第三部プロローグ
5/24更新 4/4
自分が誰だかわからない。自分が何者なのかわからない。
だけど、生きているだけマシだし、日々の糧を得られることは良いことだ。
『ヌル。早く飯の支度をしろ』
『すみません旦那』
ボくは家の掃除をしている最中に、家の主人である旦那にそう言われました。
慌てて掃除を終わらせ、僕は家の厨房に立つ。
壺から火種を取りだし、囲炉裏に積んだ木の間に入れて鞴で風を送る。
徐々に火の勢いが増し、炎となった。
『腹が減ったよ。父、ヌル、おはよう』
『おはよう』
そこに出てきたのは、この家の人たちだ。
『おはようございます奥方、レイ様、ゼロ様』
ボくはそう挨拶すると、三人とも囲炉裏の周りに集まりました。
この家は藁葺き屋根に囲炉裏があり、床は木で出来ています。靴を脱いで上がる家の様式をしています。
夏は涼しく冬は暖かく作られてる木造の家。
ボくはこの家で、使用人として働いています。
旦那であるノーリ様、奥方であるスィフィル様、長男のゼロ様、妹のレイ様。
そして僕こと使用人のヌル。
この五人で、この家に住んでいるのです。
『おはようヌル。ここの生活にすっかり馴染んだわね』
奥方がボくに、コロコロと笑いながら言う。
奥方は背が低く、レイ様の妹と言われても勘違いしそうな幼さをしています。
『皆様のおかげです。ボくを拾ってくれて、この家に置いてくれているので』
『そうだな。感謝しろ』
『もちろんです、旦那』
旦那は背が高く、髭と髪の毛で毛むくじゃらです。筋骨隆々で歴戦の戦士を思わせる風体、鋭い目つきに刻まれた傷跡から威圧感も半端ない。
最初、ボくがこの家に来たときも厳しかったけど、どこか優しかった。
どうやらこの人は、人に優しくするときは不器用らしい。
『自分が誰かもわからないボくを置いてくれてることに、本当に感謝してます』
『まあ、拾って得はしたよ』
『そうだね』
ゼロ様とレイ様が囲炉裏に掛けた鍋を見て、舌舐めずりをしました。
『家事は完璧だし、料理は旨い』
『記憶喪失前は、どこかの貴族の料理人をしてたのかもな』
『記憶を取り戻すきっかけになれば良いんですけどね』
ボくは二人を見て苦笑しました。
この家に来て、料理の包丁を見て衝動的に料理を作っていました。
記憶にないはずなのに、体が覚えている。その体の本能に従っていると、旨い料理ができる。
記憶の手がかりなのかもと思っているんだけど、今のボくにはわからない。
『記憶が戻ろうが関係ない。お前はこの家のものだ。ちゃんと家事と料理の仕事をしろ』
『はい、旦那』
ボくは温めたスープを器に移し、みんなに渡していきます。
これは、ボくことヌルの話の始まりだ。
――再会まで、あと一年。