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ここは天国ですか?

携帯版の文章レイアウトを読みやすいよう修正しました。ご迷惑御掛けしました。


2016 1.27





「みーつけた」


その低い声が耳元で聞こえたと思ったら、背後から急に身体を抱き込まれた。身長差のせいで、彼の身体にすっぽりと収まってしまう。


「ル、ルルルルイくん!?」


「んー?なぁに?」


「な、何でここに…?」


そう聞くと、私の身体に巻き付く彼の腕が更に強い力を発揮する。やばい。口から何か出そう。内蔵出そう。



「だってー、リコが約束した場所にいなかったからでしょー?しかも、僕が大っ嫌いなあいつをあそこに待たせてさー」


「……う」


「もー、僕すごい怒ってるんだからね」


ちっ、今回も失敗か。あんなに頑張ってフラグ立てまくってるのに、こうも毎回ボキボキに折られるなんて!フラグだけじゃなくて私の心も折れまくりだよ!


「ねー、聞いてんのー?無視すると、このまま犯しちゃうよー?」



え、やばい。この人、めっちゃ力強い。骨がみしみしいってる。身体から細胞が死んでいく音がする。


「あー!!ごめんなさい!聞いてますとも聞いてますとも!」


「…ふーん、まぁ、今日は許したげるー」


ほっ(…よかった。全く危なかったぜ)


「でーもー」


私の耳元に吐息がかかった。



「次は、お仕置きだからね?」


低くて妙に色気がある声でそう囁かれる。私が戦慄いていると、直に耳にチュッというリップ音が響いた。




「絶対に逃がさないし、離さないよ」



意識の遠くで、私の耳はしばらく使い物にならないな、と思った。








私、斉藤莉子(さいとうりこ)はどこにでも転がっていそうな高校二年生女子。小学生や中学生の頃に憧れた、少女漫画の主人公たちと同じ、高校生になったばかりの高校入学当初の私は、きっとこれから、あははうふふな高校ライフが始まるんだと、馬鹿な夢を抱いていた。結果、夢と現実の違いに破れ、玉砕。少女漫画に出てくるようなキラキラした男の子は、本当にどこにもいなかった。


私の心の支えであったはずの漫画たちが一気に私の心を抉る、刃へと化していた。(後に、友人からは「あんた、アホでしょ」と鼻で笑われてしまったのだけれど)


そんな時、私を救う一筋の光が射す。






「"ボーイズラブ"?」


「そ。略してBL。あんた、こういうの好きそうだと思うけど。知らないの?」


放課後の教室。私が悲しみに打ちひしがれていると、中学校からの親友であるケイちゃんにそう持ち掛けられた。



「そ、それは、具体的にどんな代物なのですか…?」


「やっぱりあんた、知らないんだ…」


それから、ケイちゃんはBLについて詳しく話してくれた。いつも覇気がないケイちゃんの目には強い熱が灯り、爛々と輝いていてた。



「ーーってことよ。分かった?」


「うん。つまり、現実ではなかなかない男の子同士の恋愛を萌えながら楽しめると?」


「すごい短く要約したわね。…だけどまぁ、大体そんな感じよ」


ケイちゃんはそう言うと、持っていた鞄から本を一冊取り出し、私の胸に押し付けた。


「…これは?」


「BLものの漫画よ。試しに一冊、読んでみるといいわ」


そう話すと彼女は「私、委員会があるから」と何処かへ行ってしまった。


今まで一緒にいた親友の新たな一面を垣間見て少し驚いたが、ケイちゃんがはまるくらいのものなのだ。見てみて損はないだろう。


私はそう思って家への帰路についた。






結果から言うと、私はBLにはまってしまった。


あの日、ケイちゃんから借りた一冊を読み、これが私の生きる道だとそう確信した。いてもたっても居られなくなって、私は自分の薄い財布をひっ掴み、本屋さんへと駆け込んだ。そして、持ってるおこずかい全てを出して、何冊かBL本を購入し、家に帰ると怒濤の勢いで読み進めた。



次の日、学校に行くと、ケイちゃんがにやにやしながら「どうだった?」と聞いてきた。私はケイちゃんに抱きついて「あんたは神様か!」と言うと、彼女は更ににやにやを深めた。


そして、その日から、ケイちゃんは私にその手の本やゲームを貸してくれるようになった。金欠の私には非常に有り難く、私はもうそれはそれは泥のようにBLの世界にのめり込んだ。


BLは少女漫画という支えを失った、私の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるそんな存在となっていた。








そして一年後、現在。立派な腐女子になった私は、キラキラの腐った日々を送っている。


「し、新作ですと!?」


「そうなのよ!今、ネットで話題のBLゲームをついに手に入れたの!」


教室の隅で静かに盛り上がる私とケイちゃん。腐女子ということはすごく知られたくないという訳ではないが、出来ることなら目立ちたくない。そこら辺は、ケイちゃんも同じようだ。



「それで、その話題のゲームとやらは…?」


「ふふふ、…これよ!」


そう言うと、ケイちゃんは鞄の中からごそごそとゲームのパッケージを取り出した。



「『ファンタジー・デザイア』」


ケイちゃんは誇らしげに、そう言った。


「『ファンタジー・デザイア』?」


「そう!今、腐女子の間で人気沸騰中のゲームよ!」


「な、なるほど!…それで、それってどんな内容なの?」


私が聞くと、ケイちゃんはにんまりとした顔で話し出した。



「実はこれ、BLゲームなのに主人公が女なのよ!」


「…へ?」


私が驚いた顔をするとケイちゃんは気分を良くしたようで、更に笑みを深めた。


「主人公が女ってどういうこと?」


「…それはねーー」




どうやらケイちゃんの話によると、この『ファンタジー・デザイア』というゲームは、恋愛ファンタジーアドベンチャーを主軸にした、ロールプレイングゲームらしい。冒険の旅に出た女主人公が、仲間を集めながら魔物たちを倒し、そして世界を滅ぼそうとする魔王を退治するという、ありがちな物語だ。


ところがどっこい、これがただのゲームじゃない。腐女子の大好物、BLゲームなのだぁー!(ケイちゃんのテンション抜粋)


魔物を倒すアドベンチャー要素の他にBL要素もプラスされているこのゲーム。主人公は女なのに何故?と思う方も多いだろうが、実は、この女主人公その人も、我々と同じ腐女子であるらしい。その腐主人公が、集めた仲間たちや行く先々で会う人たち、そして魔王といった攻略対象者同士(勿論、男)をくっつける愛のキューピッドになるのだ。


主人公と攻略キャラたちとの恋愛的な絡みは一切ない。自分がくっつけた美しい男たちの逢瀬を見て、頬を染める主人公の絵がパッケージ裏に印刷されていた。



「つまり、このゲームは従来のBLゲームと違って、主人公が女。けど腐女子で、自分じゃなくて他のキャラクター同士をくっつけようとしてるってところが新鮮で今までにないってことで人気があるのよ」


「ふむふむ」


「しかも、絵柄が綺麗だし、ストーリーもちゃんとしていて魔物と戦うときのバトルシーンもしっかりあるから、腐女子だけじゃなくて、一部の男性層の支持も熱いの!」


「ほー!」


「これが私が知ってるこのゲームの概要よ」


ケイちゃんは一通り話し終え、満足げな表情をしている。私は、ケイちゃんの手の中にあるパッケージを見、そして彼女を見た。



「分かってるわよ!終わったらちゃんと貸すから」


「やったー!!ケイちゃん、まじ神!まじ天使!」


「どういたしまして。ふふふ、あぁもう、楽しみ過ぎて笑いが止まらないわ」


「私も止まりませぬ、ふふふ」




ーーふふふ腐腐



その日、教室の隅で不気味な笑い声が響いた。








あれから、ケイちゃんはゲームパッケージを指差し、どんなキャラがいるのかを教えてくれた。まだ、ゲームを始めていない彼女に何故そこまで詳しく知っているのか聞くと「下調べは、当たり前でしょ」といつものように鼻で笑われた。彼女は本当に筋金入りの腐女子だと思う。


そして、放課後。ケイちゃんと別れ、家に帰った私は自分の部屋に入り、ベッドに寝転がった。何をするわけでもなくぼーっと天井を眺める。



「姉ちゃんー」


部屋の外から弟の声が聞こえる。起き上がるのが面倒で「何ー?」と寝転がったまま、返事をした。


ガチャ


「姉ちゃん」


「ちょっと!何勝手に入ってきてんのよ!」


「なんだよ。別に良いだろそれくらい。それに声、掛けたし」


「駄目に決まってんでしょ!乙女の部屋よ!」


私がそう叫ぶと弟は「あっそ」と気のない返しをした。弟の莉央(りお)は私の二歳下で、無表情がデフォルトの中学三年生だ。


「そんなことより、これ。多分、姉ちゃんに」


「…え?」


弟は「ん。」と言って、私に茶色い小包を渡してきた。宛先は『斉藤莉子様』になっている。送り主は……書いてない。


「姉ちゃん、それ誰から?」


「うーん、分かんない…」


私は首を傾げた。全く覚えのない荷物だ。開けようかどうしようか。


「危ないやつかもしれないから、俺、捨てとこうか?」


「いや、大丈夫。自分で何とかする」


「…ふーん、分かった」


弟はそう言うと、小包をちらりと見てから、部屋を出ていった。



「…何だろうなー」


私は暫く小包を眺めていたが、ものは試しだと思って、それを開けることにした。


「まー、いざとなったら莉央にどうにかしてもらえばいいしー」


そう言いながら、包みをビリビリ破くと、中から四角く薄いフォルムのものが顔を出した。


「…………え、ええええぇぇ!!」



バタバタバタ、ガチャ


「姉ちゃん!大丈夫か!?何があった!?」


「ふ、おおおおぉぉぉ!」


「……は?」


莉央はすっとんきょうな声を上げた。姉を心配して部屋に駆け込めば、そこには何かを持ってひざまづく、姉の姿が目に飛び込んだ。



「おぉ!神よ!これは私の日頃の行いが生んだ奇跡なのですね!ご褒美なのですね!」


「…何やってんの?」


「おぉ!莉央!幸せをもたらしてくれた天使よ!ありがとう!お姉ちゃんは君みたいな弟を持てて嬉しいよー!」


「……」


莉央は意味が分からなかった。分かることと言えば、自分の姉の頭がゆるゆるなことくらいだ。



「ふふふ、実はですねー、ふふ……なんと、これ!!」


莉子はじゃん!!と自分の手の中にあるものを弟に見せた。


「『ファンタジー・デザイア』…?」


「そう!私が欲しかったゲームソフト!」


「……」


「どこの誰かは分からないけど、きっと私が欲しいことを知ってたんだー!」


そう、あの茶色い小包の中には、ケイちゃんが熱く語っていた噂のBLゲームが入っていたのだ。


興奮が止まりませぬ、ふふふふふ、と笑っていたら、弟が白い目を向けてきた。



「ってかそれ、本当に大丈夫なの?送り主書いてないし、何か変じゃない?」


「大丈夫だってばー!多分、ケイちゃんが気を利かせて、誰かに話したんだよー」


「……」


弟は何やら難しい顔をし出したので私が「全く、頭の固いやつめー」と言うと、ムスッとして「…俺、知らないからな」と言って私の部屋を出ていった。



弟が出ていった後も、私の興奮は覚めることはなく、もうこれはすぐ始めるしかないですな!と独り言を呟きながら、ゲーム機を机の引き出しから取り出した。


「あ、お菓子持ってこよう」


私はゲームをするのに最高の環境を作るため、キッチンへと向かった。



パッケージの美青年たちは笑顔のまま彼女を見送った。






「へっへっへー、それでは始めますか!」


お菓子も持って来て、万全の体勢が整った私はゲームの電源を入れた。


華やかなBGMが流れてきて、オープニング映像が写し出される。美しい青年たちが微笑みながら、画面の奥にいる。ケイちゃんの言った通り、グラフィックがものすごく綺麗。私はそれをにやにやしながら見て、それでーーー








「ちょっと君ー、大丈夫ー?」


「…う、うぅ………ん?」


「もー、やっと起きた」


目の錯覚だろうか。私の前には目の覚めるような美形が…



「ねー、無視しないでよ」


「…………こ」


「…こ?」


「…ここは、天国ですか…?」


「……は?」




私は死んだのでしょうか?

新連載です。よろしくお願いします!

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