唐突な始まり
「ばいばーい、あまかす先生」
「コラ、さようならだぞ」
「また明日ねーあまかす先生」
「ああ、また明日な」
「あまかす先生、さよーならー」
「気を付けて帰れよー」
次々に挨拶をしていく小さな子供たちに、同じように言葉を返す。
俺が教師になって半年間、毎日繰り返し行ってきたこの行為だが、俺はこの時間が一番好きだ。
最も単純作業だしハッキリ言えば必要な業務ではない。
だが、この時間だけは俺は大事にしていきたいのだ。
帰っていく子供たちの笑顔を見送ると、何故だか先程までの授業で溜まっていた疲れが取れていくような感覚すらある。
子どもの笑顔は人を癒す、と言うのは本当なんじゃないかと最近本気で思い始めたくらいだ。
もちろん、嫌いな人は居るんだろうが、俺は子どもたちの笑顔が大好きだ。
当然だが、常識的な意味で。
去っていく生徒の背中をすこしだけ目で追った後、辺りにもう生徒が居ない事を確認し、門に手を掛ける。
だが、その瞬間けたたましい甲高い音が響き渡る。
「ッ! 何だ!?」
そして、門を掴んだ途端に響いたその音が車の警笛だと理解するのにそれほど時間は要らなかった。
生徒の去った方向とは違ったが、俺はすぐに門の外に駆けだす。
首を振る様にして右、左、と左右に広がる道路を確認した俺は、顔を左に向けたまま固まる。
そこには、こちらに凄まじい勢いで突っ込んでくるトラックがあった。
運転席に座っている男性は、生気の無い真っ青な顔で半分気絶している様な状態だったのを視界が捉える。
同時に、先程の警笛がこのトラックに対して別の車両が鳴らしたモノだったのだと理解する。
だが、だからと言って俺がこの後どうなるかという事が変わる訳じゃない。
一気に体に走る寒気に、俺の体が身震いした様な気がした瞬間俺の頭に過ったのは、明確な死のイメージだった。
不思議と、後悔や恐怖は無かった。
ただ、感じていたことは視界が眩しいくらいの白にゆっくりと変わって行く眩しさだった。
ああ、これが死か。
そう初めての死という感覚に抱いた言葉はたったそれだけ。
俺の視界は、まるで映る物の形すら分からなくなってもさらに白に染まっていく。
そして、俺の視界は完全に白に変わった…。
「っ……」
反射的に手で目を庇っていたことに気が付いたのは、一瞬後の事だった。
だが、視界に映っていた眩い白は、それに気付いた時には消えていた。
「ぅ……一体、何が」
目をしばしばとさせながら徐々に開いていく。
そして、最初に飛び込んできたのは…自然…。
森の中、という言葉がこの場所の為に用意された物だと思う程に生い茂った森の中に、俺は居た。
「……えーっと……」
再び、よく周りを見るが本当に森という事しかわからない。
空は青く、白い雲が浮かび、そして程よく温かい気温。
先ほどまで自分の周りにあった夕焼け空と少し肌寒い気温との差に、かなりの困惑があったがどうやら俺は、助かったらしいと言う安心が先の俺の頭に届いた。
だが、同時に助かったではない可能性も浮かんできた。
「俺は、死んだのか……?」
浮かんだ考えを口にして少しだけ考えを巡らせるか、仮に死んだなら何故俺がそのままの服装やそのままの肉体で存在しているのか俺には分からない。
魂になっているならまだしも…。
試しに、頬を抓って見るがふつうに痛みを感じる事は出来ていた。
「……やめだ」
小さく呟くようにして、言いながらその場に腰を下ろす。
そして、空を見上げる様に顔を上に向ける。
「そうだ、携帯……」
思い出したように呟いて、おもむろにポケットに手を入れ、携帯を探る。
だが、そこに携帯は無い。
「そっか、業務中はデスクにいれたんだったか……」
そして、頭の中に浮かんだ理由を呟くようにして口にしていた。
同じように、財布など授業に必要無い物は全くないことを知り、頭をガクッと垂れる。
そして、垂れた頭の中に残してきた業務の事やあのトラックの事などが流れ込む様にして浮かんで来る。
浮かんできた事柄を、後悔する様に小さくため息を吐きながら顔を上げて口を開く。
「どうなるんだ……この先」
自然と、口から出た言葉はそんな言葉だった。