何故か楽しかった
ダンジョンと言えば、外とは隔離された空間というイメージがあった。
空間を超えるゲートでつながり、空には偽物の太陽が浮かぶ。
いくら広くても空間には限りがあり、何日か歩けば端が見えてくる閉じられた空間だ。
だから最初、私が自然界とは関係が無いと考えたのも無理はないと思う。
……しかし、実際はと言うと――
◆
リュート平原と言えば、ダンジョンの中でも上級者向けだとして有名な地点だ。
敵が強く、しかし、貴重な素材が山ほど眠っているので、戦闘能力と知識さえあればいくらでも稼げる場所。
しかし、その両方を持っている人はほとんどいないために上級者向けになっている場所だ。
「この実が何だかわかりますか?」
ルートが私に手を差し出しながら言う。
彼の手の中にあるのは、トゲトゲとした形が特徴的な緑色の実だ。
「……?」
見てみるが、私の記憶の中には当てはまるものはない。
おとなしく首を横に振った。
「小説でも出てきたものですよ。結構大事な場面でした」
「……うーん」
ヒントをもらっても思い当たる節はない。
……トゲトゲの実……そういえば一つあったような……?
言われてみればあった気がする。リュート平原で素材集めの競争をしていたシーンだ。売却額が一番少ない奴は罰ゲームだ……みたいなノリだった。
たくさんの実が紹介されていたし、その中にもとげとげにもはあった気がするけど……。
その実は確か紅い塗料になるものだったはずだ。ここにあるのは緑色の実。似ていないように見える。
「……えっと」
しかし、それしか思いつかなかったので、ルートにそれを伝える。
物語の中と違って、間違っても罰ゲームはない。
「はい、正解です。
この実はこのままでは使えませんが、潰してここに用意した酢につけると……」
「色が変わった……」
ルートが実を木製の水筒のようなものに入れると、その中が真っ赤に染まった。それは小説で書かれていた紅色に似ている。
「この塗料で書いたものはよく布になじみ、そうそう落ちません。
あの小説でもこれを使って旗に紋章を書いたりしていましたね?」
「……へー!」
「そういう用途で使われるため、この実は高く売れます。
今の季節……春にしか生りませんのでなおさらですね」
春にだけ生る実、か……。
……そう、この世界では、ダンジョンの中にも季節があるのだ。
春は色々なものが顔を出し、夏は太陽が身を焦がす。
秋は色鮮やかに彩られ、冬は雪の下に隠れ潜む。
気温も天気も、季節ごとに違う。
それぞれ異なる姿を見ることができた。
日本を思い出すようなはっきりとした四季だ。
一体だれが、どんな存在がここを作ったのかはわからないけれど、ダンジョンの建築者は、きっと四季が大好きだったのだろう。
「このリュート平原は季節ごとに採取できるものが大きく変わる場所の一つです。
それぞれの季節にやってくると、きっと新しい素材に出会えますよ」
「うん」
しかし、こうして学ぶのも楽しいと思う。
新しいもの、新しい知識。それを知るのはとても心が躍る。
不思議だった。学校で学ぶのはまったく楽しくなかったのに、この差は何なのだろうと思えてくる。
「さて、次は……おや、この植物は……
ユース様、この葉っぱを見てください。」
「うん」
……しかし、詳しいなあ。
さっきから話し続けているが、全く話のネタが尽きない。
錬金術師だからだろうか?
こういう素材を集めて錬金しているイメージがあった。
もしかしたら、私の奴隷になる前は、こういう場所に来て素材集めをしていたのかもしれない。
昔やったゲームを思い出す。朝素材を集め、昼に錬金し、夕方に納品する。
そんなゲームが、私も好きだった。
「……」
その辺りが気になるけど、聞き辛い。
奴隷に向かって、奴隷になる前の生活を語らせるとか、結構酷い気がするし。
郷愁の念をかき立てておいて、でも奴隷にはその場に帰ることができないのだ。
主だからと言って、何でも聞いていいはずがない。
下手なことを言ったら信頼なんて簡単に崩れるだろう。
いつだってそうだ。
信頼は築くのは大変でも、崩れるのは一瞬なのだから。
◆
「そういえば、イースの森にはいかないんですか?」
「……?」
一通り、素材を集め終わった後。
休憩にと木陰に腰を下ろしている途中、ルートにそんなことを聞かれた。
私の手には、淹れてくれたお茶が湯気を立てていて、柑橘系を思わせるいい香りがしている。
ただ、少し熱いので、まだ飲めないけど。
「……イースの森?」
ルートの言葉に首を傾げる。イースの森と言えば、確か聖地の一つだったはずだ。
特殊なモンスターが出ることが有名で、中心部には大きな花畑があるという。
……そう、花畑が。
「……えっと、とりあえず行くつもりはないかな。
あそこは大きな蜘蛛が出るらしいし」
目をそらし、お茶に息を吹きかけながら、そう口にする。
九割がたは違う理由が原因だけど、それもまた理由の一つだ。
イースの森は大きな気持ち悪い蜘蛛が出ることが有名で、人気がない場所だ。
とりあえずそれで誤魔化せるだろう。
……一番の理由は違うんだけど。
私は花畑が苦手だ。……昔のことを思い出すから。
「……そうですか」
「……?」
少し、違和感を感じた。
何だろうと顔を上げてルートを見ると、いつもの顔をしている。
……まあ、いいか。
わからないということは大したことじゃないんだろう。
そう思い、誤魔化すように手元のコップに口をつける。
そしてカップを傾け――
「――熱っ」
……まだ少し熱かったようだ。
ルートの優しい顔が、少し恥ずかしかった。




