嫌な思い出は忘れられない……はず
ちょっと長めです
嫌な思い出というものは、いつまでたっても消えないものだ。
そう思う。
時間が解決してくれる?
……確かに、表面上はそうかもしれない。
でも実は、それはまだ中心の方ではそのまま残っていて、少しでもきっかけがあれば蘇り、私の精神を苛んできたりする。
蘇ってきたら、歩くのが辛くなってしまって。
その場でうずくまって、しばらくは何もしたくなくなってしまう。
そういうものだ。
少なくても私にとってはそういうものだった。
だからいつの間にか。
私は嫌なことを思い出す場所には近づかないようになった。
……忘れていたいからだ。
◆
いつもより多く魔力を込めて――砲弾状にして――撃つ。
森の一角が吹き飛び、蜘蛛の魔物が甲高い叫び声を上げた。
「……うわぁ」
遠くで巨大な蜘蛛が消滅していく。
胴体だけで二メートルはありそうな感じに見えた。
……とても気持ち悪い。
驚くくらい気持ち悪いが、逃げるわけにもいかないのが辛いところだった。
「……」
迷彩色で、音を立てずに移動出来て、猛毒を持っていて、だめ押しに大きいとかね……。
これを作った存在はどれだけ悪趣味なのだろう?
「……はあ」
空を見ると、木の葉越しに明るい日が見えた。
外は快晴。
こんなにじめじめした森の中じゃなく、日の下にいられたらどれほどいいだろうかと考えてしまう。
薬草採取初日。
私とルートは、早速イースの森に来ていた。
今は蜘蛛を倒しつつ、道をふさぐ木の枝を切り払いながら進んでいるところになる。
私の少し先ではルートが鉈で道を切り開いていて、ばっさばっさという音が辺りに響いていた。
「……なんでこんなに道が悪いの……?」
獣道すらろくにない。
ルートが頑張ってくれても服に木や草が絡みついてくる。
「おそらく、この森に入る人がいないからでしょう」
「……どうして?」
薬草がたくさん採れるはずだけど……?
それなら、採りに来る人がいそうな気もする。
売却額は安いとはいえ、数が集まれば違うだろうし、花畑にある花だって売れるだろう。
迷宮の中の花は、綺麗に採取できれば、いい値段で売れると聞いた。
「蜘蛛がいるからですね。あれは一階層では最強の魔物の一つに数えられています。」
「……ああ」
……なるほど。あれのせいか。
たしかに言われてみればわかる。
そもそも迷彩色、しかも森の中という時点で最悪だ。
多分、まともに発見することさえできないのだろう。
……普通は私みたいに探知用の魔法は使えないだろうし。
探知用の魔法は難しいのだ。
少なくとも火の矢を飛ばす魔法とは比べ物にならない。
「ふっ」
「……」
ルートの声が聞こえる。
鉈を振るうときの、鋭い声。
……しかし、道を切り開くのも大変だ。
数歩に一歩くらいはルートが鉈を振っている。
魔法で切り開くことが出来たらと思うけど……。
最初に失敗して木が何本か倒れてしまったので、ルートがすることになった。
木をよけて草や枝だけ魔法で切るのは大変だ。
道を開くためには、一度や二度でなく進んでいる間ずっと使う必要がある。
正直、とてもじゃないが集中力が続かなかった。
「はっ」
「……」
幸いなのはこれを見越したルートが火属性の鉈を用意していたことか。
ルートが錬金術でエンチャントした鉈らしく、それを使えば見た目ほどは大変じゃないらしい。
……しかし、この調子で本当にたどり着けるのだろうか?
少し不安になりながらルートの後ろを歩いて行った。
◆
心配とは裏腹に、昼前には目的地に着いた。
森は危険度が高い代わりに、距離自体はそんなにないらしい。
イースの森と言われる区画の面積のうち、森に当たるのは大体半分くらい。
外延部だけなので、名称が間違っているのでは、という意見もあるとルートが言っていた。
「……」
そして、森を抜けた先にあるのはそれまでとは全く違う光景だった。
地面には視界を埋め尽くすように生えた色とりどりの花。
足の踏み場もないように広がるそれは、まるで絨毯のようだった。
花畑の中には大きな木が所々生えていて、それが生み出す木陰と差し込む日の光が綺麗なコントラストを描いている。
ところどころ淡く光っているのは薬草だろうか。
木陰の花を幻想的に照らしていて、それがさらに花畑を魅力的にしていた。
「……きれいだ」
……そう、頭では思うんだけど。
驚くほどに綺麗だということは理解できるんだけど。
……胸のあたりがズキリとする。
思い出したくない記憶が蘇ってくる。
「……はぁ」
目を閉じ、ルートが用意してくれた椅子の上で足を抱えた。
彼は今、薬草採取に勤しんでいるので傍にはいない。
昼過ぎには帰ってきますと言って花畑の中に入っていった。
……昼過ぎか。
あと何時間だろう。
「……」
ルートが帰ってくるまでこの花畑の中で一人ぼっちだ。
右を見ても左を見ても花の中。
それは幼い日の光景によく似ていて――
――胸が、痛い。
「……はぁ」
何度目かのため息をつく。
なんとなく嫌になってきて、椅子の上から足を振り下ろした。
「……あっ」
カツン、と言う音。
足の下にあった大きな石が弾かれて飛ぶ。
どういう力が働いたのだろうか。
勢いよく飛んで行った石が花に当たり、数本の花が折れ曲がった。
「あぁ……」
立ち上がり、近づく。
屈みこんで花を見ると、根元から完全に折れているようだった。
……多分、これはもう駄目だろう。
可哀想なことをしてしまった。
――可哀想な、花たちね――
「……っ」
嫌な声が聞こえる。
かつての母親の声。私の記憶の中の言葉。
ボロボロの花と綺麗に編まれた花冠。
「……」
……気にする必要なんてない。
どうせ昔の言葉だ。そもそも、その言葉自体、訳が分からないだろう。
どうして上手く花冠に出来なかった花が可哀想なのか。
そもそも、可哀想というのなら、摘まれた時点で可哀想だし、その後綺麗に編まれようが、捨てられようが花は気にしないだろう。
花は一つの生物として立派に生きているだけで、綺麗なのも虫を誘うため。
悲しいと思う感情すらないし、仮にあったとしてもその基準は人間とは違うだろう。
だからきっと、可哀想だと思うこと自体、人間のエゴだ。
そうに決まってる。
「……」
それに、いい年して花がどうとか考えるべきじゃない。
昔のことなんて忘れるべきだ。
普通に生きていても、気付かず花や草をつぶしてしまった経験くらい、誰にでもあるだろう。普通の人はそんなこと気にしない。
「……っ」
……だから。
あの時、あの言葉で。
私がどれくらい衝撃を受けたとしても、悲しかったとしても。
……もう忘れるべきなのだ。
「……」
なんとなく手を伸ばし、折れてしまった花に触れる。
そして、折れたところから花を摘み取った。
一つ、二つ、三つ。
全部で十本になった。一つの石が思ったより多くの花に当たっていたようだ。
「……確か……」
なんとなく、重ねてみる。
かつての記憶を呼び起こし、花をより合わせてみた。
……でもそこから先に手は動かない。
作り方なんて覚えているわけがなかった。
「……」
……私は何をしているのか。
こんなことをしても意味はない。ついさっき確認したことなのに。
花は摘まれた時点で可哀想なのだ。花冠にしたって変わらない。
「……はぁ」
ため息をつく。
自分の馬鹿さが嫌になりそうだった。
と――。
「ユース様、戻りました」
「……え、ルート?」
声に振り返ると、そこにはルートがいた。
背中には大きな荷物が背負われていて、きっとそれが集めた薬草なのだろう。
「ありがとうございました。無事に集められました」
「……あ、うん、それは、よかった」
もうそんなに時間が経っていたんだ……。
落ち込んでいたからか、感覚がなかった。
「……じゃあ、帰ろうか」
用が済んだら、もう帰るだけだ。
急いで帰った方が蜘蛛に襲われる可能性も減るだろう。
置いていた荷物を片手にとる。
……手の中のこの花は……どうしよう?
「おや、それは……花冠ですか?」
「え、うん……
……あ」
質問され、とっさに返事をする。
つい肯定してしまった。
「時間はありますし、作ってから帰りますか?」
「……いや、いいよ。……作り方もわからないし」
気を使ってくれるのは嬉しいけど、いくら時間をもらっても私じゃ作れない。
そもそも、考えてみれば恥ずかしい話だ。
いい年して花冠を作っていたなんて。子供じゃないんだから。
「僕が知ってますから、教えますよ?」
「……え?」
しかし、ルートはそう言って私に笑いかけた。
そして驚く私を椅子に誘導する。
「大丈夫です、僕はこういうの得意でしたから」
「え、あ、うん」
よく状況が理解できない私の手に、ルートの手が触れる。
そして、私の手を握り、誘導するように動かし始めた。
「こうやって……こうです。横向きに重ねて、一回転して。
一本一本を巻き付けていくんです」
「……え、こう?」
「そうです、その調子です」
「……うん」
一本一本より合わせていく。
作業自体は単純で、それほど難しくない。
もっと難しいと思ってたんだけど……。
小さい子供だったから誤解していたのかもしれない。
「……これでいいの?」
「はい、綺麗にできてます」
複数の種類の花をより合わせるので花と花の間隔を間違えそうになる。
でもそのたびにルートが修正してくれた。
「それで、最後に両端を重ねて……隙間に茎を通すんです」
「……うん」
「それで最後に何カ所か結んで……完成です」
「……」
できた。
私の手の中に完成品がある。
綺麗に編まれた花冠。
色とりどりの花が、可愛らしくその花弁を咲かせていた。
「……」
あの時とは違って、綺麗にできた花冠がある。
私には作れないと思っていたそれが、あっさりと出来ていた。
いい匂いがする。
何種類か混ざった、花のいい香りだ。
「……」
……どうしてだろう。
それを見ていると胸の内から何かがこみ上げてきそうになった。
「……」
三角帽を外し、椅子の上に置く。
そして、花冠を手に取って、頭に置いた。
何故そうしたのかはわからない。
でも、胸の中が何だか変で、そうしたくなったのだ。
訳が分からないけど、そうせずにはいられなかった。
「……どう?」
「とても可愛らしいと思いますよ」
ルートが優しく笑いながら言う。
可愛いという感想は別に嬉しくない。私はもう大人なのだ。そのはずだ。
可愛いなんて言葉よりもっとふさわしい言葉があるはずで、むしろ似合ってませんよ、とかのほうが年齢にはあっているかもしれない。
「……」
でも、そのはずなのに。
自然と口角が緩んでしまう。
「……えへ、えへへへ」
少し目が熱い。目の前がぼやけそうになる。
……なんだか、どうしようもないくらいに。
すごく、嬉しかった。




