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蝋燭と冬の蜜蜂

作者: あみこ

作中に登場する養蜂の描写は全てフィクションです。

突っ込みはそっと、心の中でお願いします。

はりつめた空気がきんと鳴るのが聞こえそうな程、静かな夜。新月の晩。そっと最後の蝋燭に火を灯した。



++++



突然だけど、蝋燭の作り方というものをご存知だろうか?


灯芯を型に入れて蝋を流し込む方法や灯芯に蝋を手で塗り付けていく方法などいくつかあるのだが、その中の一つに浸漬法というものがある。


持ち手に灯芯を何本か括り付け、融けた蝋に浸しては冷ます、また浸しては冷ます、といった手順を何回も繰り返す。それだけだ。


型に流し込む方法に比べると出来上がった蝋燭はどうしてもずんぐりとした形になってしまうが、蝋を融かす鍋と灯芯さえあれば作れてしまう。とってもお手軽なのだ。


私の村では、昔からこの方法で蝋燭を作ってきた。蝋燭作りは冬の大事な収入源で、女子供達が担ってきた。私の村ではな養蜂が主な産業で、蜂蜜と蜜蝋をとり、それらから蜂蜜酒や蝋燭、化粧品を作って生計を立てて来た。


村は街から離れた山の麓にあるが、蜜蜂達のために村の中にも外にも花畑が広がっている。ほぼ一年中花の咲く、美しい所だ。


唯一冬だけは花が枯れ、蜂たちが少ない為寂しいが、村の広場でおしゃべりしながらの蝋燭作りはそれはそれで楽しい。


そんな花と蜂に囲まれた場所で、私達は生きてきた。



++++



10歳になった初めての春。私はお父さんに連れられて、村の裏の山に登っていた。緊張と胸の高まりで呼吸さえ苦しいほどだ。何せ、初めて自分の巣箱を持つことが許されたのだ。


養蜂は家族単位で行うもので、世話も作業も収穫も家族みんなで分け合う。でも、巣箱は違う。いつか私が独り立ちしたり、お嫁に行くことになれば、自分の巣箱を持っていく。いわば、巣箱は財産で、巣箱持ちは認められたということだ。


「マリー!浮かれるのは分かるが、よく足元を見なさい。雪解けで泥濘んでいるから危ないよ」


お父さんが苦笑混じりで注意した。お父さんは私の付き添いで来てくれたのだけれど、お父さんの仕事でもある。お父さんの足を引っ張らないよう気を引き締めた。


今私達は、分蜂した群れを探している。巣立ちしたばかりの若い群れは、新たな新天地を目指してどこかに固まる。そんな群れを探したり、あらかじめ仕掛けた巣箱に誘引したりするのだ。私とお父さんも山にいくつか、よく蜜蝋を塗り込んだ巣箱を仕掛け、蜂の好きな蘭の花で囲んである。それらを確認するついでに、運良く分蜂したはぐれの群れが見つからないかきょろきょろしていた。


春を迎えたばかりの山は美しい。私達の祖先から代々花を増やしてきたからか、山には花木が多く、下草にも花が咲き乱れる。下を見るとカタクリやニリンソウが開き、見上げればウメやロウバイが散り始めている。もう少しすれば、ハナモモが咲き初めるだろう。木漏れ日を浴びて、忙しそうに蝶や蜜蜂が飛び交っていた。ああ、なんて綺麗なんだろうか。


新緑と花の香りを楽しみながら、教えられた通り、背高の広葉樹の樹形をなぞる。あまりに高いと群れがいても捕獲出来ない。持ってきた梯子で届く、2〜3mの地点を探した。


「…っ!見つけた!お父さん、群れがいたよ!」


お父さんが見つけたいくつかの群れは場所が悪く、見つけても見逃さざるを得ない状況が続いていた。これは巣箱に期待するしかないね、と少し落胆していた時、手頃な高さにいる群れを見つけた。高さは2m。丁度良い。


素早く革手袋と蜂除けの付いた編み笠を深く被る。服と肌の隙間を作らないよう、皮のコートを点検していると、先に着替えたお父さんが籠と梯子を用意してくれていた。


「マリーが見つけたんだ。自分でやってごらん」


お父さんに肯いてみせてから、梯子を上って群れに近づいた。蜂の団子をマジマジと見つめる。ブンブンと元気な羽音を立て、蜂たちは皆元気そうだ。これなら大丈夫だろう。


そっと優しく蜂の群れを籠に入れる。怒らせないよう、傷つけないよう慎重に。若い女王蜂を籠に入れると、周りを固める働き蜂もおとなしく籠に収まってくれた。初めてにしては上手くいったのではないだろうか。喜びと期待で顔が熱い。


その後の巣箱回収もなかなか良かった。仕掛けた巣箱の3割くらいに分蜂がいたのだ。巣箱を運ぶのは重労働だが、疲れはほとんど感じなかった。


家で巣箱の設置や冬越しの蜜蜂達への給餌、巣箱の点検を終えると、お母さんから休憩のお許しが出た。


「今日はよく頑張ったわね、マリー。お疲れ様。あとはお母さん達がやっておくから、これでも食べて休憩しなさい」


そう言ってお母さんは蜂蜜飴と、冬を越して少し萎びたヒメリンゴをくれた。


「蜂蜜飴!…いいの?お母さん」


蜂蜜は大事な売り物だ。飴として子供がもらえるのは、お祭りとお祝いの時くらいだ。


「今日はあなたの門出だもの。少しくらい贅沢したって、バチは当たらないわ。…お父さんには内緒よ」

「ありがとう!お母さん!」


悪戯っぽく笑うお母さんに抱きついてから、家の裏の花畑へと飛ぶように駆けた。大好きなご馳走は大好きな場所で食べたい。


傾きだした太陽の光が、あたりを金色に輝かせる。早春の花畑に咲く花達は、タンポポやフクジュソウ、デイジーなど黄色いものが多い。私は黄色と緑のまだら模様の絨毯に腰を下ろして、春のそよ風を顔に受けた。全てが微睡むように優しい、金色の午後だ。


ここでしばらく馴染みの蜜蜂達と遊んでから、ゆっくりご褒美を味わうのだけど、今日はいつもと様子が違った。ブンブンと蜜蜂達に落ち着きがない。おまけに数も少なかった。


少しあたりを見回すと、すぐに異変に気がついた。花に埋もれるようにして、見知らぬ男の子が寝ていたのだ。


とても綺麗な少年だった。年の頃は私と同じくらいだろうか。病的に白く華奢な身体や、小作りで整った顔立ちは少女のようだが、淡い色合いの金髪は女の子にしては短く、第一にズボンを履いていた。


初めて見る人形のような男の子にしばらくの間見惚れていたが、青褪めた頰の色に気がついて、恐る恐る肩を揺さぶった。


「ねぇ、あなた大丈夫なの?顔色が真っ白だわ」


男の子は呼びかけに応えてゆっくりと目を開けた。春先の空と同じ薄い青の瞳で、ますます人形めいている。


「…綺麗な花畑があったから日向ぼっこしてたんだけど、寝ちゃったみたいだ」

「そうなの。でも、まだ風は冷たいんだから気をつけないと。…どこから来たの?あなたのお母さんとお父さんは?」


男の子は私の問い掛けにはっとしたように身を起こしたが、そのままフラリと倒れ込んだ。


「どうしたの!?やっぱり気分が悪いの?」

「…大丈夫。寝起きはいつもこうなんだ…。血の気が薄いだけだから、少し待てば治る…」


とは言うものの、男の子は本当に具合が悪そうだ。どうしたらいいか迷ったが、蜂蜜飴の存在を思い出した。蜂蜜は栄養満点だし、貧血にも良いと聞いたことがある。


「甘いものが嫌いじゃないなら、少しお口を開けてくれる?」


スカートの隠しからハンカチに包んだ飴を出すと、男の子の口に放り込んだ。男の子は突然の甘露にびくっとしたが、すぐに嬉しそうに顔を緩ませた。


「どう?おいしいでしょう」

「うん、ほっぺたが落ちそうなくらい甘いねぇ」


見ると先程よりも顔色がいい。断腸の思いで飴をあげた甲斐があったものだ。


「少し落ち着いたみたいね。お家の人を呼んでくるわ。あなたのお名前は?」

「僕の名前はルイ。ルイ・アドーニケ。おいしい飴をありがとう。えーと…」

「マリーよ」

「ありがとう、マリー。それからよろしく。今日からこの村に住むことになったんだ」


そう言ってルイは小さく微笑んだ。



++++



ルイは大きな街の裕福な家庭で生まれ育ったそうだが、生まれつき体が弱かった。色んな薬を試してみてもダメで、血の気は薄く、すぐに疲れてしまう。困ったルイの家族はお医者様の勧めに従い、療養のため、思い切ってこの村に移り住んでみたそうだ。といっても、お父さんは街に残り、お母さんとルイだけ来たんだとか。


「なら、お父さんに会えなくて寂しいでしょう。ここには蜂と花以外何にも無いしね」

「そんなことないよ。父さんは1ヶ月に1回は会いに来てくれるし、母さんも側にいるし。それに何より、マリーと蜂の世話をするのは面白いしね」


ルイは楽しそうに巣箱を点検していた。蜜蜂達が近づくと少し怯むものの、面白そうに巣の様子を眺めている。相変わらず男の子にしては華奢だし、疲れやすいが、来た当初よりずっと元気そうだ。


村に来てすぐの時、あの出会いの後、ルイはしばらく寝込んでしまった。慣れない環境だし、旅の疲れもあったんだろう。ところが、そこからの回復がすごかった。よほどここの水が合うのか、蜂蜜効果がすごいのか、ルイは私と外で遊べるほどになった。街ではほとんど外出できなかったらしいのに。今では信じられない話だ。


「ここの巣房はほとんど閉じてるわね。もうすぐ採蜜できるんじゃないかしら」

「さいみつ?」

「蜜蜂から巣を貰って、蜂蜜をとることよ。春からの巣箱は無理そうだけど、冬越しの巣箱はだいたいできそうね」

「へぇー」


暇そうなルイを手伝わせて、しかつめらしく説明する。ルイが来るまで同年代の子供がいなかったため、構いたくて構いたくて仕方がないのだ。村の子供は私以外、うんと年上かよちよち歩きの子しかいなかった。それに。


ちらっとルイを盗み見る。働き蜂を興味深げに見守る横顔は整っていて、ルイのお母さんそっくりだ。顔を縁取る金髪はサラサラとしていて、初夏の日差しを受けて輝いている。綺麗なものが好きな私は、花を愛でるようにルイの容姿を気に入っていた。ルイも見るもの全てが興味深いのか、元気になるとともに、逆に私を連れ回すようになった。


それから私とルイは何年も、一緒に遊び、一緒に笑い、村で蜂とともに暮らした。相変わらずルイは線が細いものの、16歳になった途端に日に日に背が伸び面差しも子供っぽさが抜け、ルイのお父さんは久しぶりに会う度に驚きの声をあげた。私もルイが知らない男の人になってしまったようで、近付く度にいつもどぎまぎするようになり、ルイはそんな私を見て、眩しいものを見るように目を細めることがあった。


もう一つ変化があった。私も年頃になったからなのか、やたらと自分の容姿が気にかかるようになったのだ。


「あーあ、ルイが羨ましいわ。男の子なのに、何でそんなに髪が綺麗なの」


腰まで伸びた髪を手持ち無沙汰に弄る。年頃になり、面倒がらずに蜂蜜の髪油を使うようになったからか、髪の毛はツヤツヤだ。でも、髪の色を変えることはできない。ルイに比べると、金髪というのも烏滸がましい程、燻んだ自分の髪色を見て、ため息を吐いた。未婚の女性は髪を伸ばして結わないという習慣が恨めしい。


「そう?僕はマリーの方がきれいだと思うけど」


何でもない事のように、ルイが応える。それを聞いてボッと上気した頰を隠したくて、わざとらしくプイとそっぽを向いた。


「違うわ。髪の色のことよ」

「髪の色だって同じだよ。蜜蜂と同じ、きれいな色だよ」


わかっているのかいないのか、ルイはそんなことを言う。何か言ってやりたくて振り返ると、ルイはまた、眩しいものを見るように目を細めていた。


成長したのは容姿だけではなかった。ルイは器用で飲み込みが早く、私と養蜂を手伝う内に、巣箱作りも採蜜も蜜蝋集めも、あっという間に覚えてしまった。しかし優しすぎるからか、夜逃げされた巣箱の処理と、スズメバチの駆除、越冬中の蜜蜂への給餌は苦手のようだった。


「蜂を殺すのが嫌なのは分かるけど、何で給餌が嫌いなの?むしろ蜂を助けてあげることじゃない」


保管しておいた貯蜜巣脾を越冬巣箱に素早く補充しながら、浮かない顔のルイに聞いてみた。


「給餌すると、迷子の蜂が出るじゃないか。どこかで流蜜してると勘違いして、巣の為さまよい出てしまう」

「そうね。でも帰って来れるように、暖かい正午前にしかやらないわ」

「それでも帰って来られない迷子は必ずいるよ」


ルイの憂鬱な眼差しは、巣箱の下の亡き骸を捉える。巣箱の中で死んでしまい、綺麗好きな働き蜂に放り出されたのか。あるいは彼の言うように、巣の為飛び立ち、寒さで動けず、巣を目前に力尽きたのか。


「可哀想な迷子数匹の為に、巣を餓死させるわけにはいかないわ」

「分かってるよ。…巣を離れての凍死と、巣の中での餓死と。どちらがまだマシなんだろうね…」


ルイには何か憂いがあるようだったけれど、私に打ち明けることはなかった。私も無理には聞き出したくなくて、気が付いていない振りをした。そんな穏やかで平和でどこかもどかしいような日々を過ごしていたが、それらはある日突然終わってしまった。


戦争が始まったのだ。



++++



辺境であるうちの村からすると、突然戦争が始まったように感じたのだけれど、前々からそんな兆候はあったのだろう。


戦争開始の報を聞いても、村長一家とルイの母子だけは驚いた様子は見られなかった。おそらく、都会から情報を得ていたのだ。


夏の終わりに立派な軍人さんが来て、化粧品の生産を禁止すること、その分の蜜蝋は全て蝋燭の作成に回すこと、出来た蝋燭と蜂蜜酒は全て軍に下ろすよう宣言した。


私たちは誰も兵隊に取られなかったことに安堵して、ありったけの蝋燭と蜂蜜酒を納め、命令を守って蝋燭を作った。少し蓄えを残したのはご愛嬌だ。その後も蝋燭を作っては納めるだけの日々が続き、誰も戦争に行かずに終わるんじゃないかと楽観視したが、ルイの顔は晴れなかった。


私達の楽観を嘲笑うかのように村の若者が徴兵されたのは、最初の軍人さんが来た次の年の初秋だった。収穫期前に人手を取るなんて、国のトップは何も考えていないのか、それとも、それほど戦争は厳しいのか。ルイは未成年で体が弱いため今回の徴兵でははねられたが、このまま戦争が続けばあるいは…。情報が少ないせいで、想像はどんどん暗い方へと向かっていく。俯向く私を励ますように、ルイは手を握ってくれた。


「大丈夫だよ、マリー。大丈夫」


ルイの手は私と同じくらい冷たかった。きっとルイは私以上に怖いだろうに、一度も弱音を吐くことはなかった。ルイに気を使わせてしまったことが情けなくて、私こそルイの助けになりたくて。顔を上げて強く手を握り返した。


「ありがとう。私は大丈夫よ」


ルイの元に召集令状が届いたのは、秋の終わりのことだった。


村の広場には出兵するルイたちを囲んで、人集りができていた。前回の徴兵と前後するように疎開してきた人が増えたため、かつての村のお祭りより人は多い。しかし、人々の顔は暗く、出兵祝いや励ましの言葉は虚ろだった。


ルイは背丈に合わせたからか、ぶかぶかの軍服を着ていた。村人たちから餞別の品と言葉を受け取っていたが、表情は固い。ルイのお母さんとのお別れが済むのを見届けてから、私はルイに近付いた。


「ルイ。これ、お餞別」


わざと明るく、粗末な紙袋を押し付けた。


「マリー、ありがとう。…っ!これ、こんなにたくさん…!」


ルイは目を丸くした後、私の意を汲んで、不自然じゃない程度に素早く仕舞った。


「もともと2人で作ったようなものだもの。あなたの分を渡しただけよ」


私は迷った末にお餞別として、密かに隠していた蜜蝋燭を、ありったけ渡した。蜜蝋だけで作った蝋燭は脆いが、煤を出さずに甘い香りを放って燃えるため高価だ。きっと、お金の代わりになるだろう。


「でも、これは多過ぎるよ。こんなに貰ったら、君は…」

「いいから!自分の分はちゃんとあるの。悪いと思うなら、あんまり使わずに、持って帰ってきてちょうだい」


無理矢理微笑んだ顔を作ると、ルイもぎこちなく笑ってくれた。


「大丈夫だよ、マリー。大丈夫。…僕は何があっても、必ずここに戻ってくるよ」

「私待ってる。蜂達と一緒に、ずっとずっと待ってるから。約束だよ」

「ああ、約束は絶対に守るよ」


お互いの顔を目に焼き付けるように見つめ合う。ルイの顔は出会った時と同じく、精巧な人形のように整っていたが、目だけは全く違った。あの日よりももっと濃くて強い目をしていた。


ルイが旅立ってまもなく戦争は激化し、その冬とともに我が国の負けで終わった。



++++



「……嘘つき」


我が国が負けたという噂と前後するようにして、ポツポツと出兵した人達が帰って来始めた。酷い戦争だと聞いていたけど、結局ほとんどの若者が村に帰って来てくれた。


私は帰って来た全員にルイの行方を尋ねたが、彼の消息を知る者は誰一人としていなかった。戦争が終わり、皆がすっかり元の生活を取り戻しても、ルイは帰って来なかった。


最初は皆、私を腫れ物に触るように扱い、次に優しく慰め、最後は忘れるよう仄めかし。それでも頑なに待つことをやめない私を、今は放置してくれている。心配してくれるのはありがたいが、私には、最後に一つ、当てがあるのだ。


冬の始まりを告げる、万霊節の夜。あの世とこの世の境目が曖昧になる、特別な晩。私は一人で準備をしていた。身を清め、手持ちで一番上等な服を身につけ、部屋中全ての窓を開け放つ。昔から万霊節の夜は、死者の魂が帰って来ると言われて来た。この世ならざるものを避けるため、灯りを消し、鎧戸を閉め、早く寝てしまえ、というのがこの村の風習だ。それなら。あの世とこの世を越えて会うためには。


私とルイと2人で作った最後の蝋燭を燭台に据えた後、火を灯した。願掛けの意味合いも込めて、一本だけ手元に残していたのだ。まさかこんな使い方があるとはと苦笑した後、窓の外へと目を凝らす。来てくれるなら、きっと彼も蝋燭を使ってくれる気がした。


途方もなく長いような、それとも短いような待ち時間の後、それは視界に現れた。最初は赤い点にしか見えなかったが、徐々に徐々に大きくなっていく。間違いなくこちらに向かっていることがわかった時、私は扉を開け放った。


「マリー!!…ああ、会いたかった、マリー!」

「ルイ、ルイ!私もよ!…でも、遅いよ…!」

「ごめん…、本当にごめん…!」


お互いの姿を確認した途端、ぶつかるようにして抱きしめあう。でも感触はどこか不確かで、蝋燭を振り回したというのに、火が消えることはなかった。


2人して蝋燭を確かめ合い、ほっと確認した後、私はルイを家に招き入れた。ルイは一瞬躊躇したものの、表情に迷いはなかった。


それからぴったり並んでくっついて座り、思い出やお互いの話をした。話の種が尽きることは無かったが、現在や未来の話は2人とも意図的に避けた。


ふっ、と話が途切れた時に、2人して蝋燭に視線をやった。蝋燭は両方ともすっかりちびてしまい、融けた蝋で火が消えそうな程だ。万霊節の終わりが来たのだ。


「マリー、もう時間切れのようだね」

「ええ、そうね。名残惜しいけど、もう終わりだわ…」


蝋燭を見ないように俯向くと、ルイは私の頰に手を添えて、視線が合うよう顔を上げさせた。


「大丈夫だよ、マリー。大丈夫。僕はもう帰らない。ずっと君の傍にいるよ」


彼は優しく笑いかけてくれるが、それは到底無理なことだった。彼の手の感触さえ朧げなのに、どうするというのだ。


「ダメよ。あなたは帰らないと。私とあなたはもう、住む世界が変わってしまったのよ」

「嫌だ。もう、君を1人にしたくない。君がいない世界には、もうこれ以上耐えられないんだ」

「お願いよ、聞き分けて!…()()()()()()()()()()()()()!!」


瞠目する彼を突き放して、外へと追い出した。


「大丈夫よ、また会えるわ。…さようなら、ルイ。大好きよ」

「…本当に君は酷いね。嘘でも僕は信じるしかないじゃないか。…ああ、マリー、僕のマリー。ずっとずっと愛しているよ」



++++



男はゆっくりと目を開いた。冬の始まりの太陽が、残酷なほど克明に、変わり果てた村を照らしている。戦争の終わりに放たれた空襲は、街と離れた男の村まで、ひとつ残らず焼いてしまった。


やっとの思いで辿り着いた故郷はすでに無く、一縷の望みを託して生き残りを探したが、見つけたのは絶望だけだった。そんな時に万霊節の言い伝えを思い出したのだ。


「……嘘つき」


凍死するつもりで儀式に挑んだのに、また一人生き残ってしまった。掛けた覚えの無い、自分の命を繋いだ毛布を握りしめる。毛布からは、蝋燭と同じ、蜂蜜の香りがした。



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