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02●“欠乏感の欠如”の謎……二人の関係と、取り除かれた不幸

02●“欠乏感の欠如”の謎……二人の関係と、取り除かれた不幸



 世間によくある“子供向け”作品では、主人公たちの“心の欠乏感”を、本人や周りの大人たちの力で、埋め合わせ、癒していく過程が描かれています。


 しかし、『ポニョ』では……

 主人公の宗介君に、欠乏感にさいなまれる様子は見られません。

 両親とも共働きで、船乗りの父親は長期間、家に帰らず、事実上の母子家庭。

 五歳の男の子にとっては親の愛に飢えた、寂しい暮らしに思えるのですが……

 さにあらず、彼は驚異的な能力で、環境に適応しているようなのです。


 つまり、“欠乏感の欠如”。


 その原因は、母親のリサ。

 初対面のフジモトを「除草剤はやめて」と、ビシッと迷惑がる度胸。

 あの狭いクネクネ道で、豪快にクルマを転がすヤンキーぶり。

 画面のスピードメーターでは時速60キロで、これはたぶん、20キロほど違反では……。

 (『ロマンアルバム 崖の上のポニョ(徳間書店2008)』146頁のイメージボードでは制限40キロの標識があります。なお、リサカーのナンバー“333”は、『ルパン三世カリオストロの城』のフィアットのナンバー“R33”に関連しているのでしょう。確かにルパンチックな走らせ方ですね)

 そして嵐の中、係員の制止を振り切って、濁流に洗われる悪路を突破する大胆さ。

 はっきり申し上げて、危険運転の常習犯です。

 それらを含めて、“良い子は真似しないでね”的な行動をしばしば見せます。

 その一方、夫が帰宅の約束を破ると、バカバカ……と連発してふてくされる子供っぽさ。

 性格は、いい意味でアグレッシブですが、どこか親らしくない危なげな人物です。

 だからこそ……


 宗介君は、しっかりするのです。

 常に沈着冷静、周囲の状況とリサの感情の起伏を把握して、最適な行動をとります。

 なまじ大人よりも、大人びた傑物です。

 なにしろ、ワガママに駄々をこねて親を困らせる場面がありません。

 園内の女王様っぽいクミコちゃんのラブコールも意に介さず、自分の興味関心に粛々と没頭します。

 迷惑をかけたトキさんに、お詫びのしるしに船の折り紙をプレゼントするなど、気配りもなかなかのもの。

 お父さんが海から帰れなくても、リサみたいにフテることなく、「航海の無事を祈る」と信号して元気づけてあげる泰然ぶり。

 これは大物です。

 とても、五歳の幼児とは思えません。

 それも、まあ、逆説的ですが、リサのおかげというか……


 つまり、宗介君にとって、リサは母親であると同時に、やんちゃな妹みたいな存在でもあり、守るべきガールフレンドでもあるわけです。

 というのは、リサが気紛れに、一人で母親と妹とガールフレンドの行動パターンを千変万化させるためであり、宗介君は賢明な洞察力で、リサに合わせているからですね。

 車を運転しながら、助手席の宗介君のソフトクリームをペロリとやるあたり、もう、彼に甘える恋人みたいなものです。

 この二人の関係、いわゆる“友達親子”と言うべきか。

 だから、二人の呼び名は“リサ”と“宗介”。

 それで仲良く、上手くいっているわけですが……

 宗介君にとってリサは、母親と妹とガールフレンドが混合した、そのいずれにも偏らない、未確認生物的な“同居親族”ってことになりそうです。


 だから、“お母さん”でなく“リサ”なのですね。


 それゆえ宗介君は、母親と妹とガールフレンドの必要性を、リサ一人で充足されており、欠乏感にひしがれてはいないわけです。

 クミコちゃんにアピールされても、正直、「リサで間に合っています」の心境だと思われます。


 これは巧みで、しかもユニークな人間関係。

 家族や友人の欠落が、リサひとりで埋め合わされてしまったので、物語の出発点が、不幸や不安や欠乏感に彩られていないのです。

 宗介君の寂しさを完璧に癒しきる、スーパーママ・リサ。


 そこが、『ポニョ』の作風の特徴です。


 ということは……

 宗介君は、とりたててガールフレンドを欲しがってはいません。

 彼女獲得の渇望が無いのです。

 となると、少女としてのポニョは、何なのでしょう。


 従来、“子供向け”作品では、主人公が孤独を感じたときに、親愛なる友人なり援助者が現れて、心の空隙を埋め、人生の破綻を救ってくれるものです。

 同性ではアンとダイアナが好例ですが、ボーイ・ミーツ・ガールのパターンの一つとして、時々、少年と少女の意識が入れ替わるという超ヒット作もありましたね。


 しかし、ポニョは突然の闖入者。

 宗介君の心の欠乏感を癒す救いの天使というものではなく……

 もう十分に幸せな宗介君の世界に、外から勝手にやってきた“付け加え”の存在だと解釈するしかありません。

 付加要素なのです。

 一方的に、「宗介、好き」と宣言してやってきた、“押しかけ養子”ということですね。


 そしてポニョも、不幸や欠乏感に苦しんではいません。

 父親フジモトの束縛から脱走を試みますが、フジモトにDVで虐待されているわけではありません。

 ワガママを通しているだけで、酷い目に逢って泣いているわけではないのです。

 「早く人間になりたい!」とじたばたするものの、その昔のデビルな一家のアニメと違って、追い詰められた悲壮感はありません。

 ただ自分の意思で、人間になろうとしているだけです。

 父親のフジモトがとばっちりを受けて、手を焼いているだけでしょう。


 つまり……

 宗介君もポニョも、当初からネガティブな環境にないのです。


 離島から雨降る東京へ家出して、その日の食にも困るヤサグレ少年ではありません。

 田舎生活に辟易し、やがて頭上に隕石が落下する不幸を抱えた少女でもありません。

 あとから生まれた妹に嫉妬して、未来の妹を呼び寄せる超能力四歳児でもありません。

 ましてや、いじめが原因で自殺を考えるような境遇でもありません。

 かといって富裕層のセレブキッズでもなく、それなりの幸せで折り合うことができる、ほどよく“不幸でない”子供たちなのです。


 それゆえに……

 大人の観客は戸惑います。

 たいていの作品にあるはずの、“不幸によって生じる問題を解決するための激しい葛藤”が、どこにも見当たらないからです。

 しかしそれは、『ポニョ』の作品上の欠点ではありません。


 なぜなら、あくまで『ポニョ』は、“子供向け”の作品なのですから。

 “子供向け”作品を創る大人が最初に気に掛けることは何でしょうか?

 作品を観たとたん、怖くて悲しくて泣きだされては元も子も無いでしょう。


 ですから『ポニョ』においては……

 五歳の子供が鑑賞することを前提に、あらかじめ“余分な不幸”のストレス要素は徹底的に取り除かれているのです。


 そのように設計された作品なのです。

 五歳の子供が観たときに心が苦しくなって顔をそむけるような不幸の要素は、スーパーの店頭にある“骨取り”した焼き魚のように、事前に、こまやかに除外されているのです。


 主人公たちが苦しんで悩みを解決する……という、世界名作劇場的な、あるいは昨今の青春学園ドラマ的な作品ではなかったのです、はじめから。


 私たち大人が『ポニョ』を理解するには、まず、そのことを大前提に置かなくてはなりません。


 『ポニョ』の物語の図式を、一行にまとめますと……


 “不幸でない”ポニョが、“不幸でない”宗介君のもとへ、「人間になる!」と押しかける。


 ……ということなのです。


 なんともはや、緊張感もストレスもない、ぬるーいお話のように感じてしまいますね。

 しかし、少し考えてみると……

 これも、なかなか大変なお話作りであることがわかります。


 ストーリーを成立させるためには……

 “互いを必要としない者同士が、互いを必要とし合わなくてはならない”からです。

 実はそのために、ポニョと宗介君、二人にそれぞれ試練が課せられることになるわけです。

 詳しくは、のちの章で……       


 念のため、繰り返し述べます。

 『ポニョ』は、私たち大人が固定観念的にイメージする“子供向け”の作品とは根本的に異なる特性を備えた、特別な“子供向け”の逸品であるのです。






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