お茶は、なんだか少し甘かった
それから数日が経った。
あれからも私とルートは何度か薬草を取りに森へ行っている。
『では、薬草を摘みに行ってきます』
『……うん、私はここで花を見ているね』
ルートが薬草を積んでいる間、私は椅子に座って花畑を眺めることにした。
確かめたかったからだ。花に囲まれて、それでも私は辛くならないかを。
『……きれいだなぁ』
結果として、私はちゃんと花の美しさを楽しむことが出来ていた。
ルートと花冠のおかげだろう。
『……よかった』
だからと言うわけではないが、あの花冠は宿の壁に飾ることにした。
魔法のおかげで日に当たっても劣化しない。魔法様様だった。
大切だから、きちんと大切にしている。
少し恥ずかしいけれど、看板娘さんが言っていたように。
◆
最初は途方もないことのように思えても、少しずつ進めていたら終わりは見えてくる。
なんだってそうなんだろう。終わらない仕事はない。万が一あれば、それは計画自体が破綻しているのだと思う。
「この度は誠にありがとうございました。
この感謝、いくら伝えても伝えきれません」
そう言って目の前で頭を下げるのは、いつか宿の入り口でルートと会話していた男性だった。ルートに薬草が足りないと言っていた人になる。
あれからしばらく経ち、必要だという薬草がやっと集まった。
早速、町に戻ることになり、最後にお礼を言いに来たらしい。
最初は町一つ分とか無理なんじゃないかと思っていたけれど、二週間くらい隔日で通っていたら、なんとかなったようだ。
「いつか町に来ることがありましたら、ぜひ我が商会にお越しください。
出来る限りの歓待をさせて頂きます」
「……はい。そのときは」
ぺこぺこと頭を下げる男性を見送り、ルートと一緒に部屋に戻った。
色々と、なんとかなって安心する。
「……はあ」
……しかし、知らない人と会話して疲れた。
精神的疲労で、椅子に倒れるように座る。
「どうぞ」
「……ありがとう」
ルートがお茶を入れてくれる。
白い湯気が立っているそれを両手で受け取った。
「ユース様。今回は本当にありがとうございました。僕からもお礼を言わせてください」
「……ああ、うん」
ルートのお礼も何度目だろうか。
この二週間で聞き飽きてきた気もする。探索に行く度、帰る度に言われているわけだし。
「……もういいよ」
「いえ、それでは気が済みません。何か僕に出来ることはないでしょうか?」
何かできること?
「もちろん、僕が奴隷である以上、ユース様の命に従うのは当然のことです。
しかし、それでも、あなた様のために何かしたいのです」
「……えっと」
……いきなりそんなことを言われても困ってしまう。
特にしてほしいことなんてないし。
というか、正直に言うと、今回の件については十分お礼をもらった気になっているのだ。
あの時、ルートが花冠の手伝いをしてくれたことで、私は十分だと思う。
「……これまで通りでいいよ」
今のままでいいと思う。
これまでと同じ日々が続くのなら、それが良かった。
「……そうですか?」
ルートが少し不満そうな、悲しそうな顔をしているが、それ以上に言えることはない。
「……」
……ああでも。
いつの間にか、ルートがいるのが当たり前になっていたな、と思う。
ほんの二カ月くらい前までは私は一人だったのに。
誰とも話さず、誰とも関われずにいたのに。
気が付いたらルートがいて、看板娘さんにも話しかけてもらえるようになった。おはようも、お休みも言わない日がないくらい。
最初こそ戸惑ったものの、ルートはいい人で、私みたいな陰キャでも辛くない日々を送れている。
最近あった良いことは、大体ルートが関わっていた。
「……」
……そうか。
ルートに何かできることは無いか、と聞かれて何もなかったのは、もう十分満たされているからだった。
「……えっと、ね」
「ユース様?」
だから、そう思ったから、不思議そうな顔をしているルートに伝えようと思った。
これからも仲良くしてほしい、と。
「……う」
でも、そこでなんとなく思う。
仲良くって、奴隷と主に使う言葉じゃないかもしれない。
私とルートは一応、主と奴隷で、私は上に立っている。
そんな関係で仲良く、ってなんだかおかしい気がした。
なんというか、仲良くしろよ?みたいな。
そんな感じで威圧的なものを感じるというか……。
……私の感覚がおかしいのだろうか?
「……えっと」
だからほかの言葉を探す。
もっといい言葉はないだろうか?
仲良くではなくて、尊敬はもっと違う。
尽くしてほしい、はニュアンスが違う気がするし……。
「……あ」
と、そこで一つの言葉が浮かんだ。
最近印象的だった言葉。看板娘さんの言葉だ。
「……ルート」
「はい、なんでしょう」
ルートの顔を見る。
「私ね……大切にしてほしい」
「……え?」
その言葉が口から出たとき、ストン、と言う音が聞こえた気がした。
ぴったりと嵌まり込むような音。
ああ、そうだ。
私は大切にしてもらいたかったんだ。
これまで言葉にはできなかったけど。
きっとそれは、ずっと求めていたものだった。
「……うん」
ちゃんと挨拶してほしくて、話しかけてほしかった。
困っていたら助けてほしかったし、蹲っていたら手を差し伸べて欲しかった。
傍にいてほしい、私のことを優先してほしい、そう思っていて。
でも、私には傍にいてくれる人なんていなかった。
普通の人なら当たり前のように持っているのかもしれないもの。
けれど、私は持ってなかったもの。
家族にすら見捨てられた私には誰もいなくて。
そんな私はいつだって一人で歩いていた。
きっとそれは自業自得なことであって、誰かを責めるつもりはない。
そうなった理由は、多分私にあったのだと思う。
……でも、そんな私でもルートは傍にいてくれたから。
私を見てくれて、困った時に笑いかけてくれたから。
だから。だからこそ。
これからも、同じように大切にしてほしいと思う。
「大切に……ですか?」
「……うん、大切にしてほしい」
やっとわかった。
ルートに教えてもらえるのが楽しかったのはルートが私のことを見てくれていたからだ。
当たり前のように私の相手をしてくれるのが嬉しかった。
いつの間にか、今の生活が、私にとって大切なものとなっていたことに気付く。
奇跡のような偶然から生まれたこの縁が、これ以上ないほどに大切なものになっていたことに。
……だから、それが分かったから。
大切だから、大切にしたい。
看板娘さんに教えてもらったこと。
「……だめかなぁ?」
……もちろん、ルートに強要することはできないけれど。
もし嫌なら仕方ないと思う。
……とても悲しいけれど、仕方ないことだ。
「いえ!……いいえ、駄目だなんて、そんなことは」
「……本当?嫌なら無理しなくていいよ?」
無理に押し付けても、どうせ傷つくことになる。
後でそれを知ってしまったら、もう立ち直れないかもしれない。
ルートの顔を伺う。
もし嫌そうな顔をしていたら、撤回しようとも思って。
……でも、私を見るルートの顔はいつもの表情だった。
優しくて、穏やかな笑顔。
「わかりました。……僕は、ユース様のことを大切にします。
……これから、ずっと」
「……ありがとう」
その言葉が嬉しい。
胸が暖かくて、頬も熱くなってきた。
照れくさくて、手に持ったカップを口に近づける。
「……えへ」
啜ったお茶は、苦いはずなのになんだか少しだけ甘かった。
これで二章は終わりです。
三章はまだ書けてないので、しばらく時間をもらうことになります。
出来れば七月には更新したいですね




