手を繋ぐということ
食事後、二人並んで宿屋を出た。
笑顔で手を振ってくれる看板娘さんを背に、通りを歩く。
「塔に行くには、まず中心街の大通りに出ます」
「……うん」
中心街には、私は行ったことがない。
東京を思わせる人の波は、コミュ障には辛すぎるものだ。
前を見ても横を見ても人、人、人。
ついでにこの体になって背も縮んだので、上も人になった。
普通にしていたらまっすぐ歩くのも難しいかもしれない。
足だって何度踏まれたことか。
「大丈夫です。僕が案内します」
「うん」
……少し楽しみだ。
興味がなかったわけではないし。
「……」
隣に並んで歩き始める。
横に並んで、距離は五十センチもないくらい。
少し、この距離感が新鮮だった。
ここ最近、こういう感じで歩くことが増えたと思う。
少し前までは……普段は私が前を歩いていた。
そして、道が分からないときや、道が悪い時などはルートに先導してもらっていた形になる。
だから、一緒に並んでというのは、あまり慣れてなくて――
――でも、なんだか嬉しかった。
よく分からないけれど、油断したら頬が緩みそうな、そんな不思議な感じ。
「……」
そうやって二人で並んで歩いていると、段々人の数が増えてくる。
きっと中心部が近づいているんだろう。
「……う」
まずい、ルートを見失いそうだ。
少しでも離れたら、知らない人がルートとの間に入ってくる。
ルートは背が高いので今は大丈夫だけど、それだっていつまでかは分からない。そして一度でも離れたら合流は難しいだろうと思う。
「ユース様」
「……?」
ルートの声に顔を上げる。
すると、ルートが私の目の前に手を差し出していた。
「よかったらどうぞ」
「……え」
私に向けられた手。
今の私よりも大きく、そして所々に豆ができた男性の手だ。
……これはもしかして、手を繋ごうということなんだろうか?
「……」
顔を上げると、そこには優しい顔をしたルートがいる。
その表情は、私の考えを肯定してくれているような気がした。
「……その」
混乱する。
そんなのいつ以来だろうか?
小学校のフォークダンスの時?
それ以降は記憶に全くない。
「……えっと」
恐る恐る手を伸ばす。
そして、ルートの手に重ねた。
……温かい。
「……」
手に力を入れると、ルートの方も握ってくれる。
じんわりと、体温が私に伝わってくる感覚。
「行きましょうか」
「……う、うん」
本当に温かい。
驚くほどに温かくて、胸の辺りまで温かくなる。
「……」
地面に足をつけて歩いているのに、なんだかふわふわしてる気がする。
どうしてここまで心を動かされるのか不思議なくらいだった。
……ただ、手を繋いでるだけのはずなのに。
「……おかーさーん!手つなごー!」
人ごみの中、少し前を歩いている子供がそんなことを言う。
それに隣を歩いているお母さんは、仕方ないわねえ、なんて言って笑って。
そういえば、私はあんな風にしてもらったこと――
「ユース様?」
――と、ルートの声に意識を引き戻される。
顔を向けると、ルートが私を見ていた。
「着きましたよ。ここが塔です」
「あ……もう着いたの?」
気が付いたら目の前に大きな石の壁があった。
ぼうっとしている間に着いていたらしい。
「……」
見上げると、石の壁だと思ったものは、随分と高いところまで続いている。
多くの人が集まる広場の真ん中。
そこには、昔見た東京タワーを思い起こさせる大きな塔が立っていた。
「この塔はこの国の初代国王が建てたものだと言われています。
今から数百年前、一人の冒険者だった初代国王は、この街の迷宮を攻略し、手に入れた莫大な財宝でこの国を建国しました」
ルートが説明してくれる声が聞こえる。
でも、申し訳ないけれど、その声は右から左へと抜けていってしまった。
……だって、それよりも大事なことがあるから。
握られた手から伝わる熱は、今も私の右手を温めていて、不思議なくらい心地いい。
全身がポカポカしてきて、なんだか汗が出てきそうだった。
「……!」
ふと、不安になる。
繋いだ手が汗で濡れている気がした。
どうしよう、ルートも気持ち悪いとか思ってるんじゃないだろうか。
解いて手のひらを拭きたい衝動に襲われる。
でも、逆にずっとこうしていたいという思いもあって。
「……」
「どうかしましたか?」
「え……その……」
ちらりと見上げると、ルートは優しい顔でこちらを見ていた。
大丈夫なんだろうか?大丈夫であってほしい。
「疲れましたか?」
「え……いや、そうじゃ、なくて」
ルートが話を中断して心配してくれる。
でも、それは違う。私は疲れてなんかない。むしろ頭の中はどんどん熱くなっている。
「……その」
なんだか悪いことをした気がする。
さっきはルートがせっかく話してくれてたのに、全然聞いてなかった。
心配してくれるのが嬉しくて、話を聞いてなかったから申し訳ない。
謝るべきな気がして、お礼を言うべきな気もする。
そんな二つの感情が私の中でぶつかっていて。
……なんだか、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。




