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1. 夢の始まり

初心者なので、ひとまずは完結目指して頑張りたいと思っています。

よろしくお願いします。




――昔々。天界に住む空の神ヒンがおりました。

止まらない戦いや飢餓、洪水に見舞われ苦しむ人々を見て、神は嘆き悲しみました。

その涙が地上に落ちて人の姿になったのが、「星の人」と呼ばれる人々。

神は彼らに力「星術」を授け、その力で迷える人々を「光の彼方」へ導くよう命じましたとさ。



 家族四人で隣国デネブの片田舎に旅行へ行った時の話である。

私自身にとって、数少ない父との思い出だ。

たしか、宿屋の主人に勧められてだっただろうか。

真夜中に父に連れられて、美しいと評判な星空を見に行く道中、

大陸に伝わる星導神話の一節を教えてもらったことがあった。

きっと何回も祖母から聞かされてきたのだろう。

父は私に、言葉が詰まることなく暗唱してみせた。


「でも、僕一度も星の人なんて見たことがないよ」


 天の川のように流れる銀髪と、海に揺蕩う月のように揺らめく黄金の瞳。

「星の人」に当たるとされる、「星占術師」や「星術師」はそれらの身体的特徴を持つという。

彼らが登場する他の物語は、母や友人から聞いたり、学校の教科書にも載せられていた。

しかし実際にあったことなどなく、当時の私にとって妖精や幽霊といったおとぎ話に過ぎなかった。


――本当にそんな人たちがいるの? といぶかしげに尋ねる。

するとそんな私の表情を見て、父は思わぬ宝物を見つけた小悪党のように笑みをこぼした。


「実は父さん、一度だけ盗み見たことがあるんだ」


 まだ彼が若く、兵士として仕えていた頃。

たまたま王宮の裏庭で、植物の花を咲かせる星術を目撃してしまったのだと、

うっとりとした表情で語った。


「物悲しかった木々が、桃色や紅色にぱーっと色づいてな。あれは本当にもう一度見たい程だ」

「いいなぁ、僕も星術が使えたらいいのに。王宮で働けるからお金持ちにもなれるって母さん言ってたよ」

「そうしたら、家族でデネブに旅行なんてできなくなるぞ」

「うーん、それはやだ。旅行好きだもん」


 今となっては叶いたくもなかった願いを、軽い気持ちで口にして父にいさめられたっけ。

――まさか半年後にかなうことになるとは、思いもしらずに。




ーーーーーーーーーー




 どんな物事でも、一番期待に満ち溢れて楽しいのは準備をしているときだと思う。


イエローオーカーの絵の具を油で更に溶き、キャンパスの上に塗り広げていく。

こうすることで、奥行きや立体感を出したり、色味を引き出したりすることができる。


私はこの下塗りの作業が一番好きだ。

これからどんな色を置こうか、どんな風に塗ろうか。

完成への夢が広がっていき、心がはね踊る。

――結局、仕上がった時には重ねられた絵の具に隠れて殆ど見えなくなってしまうのだけど。




「少し良いかしら?」


 アトリエで作業に熱中していると、ドア越しに声をかけられる。

私を呼んだのは、母方の従姉妹エレノアールだった。

彼女は私と同い年の明るい活発な子だ。


 私は憧れだったデネブ王立芸術学院に合格し、晴れてこの秋に入学することになった。

そこで、外国での生活に慣れるために、入寮日までの半年間、彼女の実家であるアーネスト子爵家で下宿させてもらうことになったのだ。

貴族兼商人である伯父は多忙で留守がちなので、実際は彼女と二人暮らしなのである。


「リアの絵は好きなんだけど、相変わらずこの油臭さには馴染めそうにないわ」

「ごめんね、ちゃんと換気はしているのだけれど」


 彼女は部屋に入るや否や、室内に満ちた油独特の重い臭いに眉をしかめた。

私はもう何も感じないので、鼻が曲がってしまっているのだろう。

非難を受けて、少し開けていた窓を全開にすると冷たい夜風が流れ込んできた。


「特にこの絵は、私にとって永遠の憧れよ」


夢見る乙女のようにうっとりとした表情で彼女は語る。

目線を向けたた方には、幼い男女が踊る油彩画が飾られていた。




 蜂蜜のような瞳は甘く微笑み、足取りに合わせて花のような色の髪は軽やかになびいている。華やかな薄紫色の衣装は、子供のドレスの色合いとしては珍しいものだ。

そして慣れないエスコートをしながらも、亜麻色の髪の少年は彼女を優しく見つめていた。

舞踊とは言えない遊戯だけれども、二人の雰囲気はどんな宝石飾りよりも輝かしいものであった。


 その絵は私が幼い頃に、デネブの王宮で目撃したワンシーンがモデルになっている。

一緒にいこうと約束していた舞踏会に、発熱で参加できなくなってしまったエレノアール。

肩を落としていた彼女に慰めになればと、描いた幼い日の落書きがこの作品の原点だ。

たしかあの時は自分に自信がなくて、彼女に褒められてかなり嬉しかったっけ。

こんな自分にも誇れるものが、誰かに認められるものがあるって。


「リアなら、素敵な王宮画家にだってなれるわ」


――だから、自信をもって。


 あの当時は思いもしなかった夢を与えてくれたのが彼女だ。

家族に振り回されてふさぎ込んでいた私を、外の世界に引き出してくれた恩人だ。



「あーあ、私にも早くこんな王子様みたいな人が現れないかな」


 彼女は、ため息をつきながら手を組んで大きく伸ばした。

貴族の娘の結婚は、私たち市民のそれよりも早い。

早くから婚約を済ませ、25歳には結婚していないと行き遅れと評価されてしまう厳しい世界だ。

今年20になる彼女も、婚約の話がなかなか決まらないようで時折暗い顔をしていた。


「ねぇ、仕事が落ち着いたら、肖像画を描いて欲しいわ。私にも幸福を呼んでほしい」

「まさか、噂のこと? そんなのただのまぐれよ。星術師でもあるまいし」

「何を言ってるの。オルタンス姉様だって、リアに描いて貰った肖像画で良い相手と結婚できたんだから」


 オルタンス様とは、昨年結婚されたアーネスト家の長女だ。

私にも妹同然にかわいがってくださった、思慮深く優しい方だった。

――結婚して以来会えていないけれど、元気にしていらっしゃるかしら。



「そうだ、お姉様の名前で思い出した。リアにお願いしたいことがあってきたのよ」

「私に?一体何かしら」


「今度我が家で夜会を開くことになったんだけど、リアに出席して欲しいって父様に頼まれたの。

何でもアルタイル語の翻訳兼付き添いを頼みたいとか」

「……えっ」


 意外な依頼に、思わず返事を返すのが遅れてしまった。

いつもは夜会に出なくてもいいって言ってくださるのに。

それに、伯父はアルタイル語を喋れるのに、どうして翻訳をしてほしいなんて依頼してきたのだろう。

彼は海沿いの領地を持つ子爵でもあり、海外貿易会社の敏腕経営者でもある。

故に彼は母語のデネブ語はもちろん、私の故郷のアルタイル語に、ベガ語も流暢に喋れる傑物だ。

それもデネブ語が話せないアルタイル人の伯母と国際結婚して、仲睦まじく生活できるほどに。


「表舞台に立ちたがらない貴女の気が乗らないのは解るけど、どうしても受けて欲しいって。

それにね、久しぶりにお姉様も会いに来てくださるし、

貴女と一緒にドレスを着れる機会なんてもうないかもしれないから……」


 くるくると長い髪を手に巻き遊び、少し目線を下にそらす。

彼女が色々と必死に考えているときの癖だ。


 確かに自身が観劇者である画家として見る、舞踏会や夜会といった社交界は好きだ。

流行りのものが描けたり、人々の様々な表情が描けて楽しい。

しかも、依頼料もキャンパスの規模も大きいものばかりで描きごたえがある。

けれども、―容姿とか、国籍とか、自身の複雑な身分とか―色々理由があって、

いざ自身が参加者となる舞踏会はどうにも苦手だった。



「そうよ、この絵を初めて描いてくれた時、また一緒に行けるからなんていったのに。結局一度も叶ってないじゃない」

「それは、そうだけど……」

「ねぇ、お願い。実家が催す夜会に一人で参加するなんて退屈よ」


 消極的な私の様子を見て、幼い日の叶わなかった約束を引き合いに出す。

いまや平民になった自分と、花盛りの貴族の乙女である彼女。

この先私はただの美術学生になるし、彼女はすぐ結婚し妻として家を守る役目を負うだろう。

確かに彼女の言う通り、二人で同じ社交場に出れるチャンスなんてないに等しい。


「もぅ、わかった。伯父様には大変お世話になっているし、引き受けるから」



――そう、私は恩人である彼女のお願いにはめっぽう弱いのだった。


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