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嘘をついてみた


「……えっと……多分……こっち?」

「地図を見せていただけますか?

 ……ああ、こちらですね。合っています」


 地図読むというのは、日本ならそれほど特別な技能ではないように思う。

 しかしそれは、舗装され区画整理された日本での話であって、そこから一歩出て山などに行けば話は別だ。


 地図に載っていない獣道、草で隠された本当の道、もしコンパスが壊れれば遭難するしかないような深い森の中。

 そんな場所で地図を読めるというのは特殊技能に他ならない。


 そして、それはもちろん異世界のダンジョンでも言えることだった。


「……その、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。お役に立てて何よりです」


 図書館で不意打ちのような遭遇をしてから一夜明け、私たちはダンジョンに来ていた。


 まったく、地図を読むのは本当に難しい。

 森の中だとどれくらい歩いたかすぐにわからなくなる。


 これまでも何度か森に入ったことはあるけど、迷わずにたどり着けたことなんて一度もない。それどころか自力で歩いて目的地に着けたこともない。


 私が毎回なんだかんだで目的地にたどり着けているのも、最後は魔法で空を飛ぶという反則技があるからだった。それが無かったら多分遭難している。


 しかし、今回はそんなことをしなくてもよさそうだ。

 なんと、ルートは地図が読めるらしい。とても有能だ。


「……じゃ、じゃあいこう」

「はい」


 ルートを伴って、目的地への道を歩く。

 今回の目的地は、前々から行こうと思っていた聖地のひとつだ。


「ユース様、ここから足元がぬかるんできますので注意してください」

「……あ、ありがとう」


 ……今回の探索でそこに向かう理由はルートには説明していない。

 地図を持ってきて、ここに行く、と言っただけだ。


 少し後ろめたい気もするが、仕方ないことだと思う。

 やっぱり、聖地巡りをしているなんて、言えるはずがないのだから。


 私はルートに呆れられたくない。

 呆れるということはマイナス評価をしているということで、それはいつ嫌悪感につながってもおかしくないということ。


 その二つの負の感情は親戚同士だ。

 呆れは見下しにつながり、見下しは嫌悪につながる。


 それは私の経験上、確かなことだった。 


 ……まあ、同好の士だから大丈夫なのでは――などとも思ったが、やっぱり難しいと思う。

 たとえ、あの本が好きだと言っていたとしても、それはあくまで本の話だ。本で読むのと実際に歩いて回るのでは話が違う。


 スカイダイビングのカメラの映像が好きなのと、実際にするのが好きなのとは大きな違いがあるのと一緒だ。

 

 なので、多分ルートの中では今回の探索は宝箱探しとでも思っているんじゃないだろうか。

 宝箱は迷宮のどこにでも現れ、一獲千金の夢を中に抱えている。そのため、人のあまり入らない奥地を探索するのはそれなりにあることだった。


 実際に、あの爆発で折れた私の杖も、聖地巡りの途中に見つけた宝箱から出たものだったし、彼が爆発させた魔道具もそれになるのだろう。


 

 ◆



 途中から私が地図を見ることを諦め、ルートに先導してもらうことしばし、何体かの魔物を倒しながら、目的地に到着した。


 森の中にある、開けた河原。

 それが今回の目的地だ。上流のほうだからか、大きめの石がごろごろしていてとても歩きにくい。


「どうぞ。座ってください」

「……う、うん」


 ルートがちょうどいい大きさの石の上に敷物を敷いてくれたので、そこに座る。一息つくと、河原の方から冷たい風がやって来て気持ちがいい。


 この場所は物語的にはバーベキューをしたところになる。


 あの作品でもトップクラスで問題があると言われているシーンだ。

 匂いで魔物が寄ってくるので危険すぎるとかなり批判されていた。物語の中では匂い消しの魔道具を使っていたけれど、それでもだ。


 実際、とても危ないのだろう。

 物語の中でも魔物に襲われていたし、冒険者ギルドの初心者講習でも、ダンジョン内での料理は止めるように言っていた。


 ……でも、私はあのシーンが好きだ。

 あの作品の中でも一番楽しそうに見えて。


 魔物に襲われたことすら楽しそうにする彼らの物語が、私は好きなのだ。


「……」


 ここから見える山の形、川のうねり具合、離れたところに生えている大きな木。小説に書かれていたものと同じだ。


 妄想していた光景と、実際の光景を重ねる。


「……」

 

 ……まあ、とは言っても、物語の中には入れないけど、入れても私みたいなコミュ障が混ざることなんてきっとできないけど。それでも思うだけで楽しい。


「……その、ちょっと、ここで休憩しよう」

「はい、わかりました。昼食を出しますね」


 ルートがバックからバスケットを出してくれる。

 中身は宿屋に頼んで作ってもらったサンドイッチだ。ソースはバーベキューソース味にお願いしてあった。


「どうぞ、お茶です」

「……ありがとう」


 温かいお茶を口に含み、ほう、と息を吐く。

 

 とてもいい雰囲気だった。

 物語のように、わいわいとはしてないけど、それでも落ちつくので心地いい。


 川のせせらぎの音が耳を癒してくれるし、少し肌寒い風も温かいお茶を飲んでいれば気にならない。


 視界の端でルートを見ると、彼もお茶を飲みながら目を細めていた。


 ……そういえば。


 そういえば、まだ彼と小説の話はしていない。

 長々と語り始めたらダメだけど、少し雑談のネタにするぐらいはいいはずだ。


 ……どれの話をしようかなあ。

 ちょっとワクワクしながら脳内で私が好きなシーンをリストアップする。


 ――と、ルートが口を開いた。


「そういえば、知っていますか?」

「……?」


 なんだろう。

 サンドイッチを口に運びながら、耳を傾ける。


「ここ、あの『ホープ隊ダンジョン探索記』で出て来た所ですよ」

「ゴフッ」


 口に入れたサンドイッチを噴き出した。


「……ッゴホッゴホッ」

「大丈夫ですか!?」


 気管に変なものが入った。ルートの声が聞こえる。

 しかし、今の私にそんなことを考えている余裕はなかった。


 心臓がバクバク言っている。

 想像していなかった言葉に私の頭は混乱し始めていた。


「……ゴホッ……はあ」

 

 どうしよう。どうなってるの?どうすればいい?


 ここが聖地だってことは隠すんじゃなかったっけ?

 いや違う、隠すのは私が聖地を回っていることだ。

 

 そうだ、私が聖地巡りをしていることがバレたらまずいのだ。

 そうならないように誤魔化さないと。


 でもどうやって誤魔化す?

 笑って誤魔化す……のは駄目だ。それはやらないと誓った。私は成長できる生き物なのだ。


 そうだ、嘘をつけばいいんだ。何もかも本当のことを話す必要なんてない。

 だから、ここは嘘をついてお茶を濁すべきだ。


「変なことを言って申し訳ありませんでした。

 どうぞ、ハンカチです」

「……えっと、そ、その」


 私はここが小説の場所なんて知らなかった。

 そういうことにする。だから私は初めて知ったような反応をすればいいのだ。

 

 知らなかったよーとか、へーそうなんだーとか。

 そんな感じで。


「……その、し、し、し」

「はい」


 顔を上げる。

 ルートは心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「……し、しらなかったよ?」

「………………はい?」


 そうだ、私は知らないのだ。

 だから私は驚いている。そういうことにする。


「……お、おどろいたー。そうだったんだー」

「…………は、はあ」


 口元に手を当てて驚いているしぐさ。

 嘘をつくときはそう言うのも大事だ。私は演技派なのだ。


「ここがあのバーベキューをした場所だったなんてー」

「…………ええと」


 私は演技派なのだ……演技派……。


「し、しらなかった、なー」

「……そうですか」


 ………………。

 演技派では……ないかな……。


「……うぅ」

「……」


 自分を誤魔化すことすらできない。

 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


 なんなんだろう、この大根役者。

 私はこんなにウソをつくのが下手だっただろうか?

 

「……」


 ルートが苦笑いするような顔でこちらを見ている。

 止めてほしい、そんな目で私を見ないで……。


 恥ずかしくて潤んだ眼を隠すように、私は顔を両手で覆った。



その後


ユース「……違うの……違うんだよ……」 頭ぐるぐる

ルート「大丈夫ですから、ゆっくり話してください」

ユース「……おこらない?」     

ルート「大丈夫です、怒りません」

ユース「………………うん」  


この後、隠してたこと全部言った。


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