夏の小瓶
半ば押し付けられる様に渡された小瓶から
夏の名残が覗いている。
球場の砂…いつの間に採っていたのだろうか。そもそも持ち帰って良い物なのだろうか。
「いらねーの?」
「…マキにやるよ」
弄んでいた左手を遮るように差し出されたアイスの片割れ。その向こう側に見える週刊雑誌にソレを落とし、赤本を捲りながらアイスを含んだ。
「タイムカプセルにでも入れりゃー良いのに」
紺野マキは小瓶を揺らし、窓ガラス越しの太陽に重ねその瞬間を想像する様に目を細める。後ろに束ねた短すぎる髪、こめかみに垂れる明る過ぎる茶色が、砂と同調する様に揺れた。
「…聞いてんのかよ」
「髪、そろそろ染め直せ」
「そろそろ言われると思って買っといた。りょーすけが染めてくれんだろ?」
「……お前」
「涼介の毛真っ黒だよなー、つーかその短さなら余ったヤツで染めれんじゃね?染めちゃう?処女喪失しちゃう?」
ローテーブルの下からヘアカラーの箱を取り出し、涼介の頭に乗せた。
佐久間涼介の髪は、少し長めのスポーツ刈りで染められないこともないが、染めるのを躊躇うほど綺麗な烏の濡れ羽色である。そして互いに水も滴る何とやら、マキを王子とするならば、涼介は騎士だろうか。寡黙で秀才、引く手数多の野球センス、188cmの硬派な男として彼らの通う高校で静かに支持されている。
一方王子は、涼介程ではないが175cmと背も高く、その笑顔、言葉で女子生徒を虜にし、彼女になるには1年先まで予約待ちだとか。しかしながら神は二物を与えず、テストの順位は下の下である。ローテーブルの隣にあるゴミ箱から、先日返されたテストの悲惨な点数が、涼介に深いため息を出させた。
「マキ、髪は染めてやるから、俺の部屋をお前の部屋にするのは辞めてくれないか。なんでゴミ箱に11点が捨ててあるんだ。あれだけ教えただろう。せめて赤点クリアぐらいしてくれてもいいじゃないか。それに」
「英語は免れたし、順位も上がった~。それにあのDVDは堅物涼介君にあげたんだよっ夜のお供にどーぞっ」
にかっと笑って1枚のディスクを指さした。
涼介の視線はマキの指を追って、参考書が並ぶ机の上へと辿り着いた。
「…それにそろそろ進学について考え出したらどうだ」
机からまた指を伝って腕、肩、首、表情の見えない顔。ずらした視線は交わらない。
指さした手は開いて
「……連れてってやってよ。涼介はアレだろ?国立狙ってんだろ?遠いよな。一人暮らしすんの?」
「ああ。」
力無く落ちたソレに、小瓶が当たる。
元の所有者がそうしていたように、手の内に入れた。
「そっか。」
今年最後の蝉が、緩やかに、地面へと
空を舞った。