03●“作品テーマ”の謎……“海と、月と、誕生”
03●“作品テーマ”の謎……“海と、月と、誕生”
『ポニョ』の作品テーマは、何でしょうか?
要するに“何を描こうとしているのか”ということです。
私事ですが、初めて『ポニョ』を観たときは、その点がさっぱりわかりませんでした。
いやそれは、西洋の童話“人魚姫”がモチーフだと聞いていましたから、“魚類のポニョが人類に進化するお話”であることはわかります。
しかしそこに、これといった葛藤がありません。
西洋版“人魚姫”では、ヒロインのマーメイド嬢が、人間なりたさに、悲惨なまでの苦痛と恐怖を耐え忍び、思い人の王子様には結果的に裏切られ……と、聞くも涙、語るも涙の艱難辛苦が続出します。
ついには、王子様をこの手で殺さなければ、自分が死ぬ……という、究極の二択にすら直面します。
しかし『ポニョ』には、そういった“苦難の山場”がありません。
それも当然。
あくまで“子供向け”なのですから。
マッチに火をともして暖をとるような不幸な場面は、注意深く除去されていると考えられます。
しかし、主人公が艱難辛苦を乗り越えてくれれば、おのずと明確になる作品テーマが、さっぱり見えなくなっていることも事実でしょう。
最後にラスボス倒してウィーアー! 的な、“仲間って最高”式のストーリーなら、何を伝えようとしているのか、迷うことはありません。
“努力、友情、正義”です。
この三要素でもって、最後に何かを達成すればいいのです。
しかし『ポニョ』では目標達成感がどうしても希薄なため、“そう、それでよかったね”で終わってしまうのです。
もっとも、それは私たち大人が、“ラスボス倒してウィーアー!”的なパターンの作品を浴びるほど見過ぎてしまい、すっかり慣れ切って、ある種の不感症に陥っていることの証左かもしれません。
ともあれ、最初に『ポニョ』を観た印象は、“ストーリーの起伏なき、超美麗な映像詩”といった感じでした。
まあ、子供向けに洗練されたシンプルな御伽噺で、あとは目くるめく映像美を堪能する作品だろう……なにしろ、子供向けだし。
そんな風に思ったものです。
しかし、もやもやと気になる点もあって、繰り返し数回観てしまいました。
ここがやはり、『ポニョ』の凄いところです。
何回でも、いっときも退屈することなく、観てしまいます。
観るだけで心地よく、結局、するすると最後まで観てしまいます。
魔力に近い魅力があります。
いわゆるジブリアニメの中で、特異な傑作であることは間違いないでしょう。
そうやって何回か観ているうちに……
あ、そうか。と、腑に落ちてきます。
そうか、それを描こうとしていたのか……と。
大人の私たちは、多分、作品のクライマックスに、テーマを見出します。
主人公たちが闘って、苦難の道を克服し、ついに何かすばらしいものを得た……あるいは失った……ときに、その作品が訴えようとしている最も大切な要素を見出します。
必然的に、物語の終わり近くに、作品テーマが提示されていると考えます。
しかし『ポニョ』は、違います。
“子供向け”作品なのです。
大人向けのストーリーテリングならば、思わせぶりな伏線や謎の積み重ねによって、最後まで“どうなる、どうなる”と観客を引っ張ったあげく、最後の最後でバーン! と盛り上げて“こういうことなのです!”と結論を開帳するのが常道です。
しかし『ポニョ』は、子供向け。
面倒な伏線や謎を連発したら、途中でそっぽ向かれてしまいます。
だから、単刀直入。
オープニングの冒頭で、“こういうお話ですよ”と、ネタをポンと見せていたのです。
海。
そして、月。
無数の美しいクラゲたち。
クラゲは“海月”と書きますね。
海と、月。
そして潜水艇ウバザメ号の舳先に立つフジモト。
おそらく“命の水”のサンプル実験でしょう。
手にした壺から滴下します。
輝くオーラと共に、それこそ無数の小さな生命が発現し、まばゆいほど盛んな細胞分裂で、微小生物が形作られます。
すなわち、誕生。
あとは、ポニョの第一回脱走劇を見せて、ストーリーが走り出し……。
“はじまり”と、メインタイトルに続きます。
このように“はじまり”が表記されるまでの数分間に、このお話の肝となる要素がコンパクトにまとめられているのです。
すなわち……
“海と、月と、誕生”
この三点です。
“海”と言う字には、サンズイで意味する“水”とともに、“母”の字が含まれていますね。
“海なる母”と謳われるグランマンマーレが、ここにいます。
そして作品のキャッチコピーは……
“生まれてきてよかった”。
『ポニョ』のテーマは、“海と、月と、誕生”。
そう考えてよかろうと思います。
え? そんなのあたりまえ、わかりきったことだろう……って?
たしかに、おっしゃる通りです。
しかし、基本的なことゆえに、改めて確認しておきましょう。
なにしろこの“海と、月と、誕生”の三点セット、その相互関係を描き出すために、メインタイトル以降の全編が惜しげもなく投じられているのですから……。