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諦めは肝心――のはずだけど

この話は本日一話目です


 諦めるというのは大事なことだ。

 私みたいなのが人間社会で生きる上で一番大事なこととも言えるだろう。


 手の届かないものに手を伸ばしても辛いだけ。

 無理に頑張っても周りから笑われるだけになる。


 そして笑われながら学ぶのだ。

 最初から諦めたほうがよかったのに、と。


 人生というのはそういう諦めで満ちている。

 失敗して傷つくくらいなら、初めから何もしないほうがいいのだ。

 


 ◆



 次の日、私とルートはダンジョンの中を歩いていた。

 目的地は昨日話していたストライド湖。目的はまだわからない。


「……」


 ルートの背中には普段はない大きな荷物が括られている。

 見た感じ、丁度人を縛り付けることが出来そうだ。


 ……まさか、不出来な主を抹殺するために本当に湖に沈める気……?

 魔人族といえども、溺れれば死ぬしかない。うまいこと気絶させて沈めれば命は無いだろう。


「……」


 ……まあ、さすがにないか。

 というか無いと信じたい。


 これだけやらかした後だし、好かれてはないと思うけど……もしかしたら嫌われてるかもしれないけど……殺意を持つほどは嫌われてない……はずだ。


 ルートはなんだかんだでこれまでちゃんと働いてくれてたし、普段からやさしい感じだった。嫌そうな顔なんてなかった。

 それが実は油断させるためで、裏では殺意を持っていた――とか言われたら人間不信になりそうだ。


「……」


 などと考えているうちに、目的地が見えてくる。

 平野と森の境界にある大きな湖。ストライド湖だ。


 ダンジョン一階層でもトップクラスに大きくて、そして魔物の数が少ない安全な湖でもある。

 物語の中では水上歩行の練習をしていた場所で、珍しく批判がないシーンだった。


 この世界の水上歩行は、忍者が足に履く水蜘蛛をもう少しスタイリッシュにしたような物だ。魔道具化によってかなり使いやすくなり、小型化もされているが、練習が必要なことに変わりはない。


「……」


 湖に近づいていくと水上に人がちらほらいる。

 多分、歩行の練習をしている人だ。迷宮内でも水上を歩く機会は多く、安全な湖で訓練が行われると聞く。


 最初に聞いたときはなぜ迷宮の外で練習しないのか、とも思ったけれど、水練ができるほど大きい湖なんて迷宮都市近郊では一つもないらしい。


 あの小説のシーンでも叩かれないのは、実際に今でも同じことが行われているからなのだろう。必要だから許されているのだ。


「……」


 遠くから練習している人たちの声が聞こえてくる。

 楽しそうな声だ。時折笑い声も響いていた。


 ……まあ、こんな練習、私には必要ないんだけど。

 私の水上歩行の魔法は、あの魔道具の完全上位互換だ。練習の必要なんてない。


 

 ◆



 しばらくして、目的地に到着した。


 着くなり、ルートが少し待っていてくださいと離れていったので、休憩がてら湖のほとりの木陰に座る。湖の近くだからか、気温が低くて涼しい。


「……何人かいる」


 少し離れたところでちらほらと練習していた。

 人も多いし、これなら沈められることはないだろう。


「……」


 遠目に練習風景を見ていると、あの小説でもこんな感じだったのかなあ……なんて思う。


 転倒して水しぶきを上げたり、競争したりしてる。

 笑っている声と悔しがる声。陽キャだ。私とは違う生き物。


 ちょっと楽しそうだな、と思った。

 ……まあ、陰キャの私には必要ないことだけど。


 私の趣味は、聖地を訪れて想像することであって、実際にすることではないし。

 彼らには彼らの、私には私のすることがある。

 

「お待たせしました」


 声が聞こえて振り向く。ルートだ。

 何をしていたんだろうと疑問に思い……驚いた。


「……え?」


 ルートが持っていたのは水上歩行の魔道具だった。

 それも二つ。両手に持っている。


「これ、やってみませんか?」

「……え、えっと」


 少し混乱する。

 驚いている。予想外だ。


「小説ゆかりの地を巡るのも楽しいでしょうけど、実際にやってみるのも楽しいですよ」

「……えっと」


 実際にやる?私が?


 確かに、ちょっと楽しそうだなとは思ったけど。

 私は水上歩行の魔法使えるし……。


 別にやる必要はないと思う。


 ……それにほら、そういうのはこう、私みたいなのがやることじゃない気がするし。

 なんていうか、ああいう、わいわいしてる感じのは陽キャがやることみたいな気が……。

 

 多分、私がやったって笑われるだけだ。

 運動神経もないし、体育の授業では失敗ばかりだったし。


 みっともないというか……指さしてバカにされそうというか……。

 陰キャが騒いでるよ……みたいな……。


「……うまくできないよ」

「初めは誰だってそうですよ。大丈夫です、僕がサポートします」


 でも……。

 私の趣味は聖地巡りをすることであって……。


「やってみましょう?」

「……」


 ……やらないほうがいいと思う。

 下手だったら威厳も無くなるし……いや、それはもうズタボロなんだっけ……。


「……」


 でも私みたいなのが無理にやっても空気を悪くする気がするし……。

 それでみんなに嫌がられて、笑われて、傷つくことになるし……昔そういうことがあったし……高校の文化祭で……。 


 ……人生は諦めが肝心で、傷つくくらいなら何もやらないほうがいいのだ。

 笑われたくなければ無難に生きなければならない。陽キャには陽キャの住む場所、陰キャに陰キャの住む場所がある。


「……」


 ……でも、楽しそうだな。


 少し離れたところで今も笑っている人たちがいる。

 そういうのを見ていると、昔諦めたはずのものが、もう一度うずく気がした。


 彼らは楽しそうで、キラキラしているように見える。

 当たり前のように笑いあって、私のように陰気な顔はしていない。


 ……うらやましいな、と少しそう思った。

 

「……えっと」

「はい」


 でも……それでも抵抗がある。


 本当にいいんだろうか?私がそんなことをして笑われないだろか?

 私は傷つくのが怖い。


 ……でも、思い返してみると。

 ……これまでルートは私がどれだけやらかしても笑うことはなかった気がする。


「…………………………うん」

 

 いろいろ悩んで、どうすればいいかわからなかったけれど。

 ……結局、私は頷いた。



 ◆



 それから、魔道具をつけて水辺に移動した。

 水辺でゴクリとつばを飲み込む。

 

「は、はなさないでね……」

「はい」


 ルートと手をつなぎながら水上に一歩踏み出す。

 魔道具で固定されているはずの水面は、それでも不安定だった。


「あわわわわ」


 ふらふらする。

 姿勢を保てず、前のめりになった。腰だけ突き出ているような感じ。


「た、た、倒れ」

「大丈夫です、支えています」


 耐えられず、ルートに縋りつく。

 

「あ、あ、あ、だめだめ」

「体幹を意識してください、上半身を固定するといいですよ」


 ルートは私の体重を掛けられても、倒れるどころか平気な顔をしていて、少し安心した。


 ◆



「ま、前に進めない」


 しばらくして何とかバランスをとれた。

 でも全然上手く動けない。

 

「……動けない」

「歩くんじゃなく、最初は滑るように移動するといいですよ」


 そう言われても足が動かない。

 バランスをとる形で足が固定されている。


「じゃあ、ちょっと引っ張ってみますね。前に進む感覚を覚えましょう」

「……え、まって、むり、あ、あ、あ」


 しばらく引っ張られてようやく足を崩すことができた。



 ◆



「あ、倒れ……あっ」


 少しずつ滑っている途中、バシャリと水に倒れる。

 ついに転倒してしまった。


「大丈夫ですか!?すぐに引き上げます!」

「……っけほっけほっ」


 ルートに抱え上げられ、水上に上がる。

 まあ、泳げるから問題ないけど……少し水を飲んでしまった。


「……けほっ……びしょびしょだ」


 全身濡れて、服が体に張り付いている。

 こういうのは魔人族の障壁でも防いでくれない。まあ、もし障壁が水をはじくようなら、お風呂に入れなくなるし、当然ではある。


「……けほっ」

「すみません、支えるのが遅れました。

 すぐに陸に上がりましょう」


 服が重くて、体が動かしにくい。

 それでも顔を動かして上を見ると、ルートが必死な顔をして私をのぞき込んでいた。


 いつも穏やかな顔をしたルートがそんな顔でこちらを見ている。

 そんなに慌てることなんてないのに。


「大丈夫です、すぐに陸に着きますから」

「……えっと」


 口調が少し早い。いつものゆったりした感じじゃない。

 焦ってる?


 それにもしかしたら励まされているのかもしれない。

 もうすぐだから心配しないでって。大丈夫だよって。

 

 でも、別にすぐ引き上げてもらったし、苦しくもなかった。

 現にこうしてルートの顔を見て考える余裕もある。


 ……心配いらないんだけどなあ。


「……」


 ……なんだか、私とルートの認識に差があるな、と思った。


「……えへ」

「ユース様?」

「えへ……へへ……」


 そう思ったら、何故かおかしくなってきた。

 どうしたんだろう?何か変なスイッチでも入ったんだろうか?


「えへへ……」

「……大丈夫なんですか?」

「うん……えへへ」

「…………はあ」


 笑っている私と違って、ルートは安心したように大きく息を吐いた。

 そしていつもの笑顔に戻る。


「じゃあ、陸に上がって、乾燥の魔法をかけてもらいましょう」

「……魔法?それなら大丈夫、私も使えるから」


 自分と、私を抱えているルートの腕に魔法をかける。

 後で知ったが、岸辺にいる専用の魔法使いに頼めば、服を乾かしてもらえるらしかった。

 


 ◆



 それから。

 しばらく練習をした後、湖を離れてダンジョンを出た。

 

 ……なんというか、失敗だらけだったな、と思う。


 全然上手くできなかったし、最後まで普通に歩けるようにならなかった。

 みっともなく何度も転倒したし、通りがかった人に笑われたりもした。


 やっぱり私はどんくさい。

 それは今でも変わってない。日本にいた時と同じだ。


 でも……どうしてだろう。

 上手くできなかったのに、笑われたのに、何故か落ち込んでいない自分がいた。

 

「もう少しで宿です。頑張りましょう」


 迷宮から宿へと向かう帰り道。

 夕陽が出ていて、道が茜色に染まっていた。


 疲れてへとへとで、歩くのもしんどいくらい。

 こんなに疲れたのなんていつ以来だろうか。

 精神的に疲れることは多くても、肉体的に疲れることなんてあまりなかった。


 ……でも、とても足が重いけれど――


「……ルート」

「なんですか?」

「…………その」


 ――楽しかったと、そう素直にそう思えたのだ。


十話の後、色々語った時


ユース「……でね、こうして現地に来て、あの小説を思い出すと私もその場にいる気分になれて…………いや、別に混ざりたいってわけじゃなくて……私みたいなのが混ざったって空気が悪くなるし……」

ルート (……なるほど、混ざりたいのか……)

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