そろそろ一カ月が経ちました
今日から二章を開始します。
二章分は書き終わってるので十四話から二十一話まで連続投稿です
子供の頃、花冠が作りたかった。
まだ小学校に上がったばかりの頃、家族旅行で花畑に寄った時のことだ。
一面に広がる花畑の横。
ぽつんと建てられたコテージで花冠を作るための教室をしていた。
私と兄が並んで座り、コテージの壁に貼られたポスターが指導役。
後ろから両親が私たちの手元をのぞき込んでいた。
『頑張ってね』
『うん!』
『……うん』
母が頑張れと応援し、兄がそれに元気に答える。
その後に私が小さい声で返事をした。
知っていた。
母が応援していたのは兄で、私じゃないことを。
視線が向いているのは兄だけで、私のことは見ていないことを。
『完成だー!』
『わあ、綺麗にできたわね』
『……』
作っていたのは、多分一時間くらいだろうか。
そのとき、机に並んでいたものは二つ。
きれいに作られた花冠と、ボロボロになった花の山。
母は頭に乗せてはしゃぐ兄をひとしきり褒めた後、私の手元を見て言った。
『可哀想な花たちね』
◆
そんな夢を見た。
かつての記憶、思い出したくもない、日本にいた時の家族の夢だ。
「……」
鬱だ。
朝一番からどうしてこんな気持ちにならないといけないのだろう。
不幸を呪いたい……と思ったものの、何に呪えばいいのかわからなかった。
幸運の神様か?しかしこの世界には私の知る神様はいない。
「……はあ」
ため息を吐きながら体を起こし――
――また寝ころんだ。
……もういいや。今日は寝て過ごそう。
ダンジョンに潜る予定もないし、誰にも迷惑は掛からない。
いやな夢のせいで力が出ない。
こういう日は何をやってもダメなので、何もしないほうがいいのだ。
「……ふぅ」
たまにはこういう日もあっていいだろう。
重い体を蠢かせて布団をかぶる。
「……おやすみなさい」
いつだって布団は柔らかく、私に優しかった。
――と。
コンコンというノックの音が響いた。
「ユースさん、起きてますか?
もう朝ですよ」
看板娘さんの声だ。大人の女性の、柔らかい声。
……声を掛けに来てくれたのか。
少し前から、看板娘さんはこうして朝声をかけてくれるようになった。
理由はわからない。多分ルートじゃないかとは思うけれど。
「は、はい」
寝るつもりだったが、返事をしないわけにもいかない。
慌てて飛び起きて、居住まいをただす。
頭に手をやると、硬い角の感触と、飛び跳ねた髪の感触がした。
寝癖が付いている。軽く手櫛で押さえつけた。
「入りますね。
……あ、まだ寝てたんですか?駄目ですよ、もうお日様は登っています」
「……う、はい……」
め、っと怒られる。
こうして話をするようになって分かったことだが、看板娘さんは規則正しい生活を信仰しているようだった。
休日でもある程度早く起きるのは当たり前とのこと。
私のようなダメ人間には厳しすぎる信仰である。
……ただ、厳しいのは事実だけど。
……こうして声をかけてもらえるのは嬉しい。
「……ご、ごめんなさい」
二つの意味を込めて、謝った。
手間をかけさせたことと、手間をかけてくれたのを喜んでいることに。
「いえいえ、じゃあ起きて朝ご飯を食べましょう?
ここにいたらまた寝てしまいそうですし」
「……うん」
こういう関係は普通じゃないんだろうな、と思う。
普通の宿屋の従業員は客を起こしに来たりしないだろうし、怒られたりもしない。
かまってもらって嬉しくなったりもしないだろう。
まあ、では何なのかと考えても私にはわからないんだけど。
「さ、行きましょう」
「……うん」
看板娘さんに促されるままに部屋を出て、階段を降りた。
一階に降りたら、そのままカウンターを横切って食堂に入る。
「おや、ユース様、おはようございます」
「……ルート」
食堂に入るとルートがいた。
手に持った新聞を閉じ、立ち上がって椅子を引いてくれる。
椅子に座りながらルートを見ると、穏やかな顔で私を見ていた。
いつもの顔だ。優しい笑顔。
ルートと私。主と奴隷。
普通じゃないと言えば、この関係だってそうだ。
町で見た奴隷はもっと恨めしい顔をしているし、汚い恰好をしている。
「……うーん」
「どうかされましたか?」
「……え、いや、なんでも……」
考え事をしていたら気づかないうちに声が漏れていた。
少し恥ずかしい。独り言を言うなんて、ちょっと油断してるのかもしれなかった。
「……」
……まあ、考えてみれば、普通と言っても他の奴隷だって一人一人違うだろう。
すべての奴隷が同じ扱いを受けているわけがない。奴隷のマニュアルなんて存在しないのだから。
職場環境はそれぞれ違う。
それはこの世界の奴隷も日本の会社も同じなのだと思う。
……ちなみに私が元居た会社はアットホームなところだった。
個人的には違う気もするが、求人票にそう書かれていたのできっとそうなのだ。
◆
最近は朝食後にその日の予定やダンジョンのことを話すのが習慣になった。
お茶を飲みながら話すと、舌が少しよく回る気がして良いと思う。
「ユース様、明日の探索なのですが」
「うん」
ルートが地図を出し、それを見ながら予定を話す。
もう何度も繰り返した光景だ。ルートが私の下に来て、そろそろ一カ月になる。
色々鈍い私も彼がいる日常に段々慣れて来た。
もうタメ口だって普通に話せる。最初のようにつっかえることなんてない。
初めは特別だったことも、時間が経てば日常になっていく。
永遠に特別なものなど、きっとないのだ。
「明日の探索はリュート平原のはずでしたよね?
ちょうど面白いものが見れる季節ですし、きっと楽しめると思います」
「うん」
……私とルートの関係はきっと普通じゃない。
でも、今の関係はどこか心地よかった。




