で感じていた感覚と似ている。


 話題から取り残される私。

 隅で笑っていることしかできなかったあのころ。


 ……ただ。

 でも、一つだけ、あの時とは違うことがひとつあって――


「どうでしょうか。ユース様にぴったりだと思うんですが」

「……えっと」


 ――今回は、私が話の中心だ。

 理解はできてなくても、私のことを話している。


「……」


 手元にある布……スカーフは私に合わせて調整されたものらしい。


「……いいんじゃないかな」

「ええ、きっとユース様に似合うと思います」


 スカーフの良し悪しなんて私にはわからない。

 でも、ルートやお姉さんが私のことを想って考えてくれているのは分かったから。


 ……少し、いや、だいぶ嬉しかった。


 

 ◆


 

 帰り道。

 手に包みを抱えながら、道を歩く。


「……」


 何かあったわけじゃない。

 特に問題はなく、私の腕の中に納まっている。


 でも、何故かちらちらと見てしまう私がいた。

 

「……良いもの、なんだよね」


 ルートに聞こえないくらいの声でつぶやく。

 手の中にあるこのスカーフは話を聞いて限りだと、随分と高いもののようだった。


 と、なると、付けないともったいないんだけど……。

 あいにく、当然のことながら私はスカーフの使い方なんて知らなかった。


「……」


 わからない。帰り道の間ずっと考えているけど分からない。

 

「看板娘さんに聞いてみようかな」


 だから、知っていそうな人に聞くことを決める。

 適材適所。私のような半端社会人でも知っている、大事なことだった。


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