下を向いてると何も見えない
今日から三章を開始します
二十二話から三十話まで書き上がっているので、一日一話の連続投稿になります
ある日、なんとなく顔を上げて驚いたことがある。
知っているはずの道、毎日通っているところ。
そんな場所を歩いていたはずなのに、目の前に知らない店が現れたからだ。
新しくできた店だろうか?
首を傾げながら、そう思い、眼を動かして店を観察した。
『……?』
しかし大きな看板は少し薄汚れていて。
昨日や今日できたものではないとすぐにわかった。
どういうことなのだろうと、首を回し、周囲を見渡す。
と、そこで気付いた。
隣にある店が、知っているものよりも古くなっている気がする。
その隣にある店は、看板が新しくなっていた。
『……』
知っているはずのものが別のものに変わっている。
でも、別に異世界に迷い込んだとかではなくて、真っ当に年を重ねている気がした。
『……ああ、そうか』
理解する。
別に世界がいきなり変わったわけでも、私の記憶がおかしいわけでもない。
……ただ、下を向いて歩いてたから、見えていなかったんだ、と。
◆
「……あれ、なんだろう?」
朝。まだ日がまだ低い場所にあるころ。
なんとなく目を覚ましたので、ベッドから起き上がり、窓を開け――
――口からそんな呟きが漏れた。
「……?
あんなの、あったっけ?」
雨上がりの朝。
夏が近づき、最近増えて来た雨の匂いがする中で首を傾げる
都市の……多分真ん中あたりだろうか。
そこに大きな塔が立っていた。
「……?」
とても目立つ塔だ。
キラキラと雨を反射して光り輝いている。
しかし、記憶の中にあの塔はなくて――。
◆
「あの塔ですか?
この迷宮都市では有名な観光名所ですよね」
――朝食の時、ルートに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
「……前からあったの?」
「……?
ええ、百年前にはあったはずですが」
百年前……そんなに……。
となると、私が気付いてなかっただけだ。
覚えのある話だった。
いつも俯いて歩いて、部屋のカーテンも開けないからそうなる。
日本にいたころにもあった話。
足元ばかり見ているからだ。前を向かないと周りが見えないのに。
「……」
考えてみれば、私はこの迷宮都市について何も知らない。
迷宮の場所は知っているし、冒険者ギルドの場所も知っている。
宿の場所と、図書館と近くの店の場所くらいは知っている。
……でもそれ以外は何も知らない。
私の知っている場所はこの街の百分の一にも満たない区画でしかなかった。
場所だけじゃなく、都市の歴史や名産品、観光名所など、そういうものも。
記憶が抜けたように何も知らない。
……というか、迷宮都市って名前じゃないよね?
通称と言うか……都市の機能を表しているだけだ。
多分だけど、もっとちゃんとした名前もあるんじゃないだろうか?
「……」
自分が何も知ろうとしていなかったことに驚く。
図書館があるんだから調べる手段なんていくらでもあっただろうに。
……多分、余裕がなかったからだ。
私自身に、外のことを見るだけの余裕がなかった。
自分の事だけでいっぱいいっぱいで……。
「……う」
なんだか落ち込んできた。
もうすぐこの都市に来て八カ月が経つ。
それなのにこの有様は色々まずいんじゃないだろうか。
なんというか、普通の大人なら知っているようなことだし……。
「一緒に行ってみますか?」
「……え?」
と、そんなことを考えていると、ルートの声がした。
顔を上げてみてみると、私をいつもの笑顔で見ている。
「今日は休みですし、町を見て回るのもいいんじゃないでしょうか?
僕が案内しますよ?」
「え、と」
興味はある。
一緒に行くのがルートなら、きっと楽しめるだろうとは思うし。
町の中心部なんて人通りが多い場所、私一人なら近づかないだろう。
でも一人なら近づきにくいところでも、二人なら大丈夫。
私一人で行ったら、遠くから塔を見て帰ることになるだろうけど、ルートが一緒ならきっと中に入ることだってできるはずだ。
……でも。
「……その、いいの?
ルートもしたいこととか……」
突然そんなことを言って、ルートは予定とか無かったんだろうか?
ルートはなんだか最近忙しそうにしている。
休日は事前に予定が入ってない限り、外で錬金術を使って色々しているようだった。
たまにポーションとか薬草の匂いがしてるので多分、例のポーション不足のために色々してるんだろうと思う。
……ちなみに、錬金設備に関しては、この前の薬草採取の後、もらったお金を半分渡したのでそれを使ったらしい。
「大丈夫です。そもそも僕はユース様の奴隷ですから」
……まあ、それは確かにそうか。
でも、私としては奴隷だからといって、そこまで無理を言うつもりもないので、それはそれで問題だ。
いつの間にか不満が溜まっていて……みたいなのは一番困るのだ。
距離が近いから、優しいからと言って、何も気遣いをしないでいいわけがない。
むしろ逆だ。
一番近いからこそ、大切にしたいからこそ、気を遣わなければならない。
「それに、約束しましたからね」
「……?」
ルートの声にいつの間にか下がっていた顔を上げる。
……約束?
「僕はユース様を大切にすると言いましたから。
ユース様のことを何よりも優先させていただきます」
「……あ、う……」
……優しい顔でそんなことを言われたら……照れる……。
頬が熱い。多分顔は赤くなっている。
言い方が大げさだと思う。
いきなりそんなことを言われると、どうしていいかわからない。
「……じゃ、じゃあ、その
……お願いしていい?」
「はい」
でも……なんだかとても嬉しかった。




