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失格のエース  作者: 俄 秀一
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再会 その1


『ドアが閉まります』


プシュゥ。と音をたてながら電車の扉がゆっくりと閉まる。


「ふう、間に合った」


ギリギリで乗り込んだ僕はその足で乗り込んだのとは反対側の扉の方へと向かい、適当なつり革に捕まると、大きな溜息をこぼした。


車内には、今日の社会での役目を終えた人たちが集まっている。

仕事帰りのサラリーマンが疲れ切った顔で手元のスマホをスクロールし、部活帰りの女子高生たちが何気ない雑談で一喜一憂している。


目の前の椅子に座る女性は、男からの執拗な誘いを澄まし顔で未読スルーしていた。


不可抗力とはいえ他人のスマホの画面を覗いてしまったことに少なからず罪悪感を覚え、僕は慌てて視線を外すと、再び大きな溜息をこぼす。


いつもと同じ時間。いつもと同じ電車。


すっかり顔なじみになった話したこともない人たちのことを視界の隅で認識しつつ、その後ろの窓に映る夜の街をぼんやりと眺める。


朝と同じはずの景色から、朝とは違い寂しさや虚しさといったマイナスな感情が引きだされる。


まるで映画のエンディングのように流れていく夜景を眺めながら、僕はこの後の予定に少しばかりの期待と憂鬱を同時に感じていた。


ブーブー。


胸ポケットで振動するスマホを取り出し、画面を確認する。


『拓:もう皆集まってるぞ』


スマホに表示されたメッセージを素早くインプットし、再び胸ポケットに戻す。


プシュゥ。


電車の扉が開き、いつも一緒に降りる面々がそれぞれの日常へと帰っていく。


その様を最後まで見送り、僕は再びスマホを取り出すと、慣れた手つきでメッセージを打ち込んだ。


『もうすぐ着くよ』


プシュゥ。


乗客が入れ替わり扉が閉まる。


塾帰りの受験生に、買い物帰りの主婦。

見慣れない人たちを新たに仲間に加え、電車はゆったりと走り出す。


あの頃から何も成長していない僕を乗せて。



「いらっしゃいませー」


最寄り駅を通り過ぎ、いつもとは違う駅で下車した僕は、とある居酒屋へと足を運んだ。


「あの、同窓会で来たんですけど」

「常盤中の卒業生ですね。2階の大広間になります」


対応してくれた女将さんに軽く会釈をし、案内された通りに2階へと向かう。


賑やかな話し声が階段まで漏れる大広間。


この扉を隔てた向こう側には、昔と変わらない景色が広がっている。


そんな事を考えて、この歳にもなって浮き足立っている自分に気づき、僕は苦笑を浮かべた。


「ふぅー」


心を落ち着けるようにゆっくりと息を吐き、扉に手を掛け、そうっと開く。


「お、はじめちゃんじゃん!」


大広間には既に多くの見知った顔が揃っており、その中でも特に親しかった2人の男の姿がすぐに認識できた。

その内の1人である、あの頃と変わらず飄々とした感じの徹が、こちらの姿に気づいて手を振る。


「まあ、座れよ」


徹の横で飲んでいたもう1人の親しかった友人の拓が、間にスペースを空け、座るように促してくる。


「おう、さんきゅー」


他に行く当てもない僕は、いわれるがまま腰を下ろした。


「はじめ、ほんとに久しいな。元気だったか?」

「ああ。拓は相変わらずエリートか?」

「どんなだよ」


拓が真顔でツッコミを入れ、それを見た徹がゲラゲラと笑う。

あの頃と同じ他愛もないやり取りに、僕の顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「ねーねー、はじめちゃん。彼女いるの?」


既にほろ酔い状態の徹が僕の肩に手を回し、耳元で囁く。


「なんだよ気持ちわりーなー。彼女なんていねーよ。お前は?」

「よくぞ聞いてくれた!実は彼女と同棲中なのだ!」

「同棲!?うそだろ!?」

「ふっふーん。これがほんとなんだなー」


そう言って徹がスマホの画面を見せてくる。


「・・・これはなんだ?」

「俺の彼女だけど?」

「そうか。御幸せに」


彼のスマホには、綺麗な毛並みのキジ猫が膨れっ面で映っていた。


猫の機嫌もとれていないところが実に徹らしい。


「拓はどうなんだよ」

「俺か?俺も同棲中だよ」

「お前まで『猫と』なんてオチじゃないだろうな」

「そんなつまらないボケはしないよ」

「つまらんだとー」


僕の左側から身を乗り出し、右側に座る拓にちょっかいを出す徹。


首を締め付けてくる徹の腕を軽くほどき、拓もポケットからスマホを取り出した。


「なんだよ、可愛いじゃんか。つまんねー」


拓のスマホの画面には、可愛らしい女性の笑顔が映し出されていた。


「やっぱり覚えてないか」

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」


言葉を濁し、再びポケットにスマホをしまう拓。


釈然としないその態度が気になるも、深く追求する気にもなれず、大皿の上に取り残されていた唐揚げを一つ摘み、口に放った。


「10年か」

「10年だな」

「10年だっけ?」


相変わらずの徹を軽くスルーし、感慨に耽る僕と拓。


「ぷはぁ。今日も酒がうめえ!」


徹はスルーされたことにも気付かず、半分近く残っていたビールを一気に飲み干した。

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