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異世界でも一人ぼっち

一年ぶりの投稿です。

よろしくお願いします。


 小説を読んで、妄想したことがある。


 突然美少女が空から降ってきたら、突然異世界に来たら、と。

 あなたは特別なんだとか、異世界の魔王の血を継いでいるとか、そんな感じの妄想を。

 

 美少女と仲良くなって、好きになったり、好かれちゃったりして。

 恋人になって、イチャイチャしちゃったりして。


 要するに、幸せな妄想。

 夜、ベッドの中でするようなやつだ。


 僕に友達も恋人もいないのは世界が悪いんだ、僕だって空から女の子が降ってきたり、異世界に行ければ……なんて考えたこともある。


 昔の僕、まだ若い学生だった頃。


 当時の僕はきっかけがないから、チャンスがないからこうなったんだ。

 それさえあれば。そう思っていて―――――

 


 ◆



 ――――結局、そんな訳がなかったことを、今思い知っている。



「…………ふう」


 迷宮ギルドから出ると、空はもう夕焼けに染まっていた。

 目に入る光がまぶしくて、思わずため息が漏れる。


 頭の上に手を伸ばし、乗っている帽子を深く被り直した。

 薄暗いギルドに慣れた目には、強い光は少し辛い。

 この辺りは白い石でできた家が並んでいるので、その分照り返しもきついのだ。


「……」


 石造りの街並み。そしてそこを歩く、異装の人々。


 右を見れば腰に剣を下げた人が歩いていて、左を見れば猫みたいな顔のおばちゃんが飲み物を売っている。

 そして私自身の手元を見れば、ねじくれた木と水晶が合体した杖。


 それは紛れもないファンタジーな風景。

 地球とは違う世界の、迷宮都市の姿だった。

 

 ……まあ、もう慣れたけど。


 初めて見たときは感動した光景も、毎日毎日繰り返し見ていると、どうでもよくなってくる。


「……はあ」


 もう一度ため息を吐き、足を前に出す。

 迷宮探索で疲れているのだ。さっさと宿屋に戻って休みたい。


 道の端に移動し、軽くうつむきながら歩く。

 そうすると、目深にかぶっている魔女帽が光を大体遮ってくれるので眩しくない。


 ここに来て、もうだいぶ経つ。その辺りはもう慣れた。


「……」

 

 ……考えてみれば、そろそろ半年になるか。

 あの日からもうそんなに時間が経っていたことに、少し驚く。


 当時は大変だった。自分の頭がおかしくなったのかと思ったものだ。


 無理もないと思う。目を閉じて、開いたら知らない場所。

 駅のホームにいたはずだったのに、気が付いたらこの街に立っていたのだから。


 夢なのか、とも思った。

 しかし今になるまで目は覚めていない。


「……」

「おう、そこの嬢ちゃん、晩飯にどうだい?

 うちのは肉が厚くて食いごたえがあるぜ?」


 すれ違いざまに声をかけてくる出店の主人。

 驚いて目を向けると、恰幅のいいオークのおじさんがいた。


 遅れて肉の焼ける匂いが、私の嗅覚を刺激する。


「……いえ」


 ……少し考え、その誘いには乗らないことにした。宿屋にはきっと私の今晩の食事も用意してあることだろう。

 軽く首を振って返しながら通り過ぎる。


「……っはあ」


 ……少し、驚いた。

 突然声をかけて来たのもそうだし、話しかけてきた内容もそうだ。

 

 嬢ちゃん、そう嬢ちゃんだ。

 今の私、この体はかつてのものとは違い、女性のものになっている。


 三十路に近い成人男性だったはずの私の体は、この世界に来ると同時に何故か年若い魔人族――異種族の少女のものに変わっていた。


 理由は当然わからないし、そうなった原因も分からない。

 なので、私は当然大いに戸惑い、混乱し――――そしてすぐに慣れた。


 変わらないからだ。

 何も変わらなかった。変わってくれなかった。


 体は変わったかもしれない、身長が縮んだし、風呂やトイレの作法も変わった。変かなと思って一人称も変えた。最初はいろいろ驚くことも多かった。


 ……でも、それ以外のものは何も変わらなかった。


 ……なんとなくだけれど、人が性別を強く意識するのは他人と関わった時だと思う。


 人と接したときに他人から向けられる言葉、態度、感情、性欲。

 そして逆にこちらからあちらに向けるそれら。


 男女関係における一番の差というのは、きっとそのあたりだ。

 女として扱われるから、自分は女だと思うし、それらしい態度をとるのだろう。


 少なくとも私はそう思う。

 

 ……そして、残念なことにこちらに来てから、私が関わりを持った人はいない。

 こちらに来ても、女になっても、私は一人ぼっちだった。


 せいぜいさっきみたいな呼び込みくらいか。

 嬢ちゃんとか呼ばれるので、そのたびに驚きはするけど、それだけでしかない。


 結局、私自身も周りの人も男だった時と変わってない。

 だから、すぐ慣れた。

 

 今日も私は一人で道を歩いている。



 ◆



 すぐに日が沈み、薄暗くなってきた道を歩いて宿屋に戻った。

 両開きの扉に手をかけ、開けようとする。


「……ん」


 両手で扉を押すと、ぎしぎしと金属がこすれる音を立てた。

 見た目からして頑丈そうな分厚い扉は金属で補強されている。


 これは冒険者御用達の宿だからだろう。

 迷宮帰りの荒っぽい人間を受け入れてくれる宿には、色々と普通の宿とは違う対策が必要だった。


「あ、おかえりなさい」

「……はい、ただいま」


 声をかけてくれた宿の看板娘に軽く頭を下げ、扉横の階段に足を掛ける。

 一段一段上がっていくと、木でできた階段がぎしぎしと音を立てた。


「……」


 ちらりと手すりの隙間から下を見る。

 看板娘はもう私を見てはおらず、手元の帳簿のようなものを見ていた。


 ……当然、物語のようになれなれしく話しかけてきたりはしない。

 当たり前の距離感。客と従業員の関係。


 ……いや、違うか。

 一番最初、初めてこの宿に来たとき、彼女は色々私に話しかけてくれた。


 風呂やトイレの使い方、そしてルールなどを丁寧に説明してくれたのは彼女で、それに対してきちんとした反応が出来なかったのは私。


 結局、完全に自業自得だった。


「……」


 無言のまま階段を登り切り、鍵を開け、借りている部屋に入った。



 ◆



 それから寝るまではいつもと同じだ。

 昨日と変わらない今日。

 そしてきっと今日と変わらない明日。


 異世界に来て大きく変わったのは最初だけ。その後は同じことの繰り返しだった。 


 同じように夕食を食べ、同じように風呂に入り、そして同じようにベッドの中に入る。

 その間、誰かと話すことはない。


 異世界に来た。そんなに大きなきっかけがあったのに、私は何も変われなかった。

 私は相変わらず一人ぼっちで、誰とも関わることができない。


 もしかしたらこの体が無駄に高性能なのもよくなかったのかもしれない。

 もしも、誰かに頼らなければ生きていけなかったとしたら……


 ……いや、それは下らない考えだ。

 力が無かったらどうなるか?そんなの簡単だ。野垂れ死ぬ。


 このファンタジーな世界は日本とは比べ物にならないくらい冷たく、残酷だ。

 そんな場所で生きてこれたのは、この体に力があったからにすぎない。


「……」


 ベッドの中で目を瞑る。

 

 ……寝よう。来てほしくなくても、明日は来るのだから。

 ……

 ……

 ……


 ◆


 ……

 ……


「…………!?」


 それは突然だった。


 突然、眠りが消し飛ぶような音がした。

 ドカン、という何かが爆発するような音。

 

「…………な、なに?」


 目を覚まし、慌てて起き上がって周りを見る。

 しかし、部屋にはモクモクとした煙が充満していてよく見えない。


「……え?」


 でも一瞬、煙の切れ目からそれが見えた。

 

「…………」


 目の前の壁に、大きな穴が開いていた。



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