大切なものは大切にするべき
今まで、特別なもの、というのを持っていなかったように思う。
大量生産、大量消費社会の日本では、一つ壊れたら次の物を買うことが多い。
わざわざ直して使ったりはしないし、壊れてないのに新しいものを買うことだってざらにあった。
となると、特別なものとは、よほどの思い入れが無いと成立しないことになる。
大切な記念だから、とか、大切な人にもらったプレゼントだから、とか。そういうやつだ。
そして私には当然そんな思い出なんてなくて、卒業アルバムだって黒歴史の塊でしかない。今もきっと押入れの奥底に封印されているはずだった。
引っ越しの日には小さなトランクが一つだけ。
それが今までの私の当たり前、と言うやつで――。
◆
――そんな私にも、少し特別なものができたかもしれない。
「……」
自らの手に乗ったものを見る。鮮やかな色をした、輪っか状のもの。
花冠。昨日、花畑で作ったものだ。
「……えへ」
広げた両手の上に置いて、のんびり眺める。それだけでどこか満たされる私がいた。
不思議なことに、いつまで見ていても飽きない。
昨日の夜から、事あるごとにこれをのぞき込んでいる私がいる。
もしかしたら、頻繁に触るとダメになるかもしれないと思ったので、その対策に保存用の魔法もかけてあった。
「……」
鏡の前に移動して、頭に乗せてみる。
頭に花冠が乗った少女がニコニコしながらこちらを見ていた。
幼い顔立ちの少女は、子供らしくかわいらしい笑顔を浮かべていて――。
――ん?あれ?
なんかおかしくないだろうか。
目の前にあるのは鏡で、という事は当然映っているのは私なわけで。
……それが、子供らしくてかわいい?
「……っあ」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
私は何をしてるんだろう。頭が冷えて冷静になっていく。
「……」
……考えてみれば、私最近子供っぽくない?
髪とか花冠とか、そういうものに無邪気に喜んでた気がする。
それは、元の私――三十歳くらいの社会人だったころなら絶対にしないようなことだ。
どちらかと言うと、今現在の十代前半の少女の行動に近い。
「……うぅ」
……恥ずかしい。
途端にこれまでの行動が恥ずかしくなってきた。
大人には大人らしい行動というものがある。
態度や格好、言葉遣い。それらは年を取るごとに変わっていくべきものだ。
いつまでも子供のままではいられないのである。
大人がランドセルに短パンを履いて歩いてたら大変でしょ?という話だ。
「……」
考えてみると、花冠に魔法をかけたのはやりすぎだったかもしれない。
ただ普通に飾るぐらいが、大人として正しい行動の気がする。
普通に扱って、普通に飾って。
そしてそのうち…………枯れることになる。
「……」
……胸がずくんと痛んだ。
……それは、嫌かもしれない。
「…………ん?」
扉からノックの音が聞こえた。
最近聞きなれて来た、コンコンという音。
「……あ」
看板娘さんだ。
きっといつものように起こしに来てくれたのだろう。
すぐに返答しようとし――気付いた。
この花冠、どうしよう。
見られたら、私がわざわざ魔法をかけていることもわかってしまう。
「……えっと、えっと」
急いで隠そうとして、あたりを見渡す。
しかしちょうどいい場所は無くて、あたふたすることしか出来ない。
「……あ、あっ!?」
挙句の果てに慌てすぎてこけてしまった。
床に花冠が転がる。
「ユースさん?どうかしたんですか?」
私の声を聴いたからか、看板娘さんが部屋に入ってくる。
そして、床に転がった花冠は、縦に転がっていき、看板娘さんの足元で止まった。
「……これは……?」
「あっ……」
見られてしまった。
◆
そしてしばらく後、私はいつかのように看板娘さんに髪を梳いてもらっていた。
「……でも、なんで隠そうとしたんですか?
あの花冠、綺麗にできてたと思うんですけれど」
「……う」
なんでと聞かれると困る。
いろいろな理由が混ざっていて、一概に言えない。
……その中で、強いて言うなら、恥ずかしかったからだろうか?
「その、花冠とか子供っぽいし……」
年相応の行動をしたかったというのが一番の理由だ。
自分が人から変な目で見られていると思うと辛くなる。
「そんなことないと思いますよ?
花は何歳になってもいいものです。魔法をかけるとずっと綺麗ですし」
それは……確かにそうかもしれない。
でも、それとこれとは違う気がして――。
「花冠、いいと思いますけどね。大切なものなんでしょう?」
「……」
大切か、と聞かれれば、きっとそうなんだろう。
そうでなければ枯れることを想像して胸が痛くなったりしない。
「……うん」
あの花冠のおかげで、少し人生が楽になった気がする。
思い出したくない記憶が、一つ薄れたのは確かだった。
「だったら、恥ずかしいなんて言ってないで大切にしないと。
……いいですか?今からいうことはお姉さんからのアドバイスです。」
「……え、うん」
え、お姉さん? と言葉に驚いていると、看板娘さんが髪を梳いていた手を止めて私の前に来た。
そして人差し指を立てて、これは大事!と強調してくる。
「ユースさん、大切なものは、大切にしないとだめです。
そうしないと……いつか後悔しちゃいますから」
「……」
その言葉は、どこか切実な響きが感じられた。
看板娘さんの顔にも、いつもの笑顔の中に別の感情が混ざっている気がする。
「……うん」
「……考えてみてくださいね?」
大切なものを大切にする、か。
確かに、私は花冠を大切にできてなかったかもしれない。
恥ずかしいからと隠そうとしたり、慌てて粗雑に扱って床を転がしたり。
もっとちゃんとした扱いがあるはずだった。
「……」
……大切、かあ。
その言葉が、妙に頭に残っていた。




