遊びに行くというのは、仲のいい人と出かけること
この話は本日二話目になります
驚くほどパッチリと目が覚めた。
清々しい朝だ。これほどすっきりとした朝はいつぶりだろうかと思う。
「……んっ」
ベッドから降りて背伸びをする。
体が伸びる感覚がして気持ちいい。筋肉痛も無いみたいだった。
昨日は久しぶりに体を強く動かしたからどうなるかと思っていたけれど、心配する必要はなかったみたいだ。
「……っふう」
しかし、本当に気持ちがいい朝だ。
運動したからか、昨晩は寝つきもよかったし。
頭もはっきりだ。心が晴れやかに感じる。
……思い返せば、心から笑ったのは久しぶりだったかもしれない。
「……ふふ」
思い出し笑いが漏れる。
昨日のことを思い出すだけで、なんだか楽しい気持ちになれた。
「……」
なんとなく、ルートのことが気になってくる。
彼は今何をしているんだろうか。私みたいに昨日のことを思い出していたりするんだろうか。
「……あれ?」
……でも、昨日のことを思い出しているうちに、一つ疑問に思う。
私は昨日楽しかった。そう思った。
……でも、彼は?
「……えっと」
楽しかった気持ちが消えて、嫌な気持ちがあふれてくる。
もしかして、彼は楽しくなかったんじゃないか。
…………楽しかったのは、私だけなんじゃ……?
不安が心から湧き出してくる。足元がふらつくような気がした。
「……う」
落ち着かなくなってきて、用意もそこそこに部屋から出る。
そわそわする。ゆっくりしていられない。
「……」
そうだ。そもそも考えてみると、あれは水練だったのだ。
魔道具を使った水上歩行訓練。
水練、練習、訓練。
それは本来楽しみながらするようなものではないのでは?
私は楽しんでいたけれど、彼は私のサポートをしていただけで、楽しくなんてなかったのかもしれない。
「……う」
なんだかズンとお腹の方が重くなる。
胸が苦しくて仕方ない。
「……うぅ」
それに加え、私は主だ。要するに上司。
上司と一緒に訓練して楽しいとか、普通はない気がする。
もしかしたら、仲が良い人同士なら上下関係があっても楽しいのかもしれないけれど。
でも、私はあれだけやらかしているし、好かれる理由がない。それどころか嫌われているかもしれない。
…………だから、彼が楽しくなかった可能性はとても高い。
「……」
……まあでも、よく考えてみるとそんなの慣れっこだ。
これまで私が人と仲良くなれたことなんてないし、両親だって私のことを嫌っていた。いつものこと。同じことが起きただけ。
「……ぐすっ」
……そのはずなのに、いつもと同じなのに、今日はいつもとは違ってなんだかとても辛かった。とても不思議だ。いつものことなのに。
……鼻の奥がツンとする。目の奥に違和感も。
「……」
力があまり入らない足を動かして階段を下りる。
特に意識はしてないけれど、足は勝手にいつも通り食堂に向かっていた。
……何か食べよう。
そうしたら元気が出るかもしれない。
「……はあ」
ため息を吐きつつ、食堂の扉を開けた。
中には人が結構な人数いる。時計を見ると、丁度朝食の時間だった。
「ユース様、朝食ですか?」
「っ、ルート」
声に振り向くと、ルートがいた。
朝食を食べていたのだろう。机の上に食べかけの料理と新聞が置かれている。
「どうぞ」
「……え、うん」
勧められるままに引かれた椅子に座った。
ルートの向かいの席。お互いの顔が見える場所。
「ユース様、目が赤いようですが」
「……え、いや、その、欠伸したから」
慌てて誤魔化す。
あなたのことで泣いてましたなんて言えない。
「……」
目を軽くこすり、恐る恐る彼を覗き込む。
いつもの穏やかな顔をしてこちらを見ていた。
……私ではその表情から何も読み取れない。
昨日のことについてどう思っているのか知りたくて観察したけれど、私にそんなことができるはずがなかった。
「はーい。ユースさん、朝食です。どうぞー」
その時、テーブルに料理が運ばれてきた。
持ってきたのは看板娘さんだ。
机の上に料理が並べられる。
そしてすべてを並べ終えた後、お盆を胸に抱えて、言った。
「はい、じゃあごゆっくり。
……あ、そうです。昨日湖に遊びに行ったんですよね?どうでした?」
……え?
驚く。予想外の言葉だった。
いきなり質問されたことにも驚いたけど、それ以上に気になる言葉があった。
……遊びに行った?
確かに昨日は湖に行ったけど。あれは水練だったんじゃ。
……え、あれって遊びに行ってたの?
「いやいや、違うよ、あれは水練だから」
ルートが聞きなれない口調で否定する。
やっぱりそうだ。あれは水練だったんだ。……驚いた。
「あら?でも水練って遊びみたいなものなんですよね?
うちのお客さんみんなそう言ってますよ?」
えっ。
「……まあ、そういう一面もあるけどね」
否定しないの!?
……ということは、あれは本当に遊びに行ってた?
そんな、知らなかった。あれは遊びだったのか。
え、私、誰かと遊びに行くの初めてだ。生まれて初めて。
誰かを誘ったこともないし、誰かに誘われたこともない。
……知らないうちに、人生で初めて遊びに行ってた?
脳の中でトロフィーが顔を出す。パンパカパーン。実績達成。初めて人と遊びに行く。
「私、水遊びってしたことないんですよ。
どうでした?楽しかったです?」
「ああ、うん、楽しかったよ」
楽しかったの!?
そんな、てっきり楽しくなかったとばかり……。
驚きすぎて心臓がバクバクする。
顔が熱い。熱くて仕方ない。
もしかして風邪を引いたんだろうか。そういえば昨日水の中に落ちてたし。
……いや、違う。
自分を誤魔化すのは止めよう。
顔が熱いのは嬉しいからだ。
嬉しいから、顔も熱いし、口元もにやける。
私は今、ルートが楽しかったと言ってくれたことが嬉しくて仕方ない。
「ね、ね、次はどこ行くんですか?」
「いや、次って……昨日行ったばかりだよ?
そんなにずっと遊んでいられないって」
……また遊びって言った。
じゃあやっぱりあれは遊びに行ってたんだ。
遊びに行くということ、それは私の認識では親しい人と出かけることだ。
嫌いな人と出かけることを遊びに行くとは言わないと思う。
……なんだか落ち着かない。
「あら?そんなこと言って。
ね、ユースさんは行きたくないですか?」
彼女の視線がこちらを向いた。
胸がポカポカする。
なんだか体がうずうずして、でもそれが嫌じゃない。
だから、私は――。
「……うん」
その質問に、そう答えたのだ。
これで一章は終了です
二章はまだ書き上がってないので、次の更新はしばらく後になりますが、できるだけ早く更新したいと思っています。
目標は六月上旬ですね。




