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火炎魔法と臆病少女

「そ、それではまず、私がやり方を説明しますから覚えてください」


「ああ、頼む」


 俺と向かい合ったサチコは、静かにそう言って真剣な表情を浮かべる。

 次は邪魔しない様に、俺は短く言葉を口にするだけで口を閉ざす。

 

「まず、利き腕を前に突出し、掌を前方に向け肩の高さで構えます」


 俺に説明する様に、動作を口に出しながら体を動かすサチコ。

 その動きは、とてもなめらかで落ちこぼれな雰囲気は何処にもない。


「そして、突き出した腕のひじの部分を反対の腕で支え狙いを定めます」


 前方に突き出した腕を、まっすぐに伸ばしてその先を睨む様に見つめるサチコ。


「そして、ここで詠唱です。ファイアーボールの詠唱は、こうです」


 そう言ってから、サチコは小さく息を吸う。

 そして、目を閉じてから歌う様な声で何処に向けるでもなく言葉を放つ。


「赤き炎よ、燃え上れ、燃え上れ、狂う様に、踊る様に、我が敵を焼き払い給え…」


 まるで、歌う様にその詠唱を紡ぐサチコ。

 すると、そう詠唱するサチコの構えた腕の先に何かが小さく輝いた。

 それは、最初は一瞬だったがまるで点滅する様に何回か輝くとまさに爆ぜる様に光は形に変わった。

 ぼぅっと小さい音を立ててサチコの掌に現れたのは、丸い光。

 先程、サチコの周りに浮いていた玉とは全く異なる、まさに球の様な状態の光だった。

 本当に、掌にくっつく様にして現れたその光を見ていると、熱くないのか?という素朴な疑問が浮かんで来るが、サチコの表情を見るにどうやらそう言う心配は無さそうだ。


「お…成功、したか?」


 その、輝く球体を見た俺は、小さくそう呟く。

 だが、その光は何度か小さく揺れると大きく燃え出し、先程サチコの周りに浮いていた火の玉に変わる。

 まさに、幽霊の周りに飛んでいる様な形の火の玉になったそれを見て、サチコは小さくため息を吐く


「はぁ……また失敗」


 そう言って、手に現れたそれを消すサチコ。

 どうやら、集中力を切らすと消えてしまうらしい


「……うーん、なんか惜しいって感じだな」


 そんな様子のサチコに、俺は本心を述べる。

 というか、誰が見てもそう思うだろう。

 恐らく、最初一瞬現れた球体が完成形なのだろう。

 だが、そこから形が崩れてあんな形になってしまう。

 個人的には、火の玉が出るだけで十分成功な気がするがそれは口に出さないでおこう。


「サチコ、魔法は失敗するとああいうちょっと変な形になるのか?」


「それは、分からないですが……これはファイアーボールではないのは確かです」


「分からない?」


「は、はい……担当の先生は、まだ失敗する様な魔法を習ってないはずだと言って教えてくれず……」


 失敗する様な魔法は習ってない……か。

 まぁ、それだけ初歩って事だよな。

 勉強で言うと、下手をすればひらがなレベルなのかもしれない。

 ただ、だからこそ失敗させたままにしては置けないのもわかるが、その教師もどうかと思うな。

 基本が大切で、それが出来なきゃ進級できないと言うルールは理解できる。

 だが、だからと言って失敗するはずが無いと決めつけて失敗のパターンも教えないのはどうかと思う。

 引き算を足し算でやってしまった子が居たら、その事をヒントだけでも伝えてあげないとその子は成長できない。

 いや、この例えは簡単すぎたか……?


「まぁ、確かにそうなのかもしれんが……俺の想像だと、失敗すると何も出ないとか爆発するのかと思ってたからさ」


「ば、爆発!?」


 爆発と言う言葉に、何故か大きく反応するサチコ。

 

「なんだ? そう言う物じゃないのか?」


 その反応が、少し気になり俺はサチコに質問をする。

 すこしだけ、その爆発と言う言葉に怯えてる様な感覚を感じたからだ。


「そ、そう……ですよね……火を扱う魔法だから、爆発も……」


 そして、その返答から俺の予想がビンゴだったと確信する。

 同時に、もしかすればこの子の問題に気が付いたかもしれない。


「サチコ、もしかして大きな音が怖かったりするか?」


「……は、はい」


 申し訳なさそうに言うサチコに、俺は納得した。

 たまに居るのだ、こういう子が。

 そう言うのは、基本年齢とともに改善されていくのだが簡単ではない事は事実。

 ファイアーボールと言う名前から想像するに、恐らく多少の音が出るはずだ。

 それが破裂音なのかどうかは分からないが、きっと彼女はそれを怖がっている。

 うーむ……どうするか。

 それこそ、もはや教員の範囲の問題ではないが彼女をこのまま慣れるまで放置して一階生をやらせるのも少し気が引ける。

 ただ、こう言うのは一度慣れてしまえば解決するのも確かなのだが……。


「おい、貴様何している」


「ん……? ああ、リーンか」


 俺は、後ろからの言葉に振り返る。


「あっ……えっと、クリケット先生おはようございます!」


「ん……君は、一階生の……」


 そして、俺の後ろに居るリーンに丁寧に挨拶をするサチコ。

 挨拶をされたリーンは、俺とサチコを交互に見ながら口を開いた。


「なんだ? 魔法のトレーニングでもしていたのか?」


「はい。甘粕先生のお時間をお借りしておりました」


 優しげな声でサチコに話すリーンにサチコは顔を上げて答える。

 リーンの俺と話す口調との変わりように少しだけリーンの顔を凝視してしまうが、睨まれてしまった。

 まぁ、きっと愛だな。

 

「どうかな? 成果の程は」


「えっと、それは……」


 口ごもるサチコだったが、その様子を見てリーンは優しく笑う。


「大丈夫ですよ。きっと努力すれば実力は付いて居ます」


 そして、リーンの口から飛び出したその言葉に俺は少しだけ驚く。

 何と言うか……生徒も教師も関係なく貴様貴様言うのかと思っていたがこいつも優しい先生なんだな。

 思わず、少しニヤけた目でリーンの顔を見てしまう。


「……なんだ貴様、気持ち悪い目で僕を見るな」


「そんなに照れるなよ。俺とお前の仲だろう?」


「照れてなんかいない! だから、貴様僕の肩に気安く触るな! 病気を貰ったらどうする!」


「どんな病気だ!」


「男なんて皆、病原菌だ」


「……いや、それお前も病原菌な?」


 軽く肩を組もうとしただけでこれ程拒絶されるとは……ちょっと傷つく。


「うふふ……甘粕先生とクリケット先生とは仲がよろしいんですね」


「そ、そんな、勘違いだ!……貴様のせいで、変な勘違いを持たれてしまったじゃないか!」


 ちらりと見れば俺とリーンのやり取りを見ながら、くすくすと笑うサチコが居た。

 必死に反論するリーンだったが、何故だろう……こういうシーンは女の子二人に男一人でやる物じゃないんだろうか……。

 何と言うか……リーンは外見的にはちょっと女っぽいんだから、こんなことしてたらいつか勘違いされそうだ。


「おや、騒がしいと思ってみてみれば……サチコ、貴方ですか」


 そんなやり取りの最中、俺達の背後から掛けられた粘りつくような声。

 あまり、良い感覚を得ないその声に、俺達三人は振り返る。

 そして、そこに居たのは細長いと言うイメージをそのまま人間にしたような変な男。

 顔は、少しだけ不気味で、失礼に言ってしまえばなんとも女にモテなさそうな細いブサメンだ。


「ネーガル……先生」


 小さくサチコの口から漏れたその声は、その男がサチコの教師である事を表していた。

 チラリとサチコを見るが、先程とは打って変わって元気がなくなっている。


「クリケット先生、うちの落ちこぼれが何かご迷惑を掛けませんでしたかな?」


「いえ、特に。貴方も帰省から戻っていたのですね」


 粘つくような声でリーンに言葉を振ったその男、もといネーガル。

 その声に、すっぱりと即答するリーン。

 何と言うか、その対応は少しだけ不機嫌そうだ。

 それに、少しだがネーガルの言い回しに俺もちらちらと怒りを感じていた。


「はい、つい先程……ただ、サチコがご迷惑を掛けて居なくて良かったですよ。彼女はうちの生徒の中でも手の付けられないレベルの落ちこぼれなので、叱られているかと思いましたが」


「……」


 ネーガルの言葉に、リーンは言葉を返さない。

 そんなリーンの様子を見て、少し不気味な笑みを浮かべたネーガルはサチコへ歩を進める。


「ほら、クリケット先生はお忙しいんだ。お前みたいなどうしようもない落ちこぼれが時間を奪うんじゃない」


「…………はい」


 そう、口にしながらサチコに歩を進めるネーガル。

 言われたサチコも、顔を伏せたまま小さく返事をしていた。

 返事を聞いたネーガルの異様に長い手がサチコの肩に伸びる。

 そして、手を置こうとした。


「おい」


「……ん?」


 その寸でのところで、俺はネーガルとサチコの間に割り込んでいた。

 どうして、と言われたら最早無意識に近いと言えるだろう。

 だが、何故か俺はこいつの腕にサチコを触らせたくなかった。


「……おや、なんですか貴方は? 生徒かと思っていれば……新任の教員?」


「甘粕誠だ、覚えなくていい。俺もお前なんか覚えないからな。俺は、自分の生徒を落ちこぼれ呼ばわりするやつを教師なんて認めない」


「……甘粕……先生」


 後ろで、サチコの声が聞こえたが今は無視だ。

 睨む様に、前方に佇む身長2メートルはあろうかという巨体……というかノッポのネーガルと見つめあう。

 そんな俺の顔を、観察する様に見つめたネーガルは静かに口を開く。


「クリケット先生、彼はもう帽子に掛けたので?」


「いや、まだだ……これから掛ける」


「ぷっ……ぷっひょっひょっひょっひょ、御冗談をこんな奴に帽子を掛ける必要などありませんよ。類は友を呼ぶと言いますからね。上司への口の利き方や、こんな落ちこぼれ生徒を庇うあたりどうやらこの男も落ちこぼれの様だ。」


 そして、何とも特殊な笑い声の後、言葉を続けるネーガル。

 その言葉に、リーンは視線だけをネーガルに向ける。

 そして、ネーガルは俺の顔を見下ろす様にしたまま口を開き、その粘りつくような声で叫ぶ様に言った。


「この男の魔力、私が直々に測りましょう。もちろん実戦を通して」


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