04●“世界の穴”の謎……百年のフジモト、その挫折
04●“世界の穴”の謎……百年のフジモト、その挫折
冒頭の“はじまり”までのオープニングに登場する最初の人物は、魔法使いのフジモト。
全編の事件に関わるキーマンであることが、ここで暗示されます。
事実、物語の後半でポニョが引き起こす天変地異のきっかけというか、お膳立てを用意してしまったのも、彼なんですね。
フジモト氏は、いったい何を企てていて、どのように失敗してしまったのでしょうか。
その経緯を分析することが、物語の骨子を理解するポイントになるはずです。
しかしその前に……
そもそも『ポニョ』は、いつの時代の、どの場所の出来事を描いているのか、推定しておきましょう。
作品全体を理解する基本条件ですので。
まず、物語の時期です。
『フィルムコミック 崖の上のポニョ(徳間書店2008)』《以下、FC》の2巻37頁で、宗介君を抱きしめるリサの背景に映るカレンダーを見ますと、7月と8月が表に出ており、7月の1日が日曜日であることから……
物語の時期は、“西暦2007年の7月から8月である”と特定できます。
物語ラストの救出船が集まって来る場面で、海上自衛隊の護衛艦“こんごう”型(1993年から順次就役)が描かれていますので、2007年ということで、極端な矛盾はないでしょう。
次に、場所です。
超小型台風の襲来を報道するTV画面に、列島の地図が映っています。(FC2巻122頁)
日本列島に似てはいますが、太平洋上に大型島嶼があり、正確な日本地図ではありません。
したがって、“日本列島に似て異なる、架空世界の島国”と推定します。
TV画面の台風の進路は、瀬戸内海に似て異なる地域を目指しており、物語の舞台は、“瀬戸内海を思わせる島か半島”ということになるでしょう。
物語の時期はかなりリアルに特定できますが、場所はあくまでファンタジーですよ、ということですね。
さて、フジモト氏の企てに、目を戻してみましょう。
彼は、おそらく海洋深層水をもとに“命の水”と称する特別な液体を抽出、精製(FC2巻63)し、海底の塔の井戸に集積しています。
いずれその“命の水”を使って、世界の海に「カンブリア紀にも比肩する生命のバクハツ」をもたらすことで「いまわしい人間の時代」が終わり、「ふたたび、海の時代がはじまる」ことを企図しています。(FC2巻67-68)
そのプロセスに使われる“命の水”は、「海の力がDNAのラセンのすみずみまでしみわたる」効果があると語られています。
またフジモト氏は、脱走状態から捕り戻したポニョを評して「個体の先天的劣等因子が、DNAの汚染で覚醒した!」(FC2巻51)とうろたえ、その覚醒効果を押さえようと魔法を使います。
彼は生物のDNA、ないしは遺伝子に特別な関心を持ち、その改良や改編に取り組んでいることが察せられます。
“いまわしい人間の時代を終わらせ、再び海の時代を迎える”ために、彼は“命の水”を使って広範囲な生物のDNAに影響を与えようと考えているのでしょう。
もちろんそれが、海を汚染する目的であるはずがありません。
“海を浄化する”ことを望んでいることは明らかです。
ただしそのために“人間の時代を終わらせ”ることを、よしとしています。
人類にとっては、ちょっと不気味な響きが感じられますね。
フジモト氏が浄化を願う、世界の海洋。
そのすべての海を統べる女神こそが、グランマンマーレ。
フジモト氏は彼女の夫です。
彼の立場からしてみれば、傲慢にも海洋を汚染し続ける……しかも屈辱的なことに、廃棄物や排泄物や放射能汚染水まで垂れ流す人類を放置するわけにはいかないことが、よくわかります。
さらには最近のマイクロプラスチックの汚染に至っては、自然界の浄化力で間に合うはずもなく、ここは一日も早く地球を大掃除して、キレイにするしかない……と考えてもむべからぬことでしょう。
大掃除の最終的な到達目標として、彼は、“古代の生命あふれる豊かな海への回帰”を狙っていたと思われます。
そこで日々たゆまず、準備にいそしんできたわけですが……
さて、作品世界の年代は2007年。
そしてフジモト氏が“命の水”の井戸を設置した倉の扉には、“1907”の年号が印されています。(FC2巻64)
これを“SINCE1907”の意味と受け取るならば、フジモト氏の壮大な計画は、作品世界でちょうど百年目の記念すべき年を迎えたことになります。
まさにフジモト氏、百年の計。その涙ぐましい努力の成果が、ここに……
それを愛娘のブリュンヒルデ(DVD字幕ではヴリュンヒルデ)、すなわちポニョひとりの失態で哀れ水泡に帰されてしまうとは……
フジモト氏の無念、いかばかりかとご同情申し上げる次第です。
ちなみに“命の水”の倉には、“1871”の年号を記した壺が見えます。(FC2巻65-66)
フジモト氏は19世紀末に世界の海底を跳梁したネモ船長の万能潜水艦ノーチラス号に乗り組んでいた……という前歴もささやかれていますが、1871年といえば、ネモ船長を描いた『海底二万里』がフランスで出版された翌年に当たります。
もしかすると、この年に彼はグランマンマーレと出逢い、“1871”の壺は、二人の恋の記念ボトルということかもしれませんね。
もうひとつ、“1950”の壺もありますが、これは今のところ、由来の想像がつきません。
そして西暦2007年。ポニョ脱走。
フジモト氏の挫折は、あっけないものでした。
作品でご覧の通り、このあとポニョが二度目の脱走に成功した折に、“命の水”を洗いざらい海中へ解放してしまったのです。(FC2巻87-100)
そこで、おそらくフジモト氏が意図したものよりは、はるかに早すぎる“生命のバクハツ”が想定外の姿で出来したのです。
そこへポニョの魔法力もあいまって、月の地球への大接近と、海水面の急上昇という未曽有のクライシスを招いてしまいました。
さて、このクライシスの直接的原因として、フジモト氏は、「ポニョは魔法を使い放題だ。世界に大穴を開けてしまった」と、グランマンマーレに述懐しています。(FC3巻136)
“世界に大穴が開いた”ことが、大問題なわけです。
どういうことでしょうか?
“世界”とは一般に“時間”と“空間”で構成されています。
いわゆる“時空”というものですね。
これに穴が開いてしまった、ということは……




